「やっぱり、駄目……でしたか……?」
「駄目ではないよ。そういう意味じゃない。君のその行いは、ビクトールやフリックには、些少なりとも慰めになっただろう。例え、当人達には、その自覚がなかろうとね。ここが、本来なら容易に踏み込んではならぬ、神聖且つ悲哀な墓所であるのを、思い出さずに済ませられた者達にとっても。……でも、その分。そうなるように仕向けた君の肩に、重荷が乗った筈だ。ビクトールやフリックが慰めを得た分だけ。皆が、この地の真の姿に思い至らずに済んだ分だけ。君の肩には、その代償として、目には見えない重たい荷物が乗った筈。……だから、どうして、そんなことを、と僕は言った。そういう性分も、セツナの美点の一つではあるけれど、自分だけに負担の掛かることばかり企まれるのは、僕としては一寸頂けない。目には見えなかろうと、その手の重荷は、必ず人を押し潰す。背負い過ぎるのは良くない」
「…………でも……。……って言うか、僕、マクドールさんだけには、それこそ、そんなこと言われたくないです。マクドールさんは、僕なんかよりも、ずっとずっと沢山、色々背負ってるくせに」
「……生意気言わない。僕のことはどうでもいい。今は、君の話をしているのだし。────だからね、セツナ。セツナのそういう荷物は、僕に分けて。一人で抱えていたら押し潰され兼ねない重荷でも、二人で分け合えば何とかなる」
「……………………じゃあ。マクドールさんの荷物も、僕に分けてくれます?」
「駄目」
「……即答ですね。……ホントに、僕、マクドールさんにだけは、この手のお説教喰らいたくないです。自分ばっかり棚に上げるんですもん、マクドールさん……」
カナタが口にした、『どうして、そんなことをして』は、当時のセツナの、カナタに言わせれば自虐的と相成る行いに対する不満が言わせた科白で、「ならば、今からでも君のその荷物を僕も持つ」と彼は言い出し、セツナは、あやすように抱き締めてくれる彼の腕から逃れこそしなかったものの、ブツブツ文句を垂れた。
「だとしても。駄目なものは駄目。僕の、この手のお小言から逃げるのも駄目。何時も言っている通り、きちんと、僕だけには諸々を白状するように。……判った?」
「…………はーい……」
尤も、彼のブツブツは、毎度のようにカナタに一蹴され、むぅ……、と唇を尖らせたセツナは、言い付けを受け入れつつも、目一杯不満そうに、モソモソ、カナタの腕という檻の中から漸く抜け出た。
「……僕、もう寝ます」
「はいはい。そうだね、そろそろ寝ようか」
次いで、モソモソ寝台の上を這って、何処までもモソモソ、毛布の中に潜り込んだ彼の後を追い、カナタも寝台に横たわって……、が、そこでふと、ん……? と首を捻る。
「…………ねえ、セツナ」
「はい?」
「ビクトールやフリックの話では、『あの時のセツナは、掃除に燃え盛ってた』ってことだったけど。ということは、その全部、演技だったの? と言うか、普段から君が見せる、掃除に懸ける物凄い情熱は、本当は演技なの?」
「へ? わざとなんかじゃないですよ?」
唐突に彼の中に湧いた疑問は『それ』で、「そういうことになる……筈」と、カナタが傍らのセツナを見遣れば、セツナは又も、きょとん、と小首を傾げた。
「え? だけど……」
「お掃除、って言い出した時も、お掃除始めたばかりの頃も、今さっき、マクドールさんに打ち明けた通りのつもりでだったんですけど、その内に、本当に熱中しちゃったんです。廃城同然だったんで覚悟はしてたんですけども、ほんっ…………とーーーーーに! 汚かったんです、あの頃のこのお城。思わず、うへぇ……、って言っちゃったくらい酷かったんです。そしたら、許せなくなっちゃったんです」
「ふ、ふぅん……。そうなんだ……」
「僕、小さい頃からナナミの凶器な料理と戦い続けてきましたけど、掃除の出来なさっぷりとも戦い続けてきたんです。ナナミは、そりゃーもー、お掃除『も』駄目なんです。ナナミがお掃除駄目でも、凶器な料理とは違って、ちょっとやそっとじゃ命の危機には晒されないって、マクドールさんは思うかもですけど。例えばナナミは、床に転がしといた剥き身の青龍刀の上に、畳むのが面倒臭くなった洗濯物を乗っける、とか平気でするんです。お陰で僕、何度か指落としそうになったんです。……ね? 戦いでしょう? そういう訳で、僕、お料理だけじゃなくて、お掃除にも拘る質になっちゃったんです」
「………………セツナって。僕には想像も出来ない苦労してるよね」
「ええ。主にナナミの所為で。まあ、でも、そのお陰で多少はお掃除も達者になりましたし、埃とか汚れとか見掛けると駆除したくなる、家の維持管理的には役立つ癖も付いたんで、無駄な苦労にならずに済んでます。──という訳で。あの時、このお城のお掃除に猛烈燃えたのも、普段からお掃除に拘るのも、わざとじゃないです。……それが、何か? って言うか、何で、そういうこと、僕がわざとやってるって思ったんですか?」
「……深い意味はない。但、もしかしたら……、って思っちゃっただけでね。──……そっか。うん、判った」
その後に続いた、小さな彼の告白により。
……思った通り、例の件にはセツナなりの魂胆があったんじゃないか、との予想は正解だったけど。ビクトールとフリックの証言も、真実だったのか。セツナは本当は……、と一寸期待したのに…………。
────と、遣る瀬なくなったカナタは、眠くなり始めたらしいセツナをギュムッと抱き締め、
「お休みなさい、マクドールさん」
「うん、お休み。……暫く、掃除には燃えないでね、セツナ」
「んー……? マクドールさん、何か言いました……?」
「……いや、何でもない。…………ほら、お眠り」
何故、ゲンカク老師は、セツナがこんな風に育って行くのを黙って見過ごしたんだろう、それとも、セツナはこれでいいとでも思ったんだろうか。……もしかして、ゲンカク老師って、孫馬鹿? 孫馬鹿だった……? ──と、今は亡きセツナの養い親相手に、結構失礼なことを思いながら、彼は、強引に瞼を閉じた。
End
後書きに代えて
後の本拠地を手に入れた際、セツナが修羅と化して掃除に励んだのは、単純に励みたかったから&火が点いたからですが、こういう理由もあった、という話。
──ゲームプレイしてて、ここを本拠地にすると言うのは、ビクトール的にどうなんだろう、少なくとも心中複雑ではなかろうか、と思ったことがあったのです。
ビクトールというキャラは、あの性格なので、そういうことには拘らない気もするし、賑やかになっていいんじゃないか? くらいのこと言いそう、とも思うんですが、彼とて、かつてネクロードに滅ぼされた故郷の象徴のようなあの城を、自分達の本拠地とするのや、賑やかになっていくのを、慰めと受け取れる時ばかりとは限らない気もするしね。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。