カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──ファレナの国の王子様──

二の太刀要らずとか、黒い月の戦士とか、元・赤月帝国六将軍の一人とか、やはり、元・ファレナ女王国の女王騎士とか、渾名や肩書きを腐る程持っていて、そんなこんなに纏わる有名から悪名までを世界各地に馳せている、歴戦の勇者であり剣豪でもあるゲオルグ・プライム──現在は、ハイランド皇国と交戦中な、同盟軍の重鎮──の正体は、甘味大王だ。

若かりし頃は固より、そろそろ己が身の健康を鑑み、糖分摂取量を制限した方が良かろう年齢となった今も尚、彼の三度の食事、午前と午後の茶請け、飲酒時の肴、それらを眺めているだけで、甘味が苦手な者達は吐き気を覚えるまでに、朝から晩まで、糖分の塊を口にしている。

そんな彼が、先日、同盟軍本拠地である古城のレオナの酒場にて振るった甘味に関する熱弁に、同盟軍の『小さな』盟主セツナが、感化された。

甘味大王に負けず劣らずの甘味魔人であるセツナは、彼の強さと甘味好きっぷりに憧れを抱いたらしく、仲間になって貰えませんか、と勧誘した直後から懐きまくっていたけれど、先日の熱弁をきっかけに、ゲオルグは、「単なる甘味好きなだけでなく、甘味道を極めんと、日々、弛まず精進している立派な人なんだ」と認識してしまい、故に、その懐きっぷりに拍車が掛かって、だから、今、セツナは。

他人の迷惑省みず、セツナ『だけ』を『溺愛』して止まない、名実共に『セツナ馬鹿』な隣国トランの建国の英雄、カナタ・マクドールを付き合わせ、同盟軍本拠地本棟前の庭先で、ぱたぱたと、引き摺り出してきた七輪を団扇で扇いでいた。

もう一寸すれば、二階の議場でやってる軍議も終わる筈だから、「お疲れ様でした!」代わりに、皆に甘い物でも差し入れしてあげよう。今日のはゲオルグさんも参加してる筈だから、ゲオルグさんの好きな『炙り大福』も作って! ──との思いに駆られたが為に。

一方、セツナのそれに付き合っているカナタは、『笊』な飲兵衛達からも「化け物」と言わしめるまでに酒が強い、生粋の左党で、甘味は一寸……、な口だから、正直な処、吹く程に上新粉がたっぷり叩かれた、輝かんばかりの照りを放つ、無意味なまでに純白の、見るからにもっちりしていて、あんこもずっしりな、ぷっくぷくの大福達──しかも大振り──が、そうっとそうっと、セツナの手により仄かに炙られていく様など眺めていたくもない。

が、例え、亡き父の朋友であり、己も心の底では慕っているゲオルグが相手であっても、自分以外の誰かの何かに、『僕のセツナ』が夢中になっているのを放置するくらいなら、苦手な甘味が齎す吐き気を堪える方が未だマシなので、カナタは、暖まってきた餅とあんこが放ち始めた甘い香りの所為で、胃の腑からこみ上げてきた酸っぱい何かを、セツナには気付かれぬよう幾度も飲み込みつつ、『溺愛』中の彼を手伝っていた。

……ここまで来ると、カナタの、傍迷惑な『セツナ馬鹿』も、或る意味涙ぐましい。

「出来た! マクドールさん、出来ましたー!」

「そ、そう。良かったね…………」

「はい! これで準備万端です。議場に突撃です!」

けれども、そんなカナタの心情も努力も知らず、セツナは、炙り大福は、本当に仄かにだけ焦げ目が付くくらいにしとくのがコツ、と、それはもう慎重な手付きで拵えたそれが、完璧な形で仕上がった! と満足気に大福達を皿へと取り、「熱い内に届けないと!」とカナタを急かして、直ぐそこのレオナの酒場に飛び込み、チーズケーキやクッキーやマドレーヌその他が、こんもり……、と盛られている甘味が乗った巨大な盆に大福の皿を追加してから、その盆を自ら持ち、十八名分ものお茶セットが乗った、やはり巨大な盆をカナタに持たせ、

「レオナさん、七輪の後始末、お願いしまーす!」

と、酒場の女主人に後を任せると、酒場を出、トコトコ、階段を昇って行った。

数ヶ月に亘りハイランド皇国の占領下に置かれていた、学園都市グリンヒルの奪還を同盟軍が果たしたのは、約ひと月前になる。

故に、そろそろ、次の一手を繰り出すべく動き出してもおかしくない頃なのだが、今、季節は冬で、年の瀬も遠くない。

戦争も戦況も、年中行事など無視して進むのが相場だが、先頃、ハイランドに降伏したマチルダ騎士団の本拠であるロックアックスの街は、この季節、とても雪深くなる地方に位置しており、戦を仕掛けるには具合が悪く、又、年を挟んでの戦となると、あの辺りの村々の者達──ロックアックスを巡る戦が始まれば、戦場と化すだろう辺りの者達の、心情の問題もあるので、現在、同盟軍内では、専ら机上の話のみが行われているような状態だ。

……まあ、だから、軍議の席から、軍の長が茶菓子を拵える為だけにトンズラしても、鬼正軍師殿も副軍師達も、諦めの境地に達するだけで済ましてしまうし、「皆でお茶!」と、セツナが目論んだりするのだが。

「皆、お話し合い終わった? お茶にしない? 僕、お茶菓子沢山作ってきたから!」

──そういう訳で、上手いこと、閉められた直後の軍議の席に、セツナは盆を抱えて乗り込んで、

「労い兼ねて、皆とお茶にするんだと、セツナがご所望だから。勿論、付き合うよね?」

甘味が苦手な軍議出席者達の一部が、「茶は兎も角、甘味は……」と、嫌そうな顔をしながらこっそり逃げ出そうとしたのを、カナタは暗に、「僕も付き合ってるんだから、お前達も犠牲になれ」と、目は笑っていない綺麗なだけの笑みで引き止めた。

「へーへー。付き合えばいいんだろ、付き合えば……。……って、うへぇ……」

「盟主殿……。一体、どれだけ…………」

「ま、まあ、セツナが作ったなら、味の保証はあるから……」

「加減ってものを覚えなよ、お馬鹿」

ていてい、と設えられた長机の上の書類を勝手に退かし、ドン! と置かれた甘味達の乗った盆に掛けられていた布巾を、ぴろん、とセツナが取り上げた途端現れた、壮観、とも言える菓子達の量に、何でも美味いが甘い物は……、な酒飲み傭兵ビクトール、中華が好み──即ち辛党な正軍師のシュウ、ビクトール同様、甘味は……、な彼の相方フリック、口の悪さは軍内一、二を争う風の魔法使いルックは、遠い目になり、

「まさか、完食するまで許されない、とか……?」

「ああ、でも焼き菓子くらいなら」

「そうですね。それくらいなら……。……多分」

「しかし、まあ、見事だ……」

「う、うーん……。でも、まあ、何とか…………」

「流石に、ここまでを見せられるとな……」

さっぱり物好きな、今は亡きミューズ市長アナベルの秘書だったジェス、肉好きな三名、大将軍キバ、元マチルダ青騎士団長マイクロトフ、キバと同じく大将軍ハウザー、それに加え、コボルトの大将軍リドリー、女性だけれど甘味はちょぴり苦手なトラン義勇軍大将バレリアは、「えーー……」と複雑そうな顔を拵え、

「まあ、本当に美味しそう!」

「全部は無理ですけど、ケーキ三つくらいなら」

それはやっぱり、甘味は別腹な女ですから、なグリンヒル市長代行テレーズと、副軍師のアップルは顔を綻ばせ、

「……これさあ、お姉さま方へのお裾分けに貰って帰っちゃ駄目か?」

「有り難うございます、盟主殿」

数多の女性とのデートを楽しむ為には、甘味もイケなきゃ駄目なんです、なトラン共和国大統領子息のシーナは思案気になり、一応、甘い物もイケる副軍師のクラウスは、にっこり礼を述べて、

「これはこれは光栄です、盟主殿」

「うはぁ。よりどりみどりですねぇぇ!」

甘味も酒もな両刀使いの、元マチルダ赤騎士団長でマイクロトフの親友カミュー、甘い物は好物! な元ミューズ市文官のフィッチャーは、任せて下さい! と爽やかに笑み────そして。

「セツナ。何処の茶葉だ?」

「この間、マクドールさんが、グレッグミンスターの有名なお茶屋さんで買って来てくれた、薔薇薔薇した将軍さんだったミルイヒ・オッペンハイマーさんお薦めの奴です。すんごい、いい香りしますよねー。……幾らするんでしょう…………」

「ああ、ミルイヒが薦めるなら確かだな。……ま、値段は気にするな」

甘味大王は、誰も勧めぬ内に炙り大福を頬張って、トポポポと、良い音を立てつつ茶を淹れ始めたセツナと、茶葉の銘柄に付いて語らっていた。