「猫被り? だが、猫被りくらい、カナタだってセツナだって」

「確かに。そんなん、こいつらだって、得意中の得意じゃん?」

シュユは、猫被りだった。

──とのゲオルグの証言に、今度は、フリックとシーナが口を滑らせた。

「ああ、そう。フリックもシーナも、話し合いに参加したい、と。判った、後でね」

そんな、うっかり者二名に、カナタがさらっと宣言をしても、一切を無視してゲオルグの語りは続く。

「桁が違う。シュユが被っていたのは、猫の皮なんて生優しい物じゃない。化けの皮だ。それも、巨大で分厚い化けの皮。……あいつは、人の目がある所では、必ず、完璧な王子面を引っ提げていて、決して笑顔を絶やさず、口数も態度も控え目で、誰に何を言われても口答え一つせず、向けられる希望も要望も文句も無条件で受け入れ、どんな身分の奴が相手でも、親しみと誠意を込めて付き合う、寛大な奴だった。…………が」

「……が?」

「実際は、針の孔よりも心が狭くて、口も態度も悪かった。手が出るのも、カナタよりも早かった。滅多なことでは他人を褒めなかったし、他人を陥れる悪知恵ばかりに長けていて、仲間と下僕を混同している節もあって、そのくせ凄まじい家族馬鹿で、何より────

「何より? 何?」

「…………カナタ。セツナの耳を塞げ」

「え? あ、うん」

「へ? 何でですか?」

チーズケーキを鷲掴みにしたまま、話を続けたゲオルグは、徐に、セツナの耳を、とカナタに求めて、言われるまま、彼が従うのを待つと。

「……何より。あいつはな、下半身に節操がなかったんだ。相手が男だろうと女だろうと頓着しなかった。女を抱くのは当然、男を抱くのも、男に抱かれるのも平気で、あの反乱が起こる前も、起こってからも、ソルファレナの太陽宮や本拠地から、わざわざ、女装までして抜け出して、相手構わず引っ掛けて歩き、呆れ返るしかないまでに、すっ……きりした顔して帰って来る性欲の塊で。それだけなら未だしも、他人の恋愛を引っ掻き回すのが趣味で、座右の銘の一つは、『愛など偽り、愛で腹は膨れない』だった」

そこまでを、半ば一息に言い切って、はあ…………、と深い溜息を零しつつ黄昏た彼は、もそ……、っとチーズケーキを齧った。

「シュユの正体がそんな風だと知っていたのは、本当に一握りの者達だけで、俺だって、親友の息子の実態なぞ、出来るなら知りたくなかった。だが、ひょんなことから知ってしまった。……だから。そんな奴が、俺の知っていた天魁星だったから。セツナも一皮剥いたら、あいつの同類だったらどうしようかと、初対面の頃は疑っていたんだ」

「なる、ほ、ど……。どっからどう見ても、可愛らしい子供にしか見えねぇセツナの本性がそんなだったら、衝撃だからなあ……」

「苦労したんだな、ゲオルグも……」

────セツナやカナタが、そんな天魁星だったら嫌だな……、と。

どうやら終わったらしいゲオルグの話に、ビクトールとフリックは、しみじみ呟く。

「有名な、ファレナの王子殿下が…………」

「歴史の真相とは、無情ということなのかな……」

話の成り行きに、頬染めて俯いてしまったテレーズとアップルの様子を窺いながら、マイクロトフやカミュー達は、ボソボソ言い合った。

「『それ』と比べるのもどうかと思うが、確かに、盟主殿やマクドール殿の方が、マシと言えばマシだな。少なくとも、そこまでの裏表はない」

「極端過ぎる裏表がない、という意味では、お二人共に素直です。何より、色恋に絡む揉め事は、間違っても起こされません」

その横で、シュウとクラウスは、カナタには聞こえぬように囁いて、

「あれに比べれば、お前達の悪戯や騒ぎ程度、可愛いもんだ。少なくとも、色恋沙汰絡みの泥沼な修羅場には発展しない。それに、セツナには、手ずからの甘味を振る舞うという優しさがある。しかも美味い」

うんうん、とゲオルグは、一人頷いた。

「お話の最後の方、僕は聞けませんでしたけど、そーゆー王子様もいるんですねぇ……。何か僕、お伽話とかの王子様像、変わっちゃいそうです」

「僕も、ファレナの王子の素行や品行が、そこまで悪いとは思ってもみなかったけど。世の中、上には上がいるってことかな」

「上には上って、どういう意味ですか? マクドールさん」

「ん? 僕達が仕掛けることや振る舞い程度、取るに足らないって意味だよ、セツナ」

「取るに足らない……。……じゃあ、僕達、お城の中をもっと賑やかにする為に、頑張らなきゃ駄目ってことですか?」

「……そうだね。そういうことになるね。期待に応えて、計画でも練ろうか」

「はい! 楽しそうな奴、やりたいです!」

「あ、でも、今晩は駄目だっけ。……御免ね、セツナ。僕は、後で一寸、傭兵コンビな二人や放蕩息子な彼と、話し合わなきゃならないんだ。それに、シュウやクラウスにも言わないといけないことあるから、その話、明日以降でいい?」

……そんな具合に、証言者により語られた、市井に流布している噂では絵に描いたような完璧さを誇る、それこそセツナの科白ではないが、お伽話の中の王子様の如く言われているシュユ王子の真実の人となりに、世の中、知らなくてもいいことってあるんだなあ……、と世の不条理を噛み締める一同を尻目に、セツナと、先程のあれにもしっかり聞き耳立てていた、軍師達に釘を刺しつつのカナタは好き勝手に語り、

「……一寸。どうして、今のゲオルグの話から、そういう結論が出せるのさ。そこ、張り合う処じゃないだろう? 貞操観念皆無な王子なんか、引き合いに出さないでくれない?」

そうじゃないだろ、とルックが突っ込んだ。

「マクドールさん、テイソーカンネンって、何ですか?」

「セツナは、未だ知らなくていい言葉。──固より、その辺は論外だよ、ルック。でも。シュユ王子の、徹底振りその他は見習うべきだろう? 何事も、やるからには道を極めた方がいい」

「だ・か・ら。だとしても! 傍迷惑さの道なんて極めないでくれって言ってるんだよ、僕はっっ」

「どうして? 分野は違えど、先達の完璧主義に倣うだけだよ。ね? セツナ」

「ね、マクドールさん。……あ、お湯終わっちゃう。僕、貰い行ってきますね。皆、未だ逃げちゃ駄目だからねー」

「ああ、手伝うよ、セツナ」

「セツナ。未だ大福があったら、持ってきてくれないか?」

「はーーーい。行ってきまーす!」

けれども、ルックの突っ込みも叫びも、毎度のように屁理屈で躱した天魁星コンビは、茶会を続ける為の湯の追加を、酒場まで取りに出て行き、事の発端なゲオルグは、「やはり、あの二人は未だ可愛い」と、一人、レベルの違う納得を見せ。

「………………天魁星って、どういう基準で選ばれるのか、レックナート様はご存知なんだろうか……」

ぼそっと洩らされたルックの素朴な疑問に、「それは、自分達も是非知りたい」と、一同は、当分はお開きになりそうにもない盟主主催の茶会が、一刻も早く終ることのみを祈り始めた。

End

後書きに代えて

すんごい久し振り(多分、三年振りくらい/2011.08現在)に、カナタとセツナの話の(以下略)。

──うちの、カナタとセツナの話の世界に生きている、幻水5主人公@ファレナの王子が、如何に人として駄目か、という話。

多分、王子当人が、カナタ&セツナの話に出てくることはないと思いますが(予定は未定)、「こういうキャラなんだよ」ってな設定は存在しているのです、一応。

で、折角だから書いてみた。

……ええ、うちの王子は、下半身に節操がない人……。

どうしてそんな性格なのか、理由はあるんですが。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。