カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──楽園──
デュナン湖畔に建つ、同盟軍本拠地東棟前の商店街より、西棟の、兵舎前へと続く石畳を、馬──もとい、ユニコーンのジークフリードが、伝説の、気高い生き物であるにも拘らず、誰の目にも明らかに、超絶、と言える程不機嫌そうな顔をして、ぷりぷり怒りながら、蹄の音も高く進んで行くのを。
商店街から本拠地正門辺りを取り囲む幾つもの茂みの影より、その日予定されていた訓練の代わりに、女衆に急き立てられて渋々頑張った、一昨々日から昨日に掛けて、激しく降りしきり、そして積もった雪の片付けを終えた同盟軍の男達は、そうっと見守っていた。
とは言っても、彼等が見守っていたのは実の処、やたらと立腹しているジークフリードの機嫌ではなく。
どうしてジークフリード、あんなに怒っちゃったのかなあ、と、不思議そうに首を傾げている、己達が同盟軍の『小さな』盟主、セツナと。
どうしてだろうね、でも放っておいてもその内に、きっと機嫌を直してくれるよと、疾っくの昔に、実家に戻ることを放棄し、何時でも何処でもセツナの傍で、『セツナ馬鹿』を発揮している、トラン建国の英雄カナタ・マクドールが、常のように、セツナを甘やかす風にしている、その様子だった。
──朝からどんよりと、鉛色の空を見せていた一昨々日の、午後の浅い時間から降り始めた雪は、日付が変わっても止まず、一昨日も一日降り続いて、昨日、午後。
やっと降り止んだ。
それから、同盟軍の者達総出で、本拠地である古城から、古城の周辺から、雪掻きに勤しみ、けれど、屋内に閉じ篭るしかなかった人々を、うんざりさせた程の雪は、半日やそこらで片付くような、簡単な代物ではなくて。
その日も朝から男達は、雪掃除に励まさされた。
だが、雪掻き開始初日の半日は、それはそれは楽しい行事か何かと勘違いしている風に、率先して雪掻きをしていたセツナも、そんなセツナに付き合っていたカナタも、その日は朝から姿が見えず。
何処にトンズラしやがった、あの二人、と、同盟軍の中でも、カナタやセツナと頓に仲が良い、ビクトールやフリック達が、ぶつぶつ愚痴を零し続けていたら、丁度、世間で言う処の、午後の茶の時間の頃合い。
セツナの友人の、ムクムク達五匹のムササビや、グリフォンのフェザーや、ジークフリード、と言った『獣集団』と、意気揚々、『戦利品』まで携えて、元と現の、お騒がせ天魁星二人組は、純白に染まった草原の方角から帰城した。
どうやら、折角雪が積もったのに、昨日はセツナもカナタも半日雪掻きに追われて、自分達と遊んでくれなかった、と拗ねたらしいムクムク達の要望に応えて、草原の直中まで繰り出し、彼等は獣達と共に、遊び倒して来たらしい。
だが、雪が降ろうと雨が降ろうと、それこそ槍が降ろうと、人も獣も思うがままに行き交う場所には、魔物も出るのが定石だから、思う存分遊びつつ、思う存分、魔物狩りにも勤しむこととなったらしいカナタとセツナは。
何を思ったのか──大方、碌でもないことを考えたのは、セツナの方だろうが──、フェザーやジークフリードの背中一杯に、魔物の死体を戦利品宜しく積み上げていた。
だから、荷馬の如く扱われたジークフリードは、大層立腹していて、セツナやカナタと、ぷりぷり怒りながら何時もの場所へと戻って行くジークフリードを見比べ、困ったように、複雑な鳴き声をフェザーは小さく上げて、ムクムク達は、商店街の直中に下ろされた『戦利品』を、カナタやセツナに呼び付けられた、商店街の主達と共に、物珍しそうに取り囲んでいた。
「…………という訳でー。雪遊びしに行ったら、魔物狩りみたいになっちゃって。あんまりにも狩れたんで、ちょーーーっと勿体ないかなー、って、持ち帰って来ちゃった。朽ち果てさせるのも、何となくー、とか思っちゃって。皮とか毛とか、使える所が見つかれば、お得! だし」
そんな中、セツナは輪の中心に立って、魔物の死体をここまで引き摺って来た理由を語り。
「盟主様もマクドール様も、何処まで足を伸ばされたんですか……。──んー…………。そうですなあ…………」
野兎や虎や猪に良く似た魔物や、もさもさ、と呼ばれているそれが、どっこり『盛られている』山を見詰めて、その種類と量に呆れつつ、鍛冶屋のテッサイが唸った。
「テッサイさん、皆の武器鍛えたり直したりする時、柄とか弦とか鞘とかも、一緒に直してたな、って思って担いで来たんだけど……。何処か、使えそう? ハンスさんは? 防具の職人さんに、ここ使って下さい! って、渡せそうなトコとか、あったら嬉しいなー」
「そうですねえ……。出入りの人達に持ち込むことは出来なくとも、一寸した防具の修理に使えそうな部分なら、あるかも知れませんけども……。少々のことなら、私も出来ますから、その時の材料、なら。んーー、でも、どうかなあ……。魔物じゃなくて、獣の皮なら、幾らでも買い取りますけどねえ……」
小首を傾げ、テッサイの唸り声を聞いていたセツナは、今度は防具屋のハンスへと向き直って、が、テッサイと同じく、彼も又、唸るのを見て。
「ゴードンさんは?」
今度は、交易商の彼を振り返った。
「俺っちの所は、交易所ですよ、盟主様」
「…………駄目? やっぱり? この、虎模様の魔物の皮だったら、虎皮の敷物! で通用するんじゃないかなー、とか思ったんだけどなー」
「セツナ、それは幾ら何でも……。ゴードン商会の、信用問題に関わるって」
「そですか? でもこの間誰か、世間には、『コーズカ』って物好きな人達がいる、って言ってましたし……」
「コーズ……? ああ、好事家、ね。それはそれだよ。処で、それはそうとセツナ。どうして、ハイ・ヨーまで呼んだの……?」
「んとですね。この、野兎そっくりなのなら、味も、野兎みたいかなー、って思って、だったら、ハイ・ヨーさんにお料理開発して貰おうかなー…………って、これも、やっぱし駄目ですか……?」
「………………セツナ……。倹約の心も、命を粗末に扱わないというのも、素晴らしいことだとは思うけどね……。限度、って。何事にも、あるよ……?」
くりっと大きな薄茶色の瞳に見詰められて、苦笑を浮かべるより他なかったゴードンに助け舟を出し、次いで、どうしてハイ・ヨーまでをもと、尋ねたくて仕方なかったことを、好奇心に促されるまま問い掛けて、結果。
カナタは、盛大に頭を抱えた。
「……うー………………。じゃあ、どうしようもない所は、トニーさんの畑で、土に還して貰います……」
どうして、この子は、と。
酷く複雑そうな顔色を、カナタが浮かべたのを見て、セツナは、ああ、マクドールさんを困らせちゃったと、俯きつつ言い。
「そうだね。そうしようね」
困り果てた顔色のまま、カナタはセツナの髪を撫でて。
………………茂みの物陰から、そんな彼等の様子を窺い、未だ暫くは、カナタとセツナの振り撒くドタバタ騒ぎが続くなと、そう踏んだ同盟軍の男達は、そっと気配を殺し、その場を後にした。