元気があり過ぎて、賑やかと言うよりは騒々しいカナタとセツナの様子を、茂みに隠れた仲間達──ビクトールやフリックや、シーナやリキマルやアマダやその他、何人かの男達が窺っていたのは、一寸した企みが、重労働なだけの雪掻きの最中、彼等の間で持ち上がったからだ。
──新年を迎える際の喧噪は、疾っくに消え去ってしまったけれど、暦は未だ、年が明けて程ない。
お天道様は、一昨々日から臍を曲げていて、辺り一面、雪だらけ。
なら、束の間だとしても、ハイランドの連中も大人しいだろうから、何時終わるとも知れない戦続きの日々の疲れも、昨日今日の雪掻きの疲れも、吹き飛ばして余りある、好機を得られることになる。
だからちょいとばかり、『悪さ』を働きに行こう。
…………それが、雪掻きをしながら、彼等が『企んだ』ことだった。
『悪さ』と言えば聞こえは悪いが、要するに、盟主のセツナや、正軍師のシュウと言った者達の目を掠めて、クスクスの街辺りに繰り出し、別嬪さんを侍らせながら、『遊びましょう』、と。
まあ、そう言った類いの、『悪さ』。
それが、彼等の企み。
夜に生きる別嬪さん達と遊んでくる、と真っ向勝負で告げても、そろそろ十代半ばの年齢に達するとは到底思えぬくらい、色事に疎い『小さな』盟主は、何を宣言されているのか理解も出来ないだろうから、「いってらっしゃい」と、にこにこ笑うだけだろうが。
一般人には到底理解し難い部分『だけ』、真面目に出来上がっているカナタや。
女を抱くなとも言わない、買うなとも言わない、多少のことなら大目にも見よう、だが、遊びたいなら筋を通してからにしろ、のシュウにバレると、何を言われるか判らないし、又、何をされるか判らないので、ひっそりこっそり。
バレぬように抜け出そうと、彼等は、セツナとカナタの様子を窺っていたのだ。
……どういう訳か、同盟軍の誰それが、何時何処で、こんなことをしていた、という話に最も精通しているのが、カナタとセツナの二人だ。
故に、二人の様子をビクトール達は窺って、あの馬鹿騒ぎにあの二人が興じている今なら、数刻、姿を晦ましてもバレやしないと、いそいそ船着き場へと向い、タイ・ホーに──勿論、『悪さ』の仲間に引き入れてから──船を出して貰って。
意気揚々、クスクスの街へ降り立った。
「…………なあ、本当に行くのか……?」
短い船旅を終え、クスクスの街の船着き場に立って、としても、唯一人、フリックだけは、尻込みをしてみせたが。
「お前なー、ここまで来て、水差すようなこと言うんじゃねえよ」
帰りたいような素振りを見せたフリックを、相方の、ビクトールが止めた。
「でも、俺は別に……」
「はいはい。判ってるって。俺の胸の中にはオデッサがー、とか何とか、言いたいんだろう? ……っとによー、二言目には、オデッサ、オデッサ、って。気持ちは判るが、それはそれ、これはこれだ」
「それでもこれでもないっっ。俺は、お前達が行きたがってるような店になんか、これっぽっちも用はないっ!」
「……………………フリック。お前、その歳で、もう涸れたのか?」
「こっ……、この熊っ! 涸れて堪るか、この歳でっ!」
「なら、いいじゃねえかよ。四の五の言いながら、ここまで付いて来たんだ。我慢は体に良くねえぞー? な? オデッサへの操は、心の中だけで立ててりゃいいじゃねえか。その気にならなけりゃ、酒だけ呑んでりゃいいんだし」
「酒だけなら、レオナの所でだって、一緒だろうが……」
「レオナんトコで、お前が一人で酒なんか呑んでたら、他の連中どうしたんだって、カナタ辺りに突っ込まれるのがオチだろうが。……ほらっ。ここまで来たんだ、いい加減、覚悟決めろ。行くぞー!」
別嬪さんと『好いこと』をする場所になど、今は亡き、生涯の女性が胸にいる自分にはー! と、フリックは言い張ったけれど、何処から足が付くか判らないと、ビクトールはがっしり、フリックの肩を掴み、逃さず。
「たまにゃあ良いなあ、こういう羽伸ばしも」
「ビクトールさんってさ、話が分かるから好きだよ」
「あの城には、夜の華やかさだけが、足りやせんからねえ……」
「おうよ! 俺っちも、常々それは思ってた処さ!」
ビクトールの、行くぞ! の掛け声に、タイ・ホーもシーナもリキマルもアマダも、他の者達も、ヘラっとだらしなく顔を崩して、盛り場目指して歩き始めた。
「そうだろう? たまには、こういうのも良いだろう? ……セツナには、複雑な色事は理解出来ねえだろうし。シュウの奴にゃ、盛り場に行きたいなら休暇届を出せ、とか何とか迫られるだろうしな。遊びってなあ、思い立ったが吉日って奴なのに」
「確かに。……でも、マクドールさんは、こういうことの物判りも良さそうな気が、おいらはしますけどねえ」
「あーー、駄目駄目。リキマルさん、それ誤解。……あいつさー、変な所、変に真面目で。トランの解放軍の時も、何度かこんな話持ち上がって、軍主様もお年頃だしー? って、一応カナタも誘ったんだけどさ。そしたら、黙って悪さしに本拠地抜け出したら、脱走兵扱いするよ? ……なーんて脅されたんだよ。抜け出したのがバレても、次の日ちゃんとしてる限り、何も言わなかったけどね」
「脱走兵扱い…………。そりゃ又、過激と言うか、お固いと言うか……」
そうして彼等は、三年数ヶ月前終わった、トラン解放戦争時代の『受難の日々』を語り合いつつ、赤々と灯籠を掲げる、一見は飲み屋、な作りの店へと、乗り込んで行った。
別嬪さんを侍らせて、夢のひと時を送る為に、クスクス目指して城を抜け出した男達が、船上の人となっていた頃。
日没を迎えて、間もなく。
「ビクトール達を知らないか」
レオナの酒場に顔を出すのは稀な、同盟軍正軍師のシュウが、渋い顔をしつつ、その男達の行方を、酒場の女将・レオナに尋ねていた。
「……さあ。あたしゃ知らないよ。雪掻きは終えたようだし。ハイ・ヨーの所で、腹でも満たしてるんじゃないのかい?」
「レストランにはいなかった。風呂にもいない。部屋にも、無論。……何処に行ったんだ、あの馬鹿達は……」
「知らないって。あの連中のお守りをしてる訳じゃないんだ。……処で、何で?」
「ビクトール達を捜す理由か? ……盟主殿が、魔物の遺骸を持ち込んだ、とかでな…………。余り利用価値がなさそうだから、畑の片隅に埋めるのだそうだが、それが余りはかどっていなくて、執務にならない。だから、穴掘りの手伝いをして貰えないかと思ったんだ。……全く……。盟主殿やマクドール殿にも、困ったものだ……。ビクトール達にも」
「魔物の、遺骸、ねえ…………」
連中の居場所なんか、知ってる筈がないだろうと、シュウの問いに素っ気なく答えはしたものの。
何を躍起になって彼等の行方を、と問うてみれば、溜息付き付きの話が軍師からは洩れて、レオナは愛想笑いを浮かべつつ、唇の端を引き攣らせた。
「シュウさーーん! もう、ビクトールさん達捜さなくてもいいよ? あっち、終わったからー」
と、そこへ、カナタと共に、とてとてと走って来たセツナが、もう人出は要らないと、高らかに宣言し。
「……盟主殿? おや、マクドール殿も。…………もう、穴掘りは終わったのですか?」
件の作業が始まったのは、つい先程の筈なのに、とシュウは首を傾げた。
「うん。ルックとマクドールさんが掘ってくれたんだ。ルック、凄く嫌そうだったけど、何時までも、畑の片隅に魔物の死体が転がってるよりはいいからー、って。だから、もうお終い」
「マクドール殿と、ルック……ですか……?」
「そうだよ。マクドールさんとルックに、『焦土』の魔法で、地面吹っ飛ばして貰っちゃった。僕とマクドールさんでやっても良かったんだけど、もしも加減が上手くいかなくて、畑ごと吹っ飛ばしちゃったりしたらヤだから、ルックにお願いしたの」
「…………と、いう訳」
「そうですか………………。なら、ビクトール達は、もう捜さなくとも宜しいですね……」
マクドール殿は兎も角、何故、ルック? とシュウが訝しめば、ほわほわ笑いながらセツナは事情を説明し、カナタは、複雑な苦笑を浮かべ。
シュウは、遠い目をした。
だがまあ、事が足りたのには間違いないだろうと、宙を彷徨った視線を何とかシュウはセツナへと戻し、ならば、執務を、と言い掛けたのだが。
「家の隊長が、どうかしましたか?」
通りすがり、話を聞き齧ったらしいビクトールの部隊にいる兵士が、そこへ嘴を突っ込んだ。