「……シュウさん。マクドールさん、皆に何言ってるの?」
「…………盟主殿は、お聞きにならずとも宜しいのですよ」
そんな勢いでカナタが声を張り上げても、シュウがセツナの耳を塞ぐ手は、余程強いのか、セツナには全く、聞こえなかったようで。
痛いー、という風な顔をしながら、『小さな』盟主殿は視線を正軍師殿へと向けたが、シュウはしれっと目を逸らし。
その一角のみが、のほほん、とした風情を醸し出したけれど、カナタの罵声は未だ続いて。
「でも、な。カナタ……」
「反論があるんだ? ビクトール。良い度胸だね。この子が寝た後に抜け出せば、少なくともセツナにはバレずに済んだものを。そんな知恵も働かせなかったくせに、反論、したいんだ。…………トランの戦争の時、言ったよねえ? 高が夜遊びの為に、黙って本拠地抜け出したら、脱走兵扱いする、って。そういう扱い、受けたい? それとも、大人しく僕に怒鳴られる? どっちが良い? 好きな方、選ばせてあげるよ。…………判ってると思うけど。僕は今夜、どうしようもなく機嫌が悪いんだ。何処ぞの大馬鹿者達の所為で、セツナが要らない好奇心持っちゃって、それ誤摩化すのが大変だったから。……くどいようだけどね。知ってると思うけどね。可愛い可愛いこの子は、絶望的なまでに、男女の色事に弱いんだよ。女性を金で買うなんて、針の先程も想像出来ないんだよ。そういう部分、子供なんだよ、涙が出る程っ! なのに、そのセツナの耳にも届くような間抜けな形で、娼館に繰り出した馬鹿達がいてっっ! 馬鹿達のお陰で、僕とシュウは、掻かずともいい恥を掻いてっ! 冗談じゃないっっ!」
怒鳴り声を張り上げ続けるカナタに、お前のそれは、八つ当たりって言うんじゃねえのかと、ちょこっとだけ言ってみようかなー、との、命取りになりかねない勇気を発揮して、恐る恐るビクトールが異議を申し立てようとしたが、そんな傭兵に、カナタは噛み付き返した。
「兎に角っ。今夜、僕達が掻いた恥の分くらいは、きっ……ちり償って貰うから、そのつもりで。…………バレないようにやってくれれば、文句はなかったんだよ。セツナの、変に逞しい好奇心が煽られる結果さえ招かないでいてくれれば、多少のことくらい、目を瞑るんだよ僕だって。なのに…………。──あーっ、腹立たしいし嘆かわしいっっ。どいつもこいつも、夜遊び一つ碌に出来ない馬鹿ばっかりでっっ。……ああ、シュウ、もう良いよ」
そうして彼は、やっと正軍師の両手より開放されたセツナを招き寄せ。
「うーー……、マクドールさんが何言ってたか、ちっとも聞こえませんでした。……つまんない…………」
「訳の判らない遊びばっかりする大人への文句なんか、君が聞くことはないんだよ。さ、お城に帰ろうね。セツナ、未だお夕飯食べてないから、お腹空いたろう?」
「はーい。そですねー、お夕飯、食べ損なってますもんね。今なら、未だレストラン開いてますから、急ぎましょう、マクドールさんっ」
ちょちょいと手招かれたセツナは、んーー、と耳たぶを引っ張りながら、懐より、瞬きの手鏡を取り出した。
「皆は、タイ・ホーさんのお船で帰るの? シュウさんも? なら、僕達先に帰るね。……あっ、そうだ! 今度、ショーカンでする、あの変な遊びのやり方、教えてねっっ! じゃあねー、又後でーー!」
懐から取り出したそれを頭上に翳しながら、ご飯ご飯と、うきうきしつつ、セツナは。
それとは知らず、カナタの神経を逆撫でしそうな一言を、雁首並べたまましょげている仲間達へと、悪意なく『投げ付け』。
「……どうして、こう、一度興味を持ったことに関して、こんなに、『執念』を見せるんだろう……」
受難は未だ続くのか、と打ち拉がれた顔をしながら、もっと怒鳴っておくんだったと、男達を鋭い瞳で射抜いたカナタと共に、帰還魔法の向こうへ消えた。
「…………だから……、だから俺は帰ろうって、そう言ったのにっっ……」
──無邪気で純粋過ぎるのは、悪意なき罪の一つ、の具体例であるセツナと、今宵は八つ当たり大王と化したカナタの二人が、音もなく消えた直後。
怒りを滲ませた震える声を、フリックが絞った。
「……今更、そんな理屈が通用する訳ねえだろうが、カナタ相手に」
何故、自分がこんな目に。……そう言いたげな相方を横目でちろりと見遣って、ビクトールはしれっと、連帯責任、と口にする。
「ふざけるなっっ。こうなったことのそもそもの発端が、誰にあるのか良く考えろ、ビクトールっっ!」
「発端も何もねえだろうが、こうなっちまったら」
「でも……──」
「──お前達」
だから、真夜中が迫りつつあるクスクスの街の船着き場で、腐れ縁傭兵コンビの醜い言い争いは展開され始めたが、彼等の責任の擦り付け合いが本格化するより先に、一同を、シュウが呼んだ。
「…………なっ、何だよ…………」
「まさかと思うが。マクドール殿に罵声を浴びせられただけで、今夜の始末が付いた、と考えている訳ではあるまいな。次は、私の番だ。……とは言っても、何時までも城を留守にする訳にもいかぬから、続きは、船の中で。……とっとと乗り込め、愚か者共」
一先ず、ではあろうとも、カナタの姿が消えたからと、漸く、息苦しさから開放されたのに、今度はシュウに睨まれて、又、身を竦めれば。
低いけれど静かな、でも、氷に触れるよりも尚痛い、抑揚のない声で言い渡され。
男達は、『楽園』に現を抜かした自分達の今宵を、心底呪った。
尚、『悪さ』を働きに城を抜け出した、或る意味不憫な男達は結局。
カナタの八つ当たり、シュウの八つ当たり、それをぶつけられるだけでは済まず。
翌、早朝より丸一日。
そうしたら、ルックからの苦情が来るだろう、という部分はどうでもいいけれど、本拠地一階本棟の、約束の石版前は、本拠地の『顔』と言える場所でもあるので、軍の面子的に具合が悪かろうと話し合って『場所』を決めた、カナタとシュウの二人に、少々目立たぬのが不満だけれどと、何処までも嫌味を垂れられつつの、『罰』を与えられ。
『不届き者です』と、でかでか書かれた厚紙を各々持たされ、兵舎前の池の脇に正座、との、この上もなく恥ずかしい憂き目に遭わされた。
何故、彼等がそんなことをさせられているのかは、朝を迎えた本拠地が動き出すと同時に、あっと言う間に噂となって、城内を駆け巡ったので、通りすがり、「災難でしたねえ……」と、同情しきりの声を掛けてくる兵士達や、不潔だわ! との目を向けてくる女衆達や、からかいにやって来る一〇八星達の好奇の視線その他に晒され、針の筵に座らされるよりも尚居心地の悪い、最悪の気分を彼等は味わう羽目になったが。
根性だけは逞しいのか、懲りるということを知らないのか、さもなくば、盛大に体を張った意趣返しのつもりだったのか。
これしきのことで、『楽園』を諦めるなんて冗談じゃないと、それよりも度々、彼等の一部は、花街に焦がれるあまりの『脱走』を仕出かそうと試み。
けれど。
「『ショーカン』にお出掛けするなら僕も連れてって! 楽しい遊び、するんでしょう?」
……と、その都度、どうやってか、彼等の『脱走計画』を聞き付けてくるセツナの、天然っぷりに辟易させられることとなり。
一日も早い戦争の終結を、彼等は改めて心に誓った。
End
後書きに代えて
実は、の話をしてしまうと、私、これを、今年(2006年)の年賀代わりのフリー小説にしようとしていました。
でも、こんな話を持ち帰ってやろうと思って下さる方がいらっしゃるとは思えない! と考えを改め、『とある日の出来事シリーズ』にぶち込んでみました(笑)。
一旦は、お蔵入りさせちゃおうかとも思ったんですが、書いてる当人、基本的に馬鹿話が好きなので、お蔵入りも忍びない、と、つい…………。
何時もの人達が、不幸ですいません。
どいつもこいつも、馬鹿ですいません…………(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。