カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──恋愛物語──

フェザーを連れて、この軍の盟主であるセツナが同盟国であるトラン共和国の首都・グレッグミンスターへ、トラン建国の英雄カナタ・マクドールを迎えに行った翌々日。

セツナとカナタの二人が帰城したその日の、夕刻頃の。

レオナの酒場にての、それは出来事だった。

「…………なあ、カナタ」

デュナン湖畔に建つ同盟軍の居城とグレッグミンスターは距離があるから、カナタが故郷の街へと戻ってしまうと、かなりの確率で行われることになるセツナの『マクドール邸詣で』は、どんなに旅程を急いでも一日半の時間が必要で、只でさえそれを、同盟軍正軍師のシュウは、盟主殿の貴重な一日が、と快く思っていないのに、今回のマクドール邸詣では、何時もよりも一日余分に掛かったから、それに関する小言と言うか八つ当たりを、その時セツナはシュウより喰らわせられており、セツナをシュウに取られたから、暫くの間はここにいる、とカナタは、レオナの酒場で油を売っていて、故に。

暇そうな顔をして酒場へ姿見せたカナタを捕まえ、酒場の常連である腐れ縁傭兵コンビのビクトールやフリックや、その他『荒くれ者』達は、酒を嗜みつつの馬鹿話に興じていたのだけれど。

その最中、ふ……っと。

何やらに思い当たったかのように、ビクトールが改まった声を出して、カナタを呼んだ。

「何?」

「いや、どうってことない話なんだが。前々から不思議だったんだ。……ほれ、お前がここに来るようになった最初の頃は、お前も、セツナの立場や自分の立場考えて、ちょくちょくグレッグミンスターに帰ってたが。最近は、そんなこと、もうどうでもいいってな風に、お前、年がら年中セツナと一緒にいるだろう?」

「……うん、まあ、そうだね。ビクトールのその言い方は、一寸何だけど」

「…………事実だろうが。──だからな。今更、セツナや自分の立場が云々たあ、お前も思っちゃいねえだろうに。何でわざわざ、思い出したように、グレッグミンスターまで帰るんだ? 家のことは、クレオに任せてあるんだろう?」

グラスを傾ける手を止め、疑問を瞳に浮かべ、話し掛けて来たビクトールへ、ん? とカナタが振り返れば、傭兵は、『帰宅の理由』が判らない、と首を捻り。

「僕にだって、色々都合があるんだよ」

何を急に……、とカナタは、軽い苦笑を浮かべた。

「そりゃ、そうだろうとは思うがな。お前が帰っちまう度、『マクドールさん、何時戻って来るかなあ』ってな具合に、お前が帰ったその夜にもう、セツナのブツブツは始まって、その『ブツブツ』が、『僕からお迎えに行った方がいいよねー?』になると、俺達はだな、バナーの峠を──

──ああ、それが本音? 僕を迎えに来るセツナに付き合わされて、あの峠越えるのが面倒臭い? ……ホント、ビクトールはこの頃、年寄り臭いことばっかり言うよね」

「だーーれが年寄りだっっ」

「事実だろう? 三十過ぎたんだから。──確かにね、家のことは全部クレオに任せてあるから、僕がどうこうしなくても別段問題はないし、手紙の一つも送れば、彼女はそれで安心してくれるんだろうけど。…………一寸、ね。色々と」

「色々、って?」

「…………しつこいね、ビクトールも。僕の家には僕の家の台所事情があるって、それだけの話」

だがカナタは、苦笑を浮かべながらも、瞳に浮かばせていた素朴な疑問の色を、興味津々、と言った色に変えた相手へ、さらりとした口調で簡単に、『事情』を教えた。

「お前の家の『台所事情』なんて、放っておいたって安泰だろう?」

と、カナタとビクトールのやり取りを端で黙って聞いていたフリックが、口を挟み始めた。

「何で?」

「だって……そうだろう? 赤月帝国時代は広大な領土まで持ってたマクドール家だ。共和国に全てを返還したって尚余りある、昔からの財産ってのがあるんじゃないのか? お前の父親や先祖が、不正を働いてたとか悪政を布いたなんてことは、到底有り得ないだろうし。……ってことは、トランの国に諸々返還した後残った物は、純粋にお前の家の物だろう?」

「ああ、そういう発想…………」

二人の会話に割って入り、カナタの目を覗き込みつつフリックが言ったことは、そんな内容で。

「…………甘い」

仲間達と囲んでいた円卓に肘付いて、額に落ちて来た前髪を掻き上げながら、カナタはボソっと、フリックを一蹴した。

「甘い、って?」

「確かに、僕の家系は貴族だった。父上は五将軍の地位にあって、領地だってあったけど。赤月では特に、貴族の食い扶持の大半は領民からの税頼みで、それが費えれば収入なんて高が知れるし、父上は部下達の面倒見が良い方だったから、それなりの出費はあったみたいだし、貴族社会には貴族社会の付き合いってのがあったし、それに。トランは今では共和制なんだから、僕の家とて税金は払うんだよ。グレッグミンスターのあの館や、大昔から所有してて共和国になっても残った別邸とか、その他諸々を維持する為の税金と諸経費、馬鹿にならないんだよ? クレオのこと、ちゃんと食べさせる義務だって僕にはあるし、僕が行方晦ませた三年間、彼女に苦労掛けた埋め合わせしなきゃ人でなしだし、近所付き合いだって絶えてる訳じゃないし、トランの復興の為の寄付の手配とかもクレオはちゃんとしてくれてたから、そっちの事情だってない訳じゃないし、もっと言っていいなら、先祖代々の墓所の維持費とか供養料とか────

────…………もういい……」

そうしてカナタは怒濤のように、誠に世知辛い話を始め、放っておいたら半刻は続きそうな彼の『訴え』を、げんなりとした顔付きになった傭兵達は遮った。

「何と言うか…………。激しく、現実、だな……」

「少なくとも、建国の英雄の口から直接語られたくはない、凄まじい世知辛さだ……」

「家の台所事情を知りたがったのは、二人の方だろう? 聞きたいって言うから、僕は正直に語っただけ」

が、カナタはしれっと、頬杖付いていた腕で、飲み掛けのグラスを取り上げ。

「だからマクドールさん、時々グレッグミンスター帰るんですよねー。お家のお金、管理しないとならないから」

シュウから解放されたのか、それとも逃げて来たのか。

何時の間にやら酒場へとやって来ていたセツナが、カナタの話より世間の風の厳しさを噛み締めていた仲間達の影から、ひょいっと顔を覗かせた。