「…………? どうしたんだ?」

『溺愛中』のセツナが、再びシュウのお小言を貰いに行ったのだ、それを大仰に嘆き、シュウへの苦情を捲し立てるのが常なのに。

セツナが席を外したのを安堵してみせるような態度を取るなんて、とフリックが首を傾げた。

「どうかしたっていう訳ではないよ。但、観て来た芝居の話を、今日は蒸し返されたくなかっただけ」

「何で?」

「お芝居を観に連れてってあげるって約束した後に、今月一杯小屋に掛かる芝居は、悲恋が主題だって知ってね。セツナはあんまり興味示さないだろうから、どうしようかと思ったんだけど、あの子がそれでいいって言うし。内容が内容だから、少しはね、そういう方面に疎過ぎるあの子も、人並みに興味示してくれるんじゃないかって腹積もりもあって、連れてったんだよ。純真なのはいいことだけど、純真過ぎるのも問題だって、常々思ってたから……」

すれば、不思議そうに小首傾げたフリックへと向き直ってカナタは、溜息を吐き出し。

「何か、問題でもあったのか?」

吐かれた溜息へ疑問を投げたビクトールへは、嘆きの視線を向けて。

「問題、と言うか…………。──ほら、言ったろう? 観て来た芝居の中に、病に倒れたエルフの女性の肩を、主人公の男性が抱き寄せる場面があった、って」

「ああ。言ってたな。ついさっき」

「…………確かにね。……うん、確かに、ああいう筋書きの芝居は一寸、と感じる僕の目から見ても、綺麗な場面ではあったんだよ。言葉にするなら、とてもしなやかで、役者が良かったんだか演出が良かったんだか、兎に角、ご婦人方が溜息付きそうな場面であるのは、認められるそれで。……だから、そうだったからなのかは判らないけど、どういう訳かセツナも、それがお気に入りになったみたいでね」

「ふーん……」

「それも。純粋に、綺麗だった、とか、素敵だった、とかいう意味で気に入ったんじゃなくて。こう……少々『違う意味での彼のツボ』を突いちゃったみたいで、『女の人をああいう風に抱き寄せたいとは、僕には未だ思えませんけど、あんな風に、フェザーとかジークフリードには「縋り付いて」みたいです!』……って、芝居観終わった後、素っ頓狂なこと言い出して。グレッグミンスターからここに戻って来るまでの間、隙あらば、尋常じゃない勢いで、フェザーと遊び始めてくれて……」

「…………はあ」

「尤もセツナよりもフェザーの方が遥かに大きいから、縋り付くって言うよりも、乗り上げてるって言うか、張り付いてるって言うかだったんだけど。連れ歩いてたら目立つことこの上ないフェザーを物珍しそうに見てる人がいようとお構い無しに、『フェザー、好きーーーっ! あのお芝居に出て来た二人みたいに、仲良くしようねー』って縋り付きまくって…………」

もう一度、彼は、深い深い溜息を吐いて。

「………………いや、別に良いんだけどね……。良いんだけど……、それでも僕の目には、セツナ、可愛いとは映るけど……。……どうして、十四、五にもなったのに、あの子の中には、男女の恋愛と、人と動物との友愛の区別もないんだろう、と思うと…………」

────語る『細やかな逸話』の説明が進むに連れ、同情しきりの眼差しを浮かべ始めた周囲の仲間達へ、カナタは、遣る瀬ない声音を放った。

「……まあ、その。ほら、何だ。可愛らしい話じゃねえか、うん。傍目にゃあ、子供が、デッカい鳥と遊び転げてるように見えるだろうし」

だからビクトールは、肩を落とし続けるカナタを慰めるように、明るく言ったけれど。

「…………だから。僕にとっては、そこは問題じゃないんだよ。ベタベタの、それは正直やり過ぎなんじゃ? って思える程の、でも女性は涙するような恋愛物語を見せられても、セツナの思考がそこに行き着くっていうのを嘆いてるんだよ。……いいよ? 構わないよ? セツナが何処までも、ひたすら純真に生きようと、僕はそれでも構わないけど、世の中何事も限度問題だって、ビクトールも思うだろう? ここまで来るともう、あの子のそういう方面の『天然っぷり』は、犯罪の域だよ。他人の色事の話聞き齧ったり、今回のような芝居観たり、恋愛小説読んだりする度に、『マクドールさん、これって何ですか?』って尋ねられる僕の心情、想像出来る? 何を教えてみたって、理解出来ない処か、そもそも理解する様子も見せないあの子を前に、どう説明しろと? 挙げ句、『マクドールさんにも縋り付いて良いですか?』って言って来るし…………」

キッ、と目付きをきつくしてカナタは、ビクトールに噛み付き。

「何処からどう、何を教えたら良いのか、もう、見当も付かない…………。多少はそういうことに関する知識だって、なければ困ると思うんだけど、手強いよ…………」

三度目の溜息を零して。

彼は、呑み掛けだった酒を、一息に煽った。

────その夜。

あんまりシュウさん苛めても可哀想だからと、正軍師殿の気が済むまでお小言に付き合った所為で、暫くの間、げんなりした表情を湛えていたセツナが、何時も通りの何処となく『頼りなげ』な笑みを浮かべるまでに戻った、夜半近く。

そろそろ寝ようかな、と彼は、自室のベッドの前で、着替えを取り上げながら、ふと。

「マクドールさん、今度は何時、グレッグミンスターに戻ります?」

唐突に思い出したかのように、そんなことを口にしながら、セツナは振り返った。

「ん? 当分は戻らなくても大丈夫だけど。……どうして? 何か、予定でもあるの?」

だから、セツナが眠るなら、と寛いでいた椅子から立ち上がり掛けていたカナタは、見遣って来た薄茶色の瞳へ、小首を傾げてみせた。

「ああ、そうじゃなくってですね。今度マクドールさんが向こうに帰った時には、又お迎え行って、昨日みたいにお芝居観てみたいなーって思って。来月になったら、お芝居の筋書き、別のになるんですよね?」

「……気に入ったの? お芝居」

「ええ! ああいうの観るの、初めてだったんです。だから凄く面白くて。もう一回、観てみたいです」

「ふうん……。君がそう言うなら、行っても良いけど。今度はもう少し、セツナ好みの筋書きのお芝居の時にしようね。昨日のは、その……どちらかって言えば、セツナには『退屈』だったろう?」

どうして急に、今度グレッグミンスターへ、などとセツナが言い出したのかと、その意図を聞き出してみれば、再び芝居見物がしたいから、との科白が返されて来たので、ああ、そういうこと、と思いつつもカナタは、曖昧に笑みながら、演目は選ぼう、と言い添えた。

「え、そんなことないですよ。昨日のお芝居も、結構面白かったですよ? もう一回ああいうのでも、僕は良いです。一言で言えば、仲良く出来る時に仲良くしとこうね、ってお話ですよね? あれ。凄く解り易いじゃないですか」

が、セツナは、どうしてそんなことを言われるのかと、目を丸くして。

「………………そう言えないこともないかな、とは思う、けど……」

彼流の『解釈』の仕方に、カナタはクラリと眩暈を覚えた。

「昔、じーちゃんが言ってましたよ。お話はどうしたってお話で、本当のことじゃないけど、大抵、そこには教訓があるから、そういうことはちゃんと学べ、って。……あのお話もそうなんですよね? 人の未来なんてどう転ぶか解らないから、出来ることは出来る時にしておきなさいって、そういうお話ですよね? 僕、そう思いましたよ? ああー、そういうことかー、って、凄く良く納得出来ましたもん。だから出来る内に、僕も皆と仲良くしとかなくちゃって思って、手始めに、フェザーと何時もよりも仲良くしてみたんです。あ、勿論、マクドールさんとだって、何時もよりも仲良くするつもりですっ! 他の皆ともっ!」

………………しかし。

薄く湛えた笑みの向こう側でカナタが眩暈を起こしているなどと、想像だにせず。

楽しそうに、且つ元気に、はきはきとセツナは言って。

「今夜も一杯、お話ししましょうねー、マクドールさーんっ」

べっ……たりと、彼は、カナタの首筋に縋り付いた。

「……うん、そうだね…………」

張り付いて来たセツナを支えながら告げられたカナタの声音が、何処となく疲れているような調子だったことにも気付かず。

……だから。

この、些細な出来事より数週間が経って、再び、『マクドール家の懐事情』の為にカナタがグレッグミンスターに戻って、数日後、常の如く、セツナがカナタを迎えに行った時。

『運悪く』、チャップマンの芝居小屋にて掛かっていた演目が、筋こそ違え、前回と似たり寄ったりの恋愛物語だった所為で。

もう一度、芝居見物をしてみたい、とのセツナの『おねだり』は、カナタの知恵がでっち上げた非の打ち所のない言い訳によって、見事に阻止された。

End

後書きに代えて

馬鹿で御免なさい。

ここまで来ると、一寸救いようないかも知れない、セツナの『純真』っぷり。

当人、わざとやってる、って辺りが、一層救いようがない。

……出来れば、カナタに同情してやって下さい。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。