カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『とある日の出来事』
──真夜中のお散歩──

もうそろそろ真夜中が近いと云うのに、寝間着に着替えもせず、何時も通りの衣装を纏ったまま、元気な風情で『支度』を整え、箪笥の影をごそごそ探り、同盟軍盟主の少年、セツナが、すちゃっ! と、何やらを取り出したのを見て。

「……おや。今日はそんな気分なの?」

トラン建国の英雄殿、カナタ・マクドールは、トン、と飲み掛けの茶碗を卓の上に置いた。

「はい。今日はそーゆー気分です」

故に、んーーーー! と、丈夫な縄梯子を隠し場所から引っぱり出して、開け放った自室の窓辺に掛けたセツナは、カナタを振り返りながらにこっと笑って。

「今日は、深夜のお散歩気分ですっ」

いそいそ、真夜中の散策に出掛けることを宣言した。

「ま、いいけど?」

セツナが縄梯子を引き摺り出したのを悟った途端、何も言われずとも誘われずとも、自分もそれに付き合うつもりになっていたカナタは、ひょいっと、何時も通り、棍を片手に腰掛けていた椅子より立ち上がり、窓辺のセツナの傍らに立ち。

「じゃ、行きましょうか、マクドールさん」

セツナもセツナで、深夜のお散歩にカナタが付き合ってくれるのは当たり前のことと受け取っているのか、何の躊躇いも見せず、外に垂らした縄梯子を伝って、するすると瞬く間に、同盟軍の本拠地は四階の、テラスと言うか、見晴らし台と言うかに建つ、銅像の傍らに降りた。

「今夜は、何処までお散歩?」

ひょいひょいと身軽な様で、居城の最上階にある自室より抜け出したセツナの後を追い、足音も立てず四階部へとやって来たカナタは、ここからどうする? とセツナに問う。

「そうですねえ……。今日は別に、何処まで、って決めてないんですけど。何か、楽しい物でも見られればいいかなあ、って、そう思って」

すればセツナは、別段目的がある訳ではないと、軽く小首を傾げて、面白い物でも見られればめっけ物、とカナタに先んじ、まるで軽業師のように、兵舎の屋根の上を歩き出した。

「気を付けてね」

「はーーい。でも、平気ですよ。今日は、お月様明るいですから」

「……この間、足滑らせて、下まで落ちそうになったのは何処の誰だっけ?」

「…………僕です。ちゃんと、覚えてますよ。三階の屋根まで転げ落ちたトコでマクドールさんに『拾って』貰ったのも、そのまんま屋根の上でお小言喰らったのも、その後そこで、シュウさんとルカさんの『痴話喧嘩』見学出来たのも」

危なっかしい足取りではないが。

四階の屋根から地上へと転落しそうになった前科のあるセツナを、彼に負けず劣らずの軽い足取りで続くカナタが嗜めれば、セツナは、月光に照らされる屋根の上で立ち止まり、振り返り。

ぺろっと、舌を出してみせた。

「反省、してないね?」

だからカナタは溜息を付いて。

「してますよぅ。……知ってます? マクドールさん。今のトコ、僕がこの世で一番恐いって思うものって、マクドールさんのお説教なんですよ? シュウさんに喰らうお説教よりも、マクドールさんに喰らうお説教の方が、何倍も恐いんですから。一応、反省はしてますってば」

セツナは、にこお、と笑いながら告げた。

「僕のお説教は、そんなに恐い?」

「恐いですよぅ。何よりも恐いです。……あ、でも」

「……でも?」

「マクドールさんに怒られると、恐いって言うよりは、悲しくなります。……心配掛けて御免なさい、怒らせて御免なさい、って」

「そう思うなら、僕にお説教喰らうようなこと、しなければいいのに」

「そーなんですけどね。そこはほら、僕も未だ、『遊び盛り』な年頃ですからー。大目に見て下さいー」

そうして、彼等は。

きゃらきゃらと笑いながら、この城の眠りを守る兵士達の目も届かない、屋根を伝う散歩を続けて。

兵舎の棟をぐるっと廻り、眼下にデュナン湖を臨むこと敵う、その棟の裏手の一等隅に辿り着いた。

────彼等が辿り着いたそこには、もう何十年、否、ひょっとしたら何百年と、この地に佇み続けているのだろう、一本の大木がある。

真夜中、人々の目を掠めて散策をする時、その木を伝って地上へと降りるのが彼等の常だ。

まるで猿か何かのように、するするとそこを伝う途中に垣間見られる、こんな時間でも明かりの灯る窓辺の幾つかを、ひょいひょいと覗きながら。

あ、又、ギルバートさんお手紙書いてる、とか。

あ、ハンフリーさんが、フッチの毛布掛け直してる、とか。

そんな風に仲間達の様子を窺いながら、『習慣』通り、二人は太いその木の枝や幹を伝って暗い大地へと降りた。

「さてと。今日は風が気持ちいいですから、湖の畔、歩いてみません?」

「そうだね、そうしてみようか。月光弾く湖面を眺めながら深夜の散策って言うのは、オツなものだし」

飛び下りた大地で、ほんの少しだけ悩みながら、セツナが目的を定めれば。

カナタは是非もなくそれに乗り。

その日一日に起こった出来事を振り返りながら彼等は、城の裏手より、湖の畔へと降りて、そのまま、水辺を辿り始めた。