「………………あれ? 誰かいますよ、こんな時間なのに」
湖面を渡る風が立てる、小さなさざ波の音に耳を貸しながら。
月光浴と洒落込み始めた二人が、歩き続けて暫し。
現れた岩場の向こう側に、人影らしい物を見付けて、セツナが立ち止まった。
「シーナだと思うよ、多分」
セツナが人影に気付いたと云うことは、当然、カナタもそれに気付いていると云うことで、月光だけが頼りの視界の中、人影の主を定めること叶ったらしいカナタは、さらっと、心当たりをセツナに告げた。
「シーナですか? ……あ、ホントだ。こんな時間に何やってるんだろ、シーナ。…………って……え? 女の人……?」
あの人影は仲間の一人、とカナタに告げられ、セツナは目を凝らし、カナタの心当たりに間違いがないことを確かめた序でに、もう一人、誰かがいることに彼は気付き。
「あー……。成程」
セツナが見付けた女性の存在を知ったカナタは、マズい場面に出会しちゃったかなと、僅か眉を顰めた。
「マズい場面って、何ですか?」
「んー。俗に言う、逢引現場、って奴。……多分ね」
「……あ、それは確かに『成程』で、『マズい場面』ですねー。…………邪魔しちゃ、悪いですよね、シーナに。……あれ、でも……。この間シーナと一緒にいた人とあの人、別人のよーな気が…………」
何が『成程』で、何が『マズい』のか、非常に端的な台詞でカナタに教えられたセツナは、お邪魔虫になるのは悪いから、お散歩コース変えましょうか、と言いつつも。
窺うこと敵ったシーナの『逢引相手』の顔立ちをしっかりと観察し、又、相手が違う……と、引き返し掛けていた足先を止めた。
「…………シーナだから。──懲りないよねえ、シーナも。この間、二股掛けてたのがばれて、偉い修羅場に巻き込まれたって噂聴いたんだけどな。……修羅場に巻き込まれたのはシーナの自業自得なんだけれど……これっぽっちも反省の色が見えないって云うのは、いっそ見事だ」
セツナが、足を止めてしまった所為で、来た道を引き返そうとしていたカナタの足も止まり。
「修羅場……? 恋愛の揉め事って、そんなに凄まじいんですか?」
「……いいの。セツナはそんなこと知らなくって」
「そですか? ……まあ、訳の判らない修羅場なんて、僕は知りたくもありませんけど……。──マクドールさん、結局、シーナの……えーと……ホ、ホンメイさん? って、誰なんでしょうねー。シーナ、アップルさんのこと、好きなんじゃないのかなあ……」
「どうだろうねえ……。多分、アップルのことは好きなんだろうけど。『捕まりたく』ないのかも知れないし。往生際悪く、『諦め付かない』のかも知れないし。移り気なだけなのかも知れないしね。──アップルが覚悟を決めてしまえば、話は早いんだろうけど。思うように行かないのが、男と女の仲だし。……まあ、何にせよ、人の恋路にはね、口を出さないのが一番だ。馬に蹴られてしまうから」
「………………? 捕まりたくない……? 諦め付かない? …………僕には、良く判りませんー……」
「判らなくていいの。セツナはそんなこと、知らなくていいんだよ」
「そうですかぁ? でも僕だって、ちょびっとくらい、そーゆー世界の話、知りたいですよ?」
「……人を好きになる気持ちは、セツナだって判るだろう? 人を好きになったら、どう云う風にしたいのかってことも、判るだろう? ……だったら、それで充分だよ。『そーゆー世界』のことはね」
──立ち去ることを忘れてしまった二人は。
ほんの少しだけ、自分達からは離れた場所で、シーナと、シーナが御執心中らしい女性との逢引が繰り広げられている現場を横目で見遣りながら、ああでもないの、こうでもないの、『適当』なことを言い合い、いい加減、本当に立ち去ろうと頷き合ったが。
「…………マクドールさん?」
カナタと話をしながらも、ちらちらと、シーナの逢引現場を気にしていたセツナが、見てしまった光景に、至極怪訝そうな顔をして、再び、去る為に動かそうとしていた足を止めてしまった。
「どうしたの?」
故に、一応は、ぴたりと動きを止めてしまったセツナを、ずるずると引き摺りながらもカナタは、ん? とセツナへ問い掛け。
「あの…………。変なこと、訊いてもいいですか?」
湖畔を覆う砂地に跡を残しながら、カナタに引き摺られるに任せつつもセツナは、崩せない怪訝の顔を、カナタへ向けた。
「……いいけど……?」
「シーナ………って……」
「うん」
「別に……あれですよね? シエラ様に噛み付かれたー、とか、血、大量に吸われちゃったー、とか、そんな経験、してないですよね……? シエラ様の『仲間』になってはいないですよね? シーナ」
「………………多分。うん、多分……シーナは吸血鬼の同族にはなってないと思うけど……。何で又、そんなこと思ったの? 君は」
ずべりずべり、セツナを引き摺りながら、漸く、シーナ達の姿が窺えなくなる所まで辿り着き。
そこへ向かう数分の間に、ぽつりぽつり、セツナが訊いて来たことへ、今度はカナタが、至極怪訝そうな表情を浮かべた。
「だって……シーナさっき……一緒にいた女の人の首筋に、顔近付けてたから……。何してるのかな……って。まさか、シエラ様みたいに、血でも吸う訳じゃないよね? ……って…………」
すればセツナは。
カナタに引き摺って来られた別の岩場の影に、ちんまりと、身を潜めるように収まって、困惑を露にした上目遣いで、カナタを見上げた。