カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『痕』
─「とある日の出来事 真夜中のお散歩」 その後─
月光は、余りにも明るく。
天蓋で覆われた、ベッド脇の窓辺に立って、細くカーテンを持ち上げれば、真夜中の散策に疲れたのか、部屋に帰って程なく、睡魔に襲われてしまったセツナの寝顔が、それはそれははっきりと、照らし出されるから。
青白い光の中に浮かび上がる、幼さだけが目立って止まない、セツナの穏やかな横顔を、夜着姿のカナタは、じっと見詰めた。
深い眠りの中に今はいる、セツナの面を眺めるカナタの頬に過る色は。
何処となく、幸せそうでもあり。
何処となく、寂しそうでもある。
…………と言った、如何とも例え難い色で。
彼の頬に、今浮かぶそれを、一言で例えるとするなら……、そう、『複雑』と云う表現が、誠に相応しく。
己が、そんな色を浮かべていると云う自覚を、確かに彼は持っているのに。
唯、月光だけが、今は唯一の彩りである室内にて、眠るセツナの傍らに立ち、カナタは何時までも、そんな表情を消さずにいた。
「…………何処まで、『本気』なんだか……。僕にも時々、君が判らなくなるよ。……何処までが、『演技』なんだろうね。…………ねえ? セツナ……」
──『複雑』、としか言えぬ面差しを見せつつ。
『溺愛』して止まない少年の枕辺に立ち尽くす彼は、不意に、そんなことを呟いた。
…………今、カナタの脳裏には。
真夜中の散策から部屋へと戻った後、毎朝、身支度を整える為に使っている姿見を覗き込みながら、『お勉強』と称してカナタが付けた、『接吻の痕』をまざまざと眺め、ああでもないの、こうでもないの、『無垢』で『無邪気』なはしゃぎを見せていたセツナの姿が、蘇っている。
セツナが良く言う、『大人』である者なら、恐らくは誰しも、一目でその意味を見抜く痕を見ながら。
本来ならば、無垢な風に、無邪気な風に、はしゃいでみせる類いの物ではない痕を見ながら。
『こーゆーのって、僕には良く判りません』……なんて。
あっけらかんと、『幼く、頼り無く』笑った、セツナの姿が。
「……ねえ、セツナ。何処までが本当なのかな、あの台詞。決して嘘には聞こえないけど……でも、僕には『嘘』に、聞こえるよ」
だから、カナタは。
ぽつりと一人、呟き。
セツナの枕辺に、キシリと軽い音を立てさせながら腰掛け。
眠り続けるセツナの夜着の襟元を寛げ、真実、子供のそれにしか見えぬ肌の上へと自らが残した、痕を見詰めた。
女人の唇を彩る、鮮やかな紅色を、薄く刷いて乗せたような、小さな痕を。
────そうして、随分と長い間。
彼は、『痕』を眺めていた。
眺め続けた後
するりと伸ばした指先を這い登らせるように、痕を撫でた。
指先は幾度か、その辺りを彷徨い。
冷ややかだった彼の指先に、セツナの肌の温もりが移り。
やがて、彼は。
白い布地の上に片腕を付き、先程、そこに腰掛けた時に立てた軽い軋みよりも、もう少しだけ大きな軋みを、ベッドに上げさせ。
その身を、屈め。
今尚残る『痕』と、寸分違わぬ場所に、もう一度、唇を寄せて。
………………又、カナタは。
セツナの、『子供』そのものの肌の上へ、鮮やかで、艶やかな、『痕』を残した。
「……セツナ。……ねえ、セツナ。僕はね、君をね…………────」
言い訳を振り翳し、付けてみせた痕よりも、尚、色濃い痕を、肌に乗せ終え。
身を起こしたカナタは、何一つ知らず眠り続けるセツナの、薄茶色の髪を梳き。
静かに、独り言を告げる。
「………………まあ、いいか。君は確かに、『幼い』のだし。確かに何も、『知らない』のだろうし。……それに。明日になれば、全てが判るんだろうしね。君が何処まで、嘘を吐いているのか。君が何処まで、演じているのか。……明日になれば、きっと判る。────ねえ、セツナ。明日、もしもこの『痕』を、誰かに見られたら。君は、何て言い訳するの? それが僕は、愉しみだよ」
……静かに、静かに。
セツナを起こさぬ程の、細やかなトーンで。
細い、薄茶色の髪を梳きながら。
カナタは、独り言を告げ切って。
月光を射し込ませる為に、僅か持ち上げた窓辺の布地も戻さず。
彼はそのまま、するり、と。
眠るセツナの傍らに、潜り込み、寄り添い。
密やかに瞼を閉じることで、今は、この部屋を満たす唯一の彩りの、青白い月の光を断ち切った。
End
後書きに代えて
『真夜中のお散歩』の、その後。
その後と申しますか、おまけと申しますか。
カナタは相変わらずな奴です、って話、と申しましょうか。
カナタ、これでいて、変なトコ堪え性ないんで。
────それにしても、あれですねー、どーしてこのお子は、夜、一人になると、あーだこーだと、蠢くんでしょうねー。歴史を、夜動かしたいタイプなんですかねー、カナタ(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。