大仰に嘆いている風に、天を仰いでしまったカナタの様子を、少しばかりおどおどと窺いながら。
「…………だって……。今、見えたんですよ? ……今夜は明るいから……シーナと一緒だったあの女の人の首、ぽちって、虫に刺されたみたいに赤くなってたの、見えたんですよ? だからやっぱり、シーナ…………」
もごもごとセツナは、問い掛けが最初のそれに戻ってしまった訳を告げた。
「ああ、『痕』か……。──あれはね、別に、噛み付いた痕でも、吸血鬼の牙の痕でもなくって、シーナが彼女の首筋に、キスした痕。『接吻の痕』だよ。誰かが誰かの肌の上に唇を寄せると、ああなるの」
セツナが語る話を聴き終え、成程、だから質問が元に戻ったのか……と、納得を示したカナタは、理由を説明した。
「キスの痕…………」
────と。
セツナは、カナタの言葉を反復した後。
何を思ったのか徐に、己の腕に、己の唇を押し付け。
「…………付きませんよ? 痕なんて。どーして、キスしただけで、あんな痕が付くんですか?」
彼的には、非常に、何処までも、素朴な疑問を、口にしてみせた。
「セツナ……」
……だから。
カナタはセツナの『実験』と素朴な疑問に、一瞬、本当に一瞬だけ、この、良くも悪くも『可愛らしい』子犬を、どうしてくれようか、と思い詰めさえしたけれど。
ふと、『楽しい悪戯』を思い付いたのか、瞬く間に、嘆き全開だった表情を塗り替え、『綺麗』且つ、『清々しく』笑んでみせると。
「………………教えて欲しい? 付け方。知りたい? どうしたら、キスしただけで、あんな痕が付くのか」
するりと、一歩前へと進み出て、彼は、セツナを抱き込み。
耳許で、低く囁いた。
「……知りたいか、と言われても…………。多分、どんなことだって、知っておいて損なことってないんでしょうけど……。マクドールさん、何か企んでません?」
身を置いた岩場の影で大人しくカナタに抱き込まれながらも、セツナは戸惑った。
「ん? 何も企んでなんかないよ? どうして、そんなこと言うの? 僕はね、セツナが知りたいだろうことを、教えてあげようかなって思ってるだけだよ? 序でに、シーナが吸血鬼? って君の疑いも、解いてあげたいだけ」
が、カナタは、セツナの戸惑いなど、綺麗さっぱり無視した挙げ句、『大義名分』を振り翳した。
「えっと……。えーと、じゃあ、教えて下さいっ! 僕もちみっと、知りたいですっ」
なので。
マクドールさんがそう言うなら……と、戸惑いを消してセツナは、にこっと微笑み。
「そう? じゃあ、セツナ、目、瞑って?」
「へっ? 目、瞑るんですか? ──はーーい」
「驚かないでね」
好奇心に満たされた笑みを浮かべたセツナの瞼閉ざさせたカナタは、ちゃかちゃかと、この上もなく手際良く、セツナの首筋を隠す、黄色いスカーフを取り去って。
「……驚く? ………え?」
「大丈夫、大丈夫。こういうものなんだよ、って、『知る』だけだから」
正直に、眼
「…………あの……。何処となく、痛いんですけど……。何か、こそばゆいんですけど…………」
カナタの面が近付くと同時に、ほんの少しだけ首筋に痛みのような物が走って、セツナは顔を顰め、訴える。
だがその訴えは、やはりあっさりとカナタに無視され、剰え、抱き込む腕の力を強くされ。
「……ん。付いた」
やがて、ふいっと顔を上げ、満足そうな色を見せたカナタとは裏腹に、セツナは『御不満』そうな顔になった。
「…………自分じゃ見えないですぅ」
「あ、そうか。でも平気だよ? 後で鏡見れば判る。…………御馳走様」
むうっと、頬を膨らませたセツナの顔を笑いながら、カナタはペロリ、舌を出してみせた。
「御馳走様? 僕、御飯じゃないですよ? シエラ様みたいなこと言っちゃって、マクドールさんってば…………。──ああ、それよりも。マクドールさん……。シーナとか……『こーゆーこと』して、楽しいんですかね? 面白いのかなー…………」
そんなカナタを、セツナは異世界の住人でも眺めるような目付きで見遣ってから、腕を組んで悩み出し。
「んー……。面白い時もあるし、面白くない時も、あるんじゃないかな。……まあ、『こーゆーこと』を、楽しく思うか面白く思うか、それは、君次第。君と、君の『お相手』次第。だから今は、悩むことなんかないよ。──気にしなくてもいいよ。その内、判る時も来るだろうし、今夜の『それ』は、『お勉強』目的だしね」
君が、気にすることなんてない、とカナタは、セツナを『誑かし』。
「ま、それもそーですよねー。何時か、判ればいいですよねー。僕別に、『こーゆーこと』、今はそんなに興味ないですしー。ちょこっと痛くって、ちょこっとこそばゆいだけのことの何が面白いのか、僕には未だわかんないですからー」
呆気無くセツナは、カナタの『誑かし』に乗って。
「それにしても、大人って不思議な生き物ですねぇぇ……」
最後に一言、盛大に、純朴とも言える台詞を吐いて、
「マクドールさん、そろそろ帰りましょうっ!」
と彼は、長年の疑問が晴れたような顔付きになって、元気に歩き出した。
「……何時か、その『面白味』が、君にも判る時が来るといいんだけどね……」
とことこ、月光に照らされる砂地を、両手を振りながら歩くセツナの後ろに付き従い、カナタはぼそっと囁く。
「え? 何ですか? マクドールさん。面白味が判るって? …………そー言えばマクドールさんは、『そーゆーこと』の面白さ、もう判る『大人』なんですか? どーして、キスの痕の付け方、知ってたんですか? でも、どーせ痕付けるんなら、噛み付いた方が手っ取り早くありません? 痛いですけど。……あれ? キスの痕って、消えますよね? ずーっと、残ってる訳じゃないですよね? それとも、こーゆーのって、ずーっと残るから、シーナ、色恋の揉め事で、修羅場とかに巻き込まれるんですか?」
カナタの、そんな囁きを耳朶で拾ってセツナは。
己が部屋へ戻るまで、延々、素朴な疑問に満ち満ちた、質問攻撃を繰り返した。
明日になったら、『一つ賢くなりましたっ!』って、自慢して歩こうかなー、などと言った、うきうきとしたトーンの独り言も織り交ぜつつ。
さて。
翌日の、彼等二人の運命や、如何に。
End
後書きに代えて
この間っから、書いてみたくて書いてみたくて、仕方なかったんですね。
「どーして、キスしただけで、痕って付くんですか?」
「……教えてあげようか?」
──って、二人のやり取り(笑)。
よーやく書けた、ああ、良かった(笑)。
………………あ、そうそう。これをお伝えしなければなりません。
────このお話には、続きがあります。『おまけ』って奴です。
この話とは余りにも雰囲気が違うので切り離してありますが、『おまけ』をクリックすると飛べます。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。