「……何だよ、真剣な顔して」

酒への興味さえ忘れて、真顔になり、視線を合わせて来た相方へ、ビクトールは僅か、身を引くようにしてみせたが。

「バナーでカナタと再会した翌日、ナナミ相手にルックが言ってたろう? トランで軍主やってた頃のカナタは、他人の悩みや懺悔に耳を傾ける、司祭のような雰囲気の奴だった、って」

ビクトールが、『その話』から逃げたそうにしているのに気付かず、フリックは、話を続けた。

「ああ……。そう言えば、ルックの奴、そんなこと言ってたな。……で?」

「……俺も、そう思うんだ。今、あの頃を振り返っても、そう思う。解放軍の軍主だった頃のカナタは、確かにそんな風な奴だった、って。……でも、な。さっき、セツナの世話焼いてるあいつ見てて、何となく思ったんだ。三年前に終わった戦争の中で、こいつは、司祭様みたいな雰囲気纏って、『俺達には手の届かない、けれど俺達の目の前』、にいた筈なのに。セツナにああしてるあいつは、まるで、『殉教者』みたいだ……、って」

「殉教者……?」

「あ、その。別にそれが、良いとか悪いとか、そんなんじゃなくって。只単純に、そんな雰囲気に似てるな、と。そう思ったってだけの話なんだがな。……カナタはセツナに、何を捧げたいんだろうな……ってさ。何となく、そんなこと思わされてさ。──俺には、信心のことなんて、よくは判らないが。殉教者ってのは、信仰の為に、自分の中の何も彼も、捧げる連中のこと言うんだよな?」

「……だから? だったら、どうだってんだ?」

「…………うん。だから。だとするなら何となく、不憫かな……とな。……別に、根拠も何もない、『感想』って奴なんだが……、ふ……っと。不憫だな、と思ったんだ。カナタも、セツナも。俺には多分、一生理解出来ない、あの二人だけが立ち入れる世界ってのは、不憫だなあ、と。…………なあ、ビクトール。……どうして、カナタは『ああ』なんだろう。どうして俺は、あのカナタ見てて、こんな馬鹿なこと思ったんだろう。どう思う?」

ぽつり、ぽつり。

本当に、只何の気もない風に、思う処を、ビクトールへと語って。

フリックは、遠ざけていたエールのジョッキへ、再び手を伸ばした。

「…………あのな、フリック」

──俺は、どうしてこんなことを考えたんだろうなあ、不思議だな、と。

言いたいことを言い置いて、何処となく、すっきりしたような顔付きになり、酒へと戻ったフリックへ。

ビクトールはしみじみ、複雑そうな視線を送った。

「何だよ」

「時々、俺はお前を、尊敬するよ。……ああ。凄ぇよ、お前……。カナタの奴捕まえて、殉教者とは、良く言った」

そうして彼は、如何とも言葉にし難い想いの代わりに、溜息を付いて。

自分達がこうして、『ヨタ話』をしている今も尚、相変わらずの調子でセツナの世話を焼いているだろうカナタへと、思い馳せてみた。

────それが、如何なる意味合いで、なのか、それは判らない。

肉親に注ぐような情愛なのか、朋へと注ぐ友愛なのか、『同類』へ注ぐ『憐れみ』なのか、それとも。

最愛の者へと注ぐ、『愛』なのか。

それは、計りかねるけれど。

カナタはセツナを『愛している』、それは、確かだ。

けれど、セツナを『愛している』から、フリックの目には『殉教者』と映る程の様をカナタが見せるのか。

それとも、セツナへ注ぐ『愛情』故ではなくて、もしも…………もしも。

「…………飲むか、フリック」

──思い馳せ。

そこまでを、つらつらと考え。

が、その先を思うことを、ビクトールは止めた。

そして、思考を止めて、パッと表情を塗り替え、掴みっ放しだったジョッキを煽り、一息にエールを飲み干して。

飲もう、と彼は、相方を誘った。

「……はあ? 飲んでるだろう? さっきから」

「そりゃまあ、そうなんだが」

「惚けたのか? お前。惚けるには早いだろうに。冗談じゃないぞ、俺は、何時飯を食ったかも忘れるようなお前の相手なんぞ、御免被るからな」

「……何馬鹿言ってやがる。年中惚けてるのはお前の方だろうが。お前の面倒見てやってるのも、俺の方だろうっ?」

酒で、全ての憂さを流そうと、ビクトールが相方を見遣れば。

見遣られたフリックは、何をこいつは、と、半眼になり。

売り言葉に誘われるまま、ビクトールは声のトーンを高くした。

────ああ、そうだ。

ああやって、倒れたセツナに想いを注ぐ余り、俺達には感じられたくないだろう『何か』を、隙間から窺わせてしまう程度には、カナタだって未だ、『この領域』にいる筈だから。

だったら未だ、きっと大丈夫、と。

心の中で、自らに言い聞かせつつ。

「……お前なあ。お前が嫌がる事務処理の後始末、懇切丁寧にしてやってるのは、何処の誰だと思ってるんだ?」

「…………う。……ま、まあ、良いじゃねえか。兎に角今夜は、飲もうって。な?」

「そうか。そんなに飲みたいか、ビクトール。……そうか、そうか。今夜はお前が奢ってくれると。……いやー、悪いなー」

だからそうして、少しばかりの不安を飲み下すように、幾度も幾度も、内心でのみ己へと言い聞かせ、裏腹に、声の調子だけを威勢良くしたら、今の気分を運んで来た、そもそもの発端であるフリックが、意地の悪いことを言い出したので。

「俺が何時、奢るって言ったっ! 俺はこれ以上、レオナに借金拵えたくねえぞっっ!」

ビクトールは、想いの全てを放り出し、相方の説得に取り組み出した。

End

後書きに代えて

今回は、腐れ縁の話のような気がしてならない、とある日の出来事シリーズ@第ン弾目。

別名、フリックさん、野生の勘を発揮する、の巻。

──まあこれも、とある日の本拠地の風景ということで、一つ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。