カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──鉄火場──
うーーん……と。
深く腕を組んで唸りつつ、開いた書物の頁を睨み付けながら。
「僕が今まで勝ててたのは、単に、ツイてただけのかなあ……。どう思います? マクドールさん」
徐に、セツナは。
同盟軍盟主、という立場を背負った彼が、トラン建国の英雄であるカナタ・マクドールに、とても重要な某かを相談するかの『重さ』を持った、声音を放った。
だが、セツナが今開いている書物は、古今東西の戦に関する出来事が綴られた歴史書でも、兵法書でもなく。
小さな子供にも理解出来るように認められた、算術──それも、確率、という事象を説明している書物で。
「……そんなに、こてんぱんにやられたの?」
先程、セツナが手ずから淹れてくれた緑茶を啜りながら、のほほんと、セツナと向かい合わせの席に座っていたカナタは、尋ねた。
「……ええ、まあ……。──一回も、勝てなかった、って訳じゃないんですよ。結構、あ、良い勝負かもっ! って処までは行けたんですけど。結局気が付いたら、大負けに負けちゃってて」
「…………ふうん、成程、ねえ……」
カナタが、セツナの顔と、彼が睨み付けている書物を見比べながら、『その時』のことを問えば、渋い顔を崩さず、セツナは答え。
あー、そういうこと、と、何故か訳知り顔に、カナタはなった。
数日前のことだ。
レイクウェストの村へ、近隣偵察、と、お目付役の軍師達には称して、カナタと二人、出掛けた時に。
セツナは、シロウ、と名乗った、博打打ちを生業にしているらしい、目付きのあまり宜しくない男と知り合いになった。
……その時シロウは、レイクウェストの宿屋の片隅を借り、賭場を開いていた。
以前、ミューズがハイランドの手に陥ちた時、逃げ延び辿り着いたコロネの街で、対岸の街・クスクスへと渡る為の、船を出して貰おうとした際知り合った、タイ・ホーとヤム・クーの漁師二人組に吹っ掛けられた、チンチロリン勝負に見事に勝ちを納めて以来、セツナは、チンチロリンとは簡単に勝てて、それでいて面白い勝負事、と認識しており。
同盟軍の盟主となった後、仲間になって下さいっ! と、先出の漁師二人組に頼み込みに行った時、吹っ掛けられたチンチロリン勝負をこなして後
ススススス……と近付いて、シロウの賭場を覗き、勝負してくれる? と、セツナは申し出た。
そんなセツナを一瞥し、ガキのくせに博打を打ちたがるなんて変わってやがる、一体何処のガキだ? と尋ねたが為、セツナの素性を知ったシロウが、だと言うなら、お前が俺との勝負に勝ったら、その、同盟軍の本拠地とやらで、賭場を開いてやってもいい、と言い出したので。
そんな条件付けて貰えるんなら、余計やる気になる、とセツナはシロウとの勝負に挑み、そして、あっさりと勝ち。
約束通り、シロウはセツナの仲間となって、『稼ぎ場』を、レイクウェストから同盟軍本拠地へと移して。
折角、シロウさんの賭場が出来たんだからーと、一昨々日の夜、セツナはいそいそと、兵舎一階の片隅に拵えられた、鉄火場へと顔を出して………………が。
タイ・ホーとの、最初の勝負の時も、二度目の勝負の時も、シロウとの勝負の時も、簡単、簡単……と言える程あっさり納めた勝利に、セツナは見放されて。
「何で勝てないのーーーっ!?」
と嘆いたら。
「博打ってなぁ、これでいて、算術ってのを学ばないと勝てねえんだよ。確率の本でも読んで来な」
と、シロウに揶揄され。
故に、今、彼は。
一昨々日は、故郷の街・グレッグミンスターにいたカナタへ、その夜の出来事を語りながら、渋面を崩さず、本を読んでいた。
だが、その部屋を訪れた時よりずっと、確率とやらの理論が書かれた書物と格闘していたセツナに、事情を聞かされたカナタは。
「セツナ。そんな本読んでも、多分無駄だよ」
きっぱり、セツナの努力を斬って捨てた。
「…………何でですか? そんなに難しいですか? チンチロリンに勝つ為の、『カクリツトウケイ』とかいうの覚えるのって」
あっさり、無駄、と一言宣われて、ムウ……とセツナは口を尖らせた。
「んー。そういう意味じゃなくってね。……確かに彼の言う通り、世に数多有る博打の殆どは、確率に左右されるんだけど……」
「でも、無駄なんですか?」
「無駄、って言うか、うーん………。──まあ、どうでもいいじゃない。一昨々日セツナが負けたのはきっと、博打なんかに興じちゃいけないっていう、お達しなんだよ」
「………………。でも、マクドールさんだって、マクドールさんの宿星だった、ガスパーさんっていう博打打ちの人と、散々チンチロリンやった、って言ってましたよね? 僕は、今夜こそ、一昨々日の雪辱を晴らしたいんですっっ! 必勝法があるなら教えて下さい、マクドールさんっ!」
「それは、まあ………………。……って、セツナ、未だ懲りてないの?」
「だって、負けっぱなしじゃ僕の男が廃りますっ!」
意固地になり始めたセツナを宥めるべく、ああでもないの、こうでもないの、カナタは言い募ったが。
引き下がるような素振りを、負けず嫌いな同盟軍盟主殿は見せなかったので。
「…………本当に、もう……。変な処、頑固なんだから……。──判った。それ程言うなら、後で付き合ってあげる。でも、セツナ。シロウの所行く前に、シュウの呼び出しに応えないといけないんじゃなかった?」
溜息付き付き、後程、シロウの賭場へ共に赴く約束を、カナタはセツナと交わし。
「あっ、そうでしたっ。行かないと、シュウさんに怒られちゃうっっ」
「じゃあ、その間に僕は一寸、用事足して来るから」
ワタワタと席を立ったセツナよりも一足先に、彼は、同盟軍本拠地最上階の、セツナの部屋を後にした。