「博打なんかに興じるのは、褒められた話じゃないんだけどね……」
──過去の己の所業を、潔過ぎる程棚の上へと持ち上げ。
『溺愛』中の少年が、チンチロリン勝負に嵌っていることへの苦みを見せつつ。
ぶつぶつ独り言を零しながら、カナタが向かった先は、後程共に、と、訪れることをセツナと約束した、シロウの賭場だった。
己にとって、それはそれは大切な、『溺愛』中のセツナが、『自分を構うことすら忘れ』、博打なぞに熱を上げることを、余り喜ばしいそれと、カナタは受け止めてやれない。
どうしたって、良い顔など、カナタには出来ない。
しかし。
自分が苦言を呈しても、博打をする、とセツナが言うなら、楽しませてはやりたい、とも思う、『溺愛馬鹿』な彼なので。
偵察を兼ねてカナタは、シロウの賭場を覗いた。
──暇を持て余しています、という顔をして、彼がそこを訪れてみれば。
未だ、夕餉の頃も訪れないと言うのに、賽の目は嘘を吐かねえ、が心情のタイ・ホーや、ビクトールやシーナが、畳敷きの賭場に、どっかり胡座を掻いており。
「勝てねえっ!」
……とか何とか、大声で喚いていた。
「楽しそうだね。……僕も混ぜてよ」
そんな一団に、にっこり微笑みながら、何気なしな風情を装い、カナタは膝を交える。
「お? 何だ、お前も勝負に来たのか?」
するり、勝負の席に並んだカナタを、同盟軍の腐れ縁傭兵コンビの片割れ、ビクトールが見下ろした。
「うん、一寸、やりたくなって」
「お前さんは勝負事、強えぇからなぁ……」
にこっと、ビクトールに笑い掛けたカナタへ、何かを思い出しながらしみじみ、タイ・ホーが言った。
「げ、冗談だろ? 只でさえシロウに勝てないのに、この上お前まで相手になんかしたくないよ、俺はっっ」
カナタの、過去の『戦歴』を重々承知している、トラン大統領子息のくせに、悪い遊びを殊の外好むシーナが、彼の姿を認めて、悲鳴を上げる。
「ええと……? 確か、マクドールさん、だったよな」
ぎゃあぎゃあと、かつてのトラン解放戦争経験者達が、カナタを見遣って喚く中、値踏みするような目付きで、シロウは彼を眺めた。
「ああ、覚えててくれたんだ。この間、僕と貴方は、殆ど喋らなかったからね。忘れられちゃってるかと思ってたけど」
そんな彼へ、己に向けられた視線と同等のそれをカナタは返し。
「一勝負、いいかな? どうせ気分良くなるなら、早い方がいいし」
『始まり』を、彼は催促した。
────故に。
何処か、挑戦的な態度を取ったカナタの一言が放たれた後。
即座に勝負は始まった。
この博打、サシで勝負を行わずとも構わないので、勝負前に振った賽子で、六の目を出したシロウが『親』となり、後の四人を『子』とし。
彼等は己の目の前に、思い思いの高さになるまで硬貨を積んで、賽を振り続けた。
だが、シロウから始まった『親』が、左回りに、カナタ、ビクトール、タイ・ホー、シーナ、そして再びシロウへ……と一巡する内に。
懐具合の寂しくなった者から順に、一人一人、脱落し。
気が付けば、何時しか勝負は、カナタとシロウの、サシで行われるそれへと変わっていた。
「評判通り、強いねえ、あんた」
──サシの勝負が始まる前、傭兵や、漁師や、大統領子息から巻き上げた硬貨を、手の中で鳴らしながら、ニヤリとシロウがカナタを見遣った。
「そちらこそ。僕は、それ程でもないよ?」
流された横目に、にこっとカナタは微笑んだ。
「……良く言うぜ。それ程でもないってんなら、巻き上げた金、返しやがれっ!」
太々しく笑う賭博師と、清々しい様相を保つ英雄殿の『やり合い』に、散々痛い目を見たのだろうビクトールが、嘴を突っ込んだが。
「うるさいよ、ビクトール」
カナタはそれを、一蹴し。
「もう少し、高い賭け率でやろうか。……でも、その前に」
憂さ晴らしに飲みに行こうだの、飯食いに行くだの、口々に言い出した、今も昔も戦友である三人の声を背中で聞きつつ。
更なる勝負を吹っ掛けるような口振りを見せながら、三々五々散って行った仲間達の気配が、完全に、賭場より消えるのを待ち。
「…………その前に、何だよ?」
はん? と、首を傾げたシロウの傍らへ膝擦り近寄って。
「…………………………………………」
彼の耳許で、カナタは何やら囁いた。
「…………という訳で。──じゃ、やろうか?」
「……おう」
某かを囁かれた後。
一瞬シロウは、眉間に深い、皺を刻んだけれど。
何処までも微笑んで、勝負の再開を告げるカナタに、複雑そうな表情を湛え、彼は頷き。
閑散とした賭場に、陶器と賽のぶつかる甲高い音は、暫し響き続けた。