博打で負けた憂さを晴らす為、レオナの酒場にしけこんだは良いが。
さて、どうやって今夜の飲み代を、相棒のフリックより借り受けようか、と、微々たる酒を楽しむ余裕すら失った己の懐具合を、ビクトールが嘆いていたら。
「奢ってあげようか?」
先程、賭場で別れたカナタが、何時の間にやら姿を見せて、にこにこと、しょぼくれた感の傭兵へと申し出た。
「何だ? 終わりにしたのか?」
「うん。勝たせて貰ったから」
傍目には綺麗に映る、が、ビクトールの目には不気味に映る、笑みを頬に張り付けやって来たカナタへ、ビクトールが不思議そうに尋ねれば。
こくん、と頷いて彼は、円卓に、ビクトールと隣り合わせて座った。
「で、機嫌が良いから、奢るってか?」
奢る、の申し出を、有り難いとは思いつつも。
博打に勝ちを納めたから、の理由で奢られるのは、惨敗喫した身として、癪に障らなくもない、と、半眼になって傭兵は、カナタを見た。
「勝って、気分が良いから、じゃないよ。理由は、別」
しかし英雄殿は、そうじゃない、と首を振った。
「…………じゃあ、何だよ」
「一寸、可哀想かなって思ったから」
「同情してくれた、ってか?」
「それとも、少し違う」
「……はあ?」
機嫌が良いからか、と尋ねれば、違う、と言われ。
ならば同情か? と尋ねれば、それも違う、と言われ。
ビクトールは益々、眼差しを細めた。
「実はね。シロウを仲間にしてからこっち、セツナがチンチロリンに熱上げちゃったみたいで。余り褒められた話じゃないから、嗜めたんだけどね。それでもやるって言うからさ。なら、セツナも楽しめるようにしてあげた方がいいかな、って思って」
すればカナタは、クスクスと笑い出し。
「……はあ」
「それでね、あそこに顔を出したんだよ。セツナの話から、大体の事情の察しが付いたからね。シロウと、話付けようかと」
「大体の事情の察し? ……それで付ける話って、何だ?」
「ん? 営業妨害をするつもりなんて、僕にはないけど。セツナや僕と勝負する時くらい、『まとも』にやって欲しいと思ったからね。皆が出て行った後、シロウに、『その賽子、割ってみてくれない?』って、囁いてみた。……そう言ったら彼、僕の言わんとする処を、良く理解してくれたみたいでねえ。御陰様でその後、ツイちゃって、ツイちゃって」
「……………は? 割って……?」
「うん。誰も気付かなかったみたいだけど、あの賽、細工がしてあるんだよ。シロウの望みの目が出易いようにね」
「ってことは、あの野郎、ずっとイカサマしてたってことか?」
笑いながらカナタが話すことを、黙って聞いていたビクトールは、やがて、憤ったように、がたりと椅子を鳴らして立ち上がった。
「何時もとは限らないと思うよ。少なくとも、レイクウェストでセツナと勝負しているのを見た時は、イカサマをしてる風ではなかったし。でも、一昨々日セツナと勝負した時は、やったみたいだね。勝てるかも知れない、勝てるかも知れないって相手に思わせて、勝負に引き摺り込むのは、典型的な博徒のやり口だし。今日も、やってたのは確かだよ。最初に賽子持った瞬間、重りが仕込まれてるのが混ざってるって、直ぐに判ったから」
が、カナタは、立ち上がったビクトールの服の裾を掴んで引き摺り、再び腰掛けさせた。
「それにね、ビクトール。イカサマって言うのは、気付かない方が間抜けなんだよ?」
「……………俺はな、お前みたいに、あーーーーんな小さい賽子、握っただけで重さの違いが判る程、遊んじゃいねぇんだよっっ」
だから、ぎゃんぎゃんと傭兵は、彼へと八つ当たりを始め。
「僕だって、遊びが過ぎてる訳じゃないよ。それに、重さの違う賽子混ぜただけじゃ、イカサマは出来ないし」
「……なら、どうやってやるんだよ」
「内緒。教えてあげない。言ったろう? それが彼のやり方だって言うなら、営業妨害する気、僕にはないって。でも、イカサマで飲み代に困る程負けたビクトールは、一寸可哀想だと思うから。奢ってあげるよ。イカサマ博打で巻き上げられた仇までは、取ってあげないけどね。ビクトールも、タイ・ホーもシーナも、少し懲りた方がいいよ?」
シロウに文句を言うのも、僕に八つ当たりするのも、所詮はお門違い、と。
ビクトールの呻きをさらりと流し、エール数杯分の飲み代に該当する硬貨を円卓の上に積み上げて、カナタは立ち上がった。
「…………厳しいこって……」
席を立ち、背を向けたカナタを、恨みがましげにビクトールは見上げた。
と、傭兵の眼差しに気付いたのだろう彼は、くるりと振り返り。
「当たり前だろう? その身を以て学ばなきゃ、身に付かないよ、懲らしめなんて。……あ、そうそう。セツナには、内緒にしといて、この話」
「どうして」
「イカサマ博打に騙された、なんて知ったら、セツナ、拗ねるだろうし、落ち込みもするだろうから。それに、この話が、あの正軍師の耳にでも入ったら、セツナにはお小言の雨が降るだろうし、シロウも叱責されるだろうからね。穏便に済む話は、穏便な内に済ませた方が良い」
……くれぐれも。
セツナの耳には入れぬように、と、深々釘を刺してから、カナタは酒場を出て行った。
「………………溺愛馬鹿……。猫っ可愛がりも、程々にしとけー……」
その場に、一人残されたビクトールは。
弱々しい声を、消えて行くカナタの背中へ、ぶつけた。
────間違いなくセツナは、そんな質をしてはいないけれど。
もしも、シロウの手癖の悪さを知って、セツナが落ち込んだり拗ねたりしてしまったら、それは非常に嘆かわしい事態だし。
世の中には、セツナにも、未だ手が届かぬだろうと思われる、『大人』の領域があって、その領域にセツナが達するのは、もう少し先でいいと思えるし。そもそも『大人の領域』は、己が手ずから、教えれば良いし。
今回の些細な話が、あの、何処か融通の利かない正軍師の耳に入って、大事になるのは御免だし、と。
様々思考を巡らせて、『溺愛』中の少年の与り知らぬ所にて、話を『片付けた』後。
約束通りカナタは、夕食後、セツナを連れて、シロウの賭場に行った。
少なくとも、自分やセツナを相手にする時は、イカサマをしないように、とのカナタの『忠告』を、シロウは良く覚えていたようで。
持って生まれた運の太さを、カナタとセツナの二人が、遺憾なく発揮したのかどうか、それは判らないが、その夜彼等は、チンチロリン勝負に馬鹿勝ちし。
それより、暫し。
あの二人を何とかしてくれ、とシロウに泣き付かれた正軍師殿より直々に、元と現・天魁星な二人は、賭場への出入り禁止令を喰らった。
End
後書きに代えて
幻水シリーズに登場するチンチロリンのルールは、かなりの勢いで、判り易いように砕かれた物である、というのは、ご存知の方はご存知でしょう。
……でもチンチロリンって、歴史浅いんだよね。十九世紀後半の中国大陸には存在してた、って程度なんだよね。
……まあ、いいか(笑)。
──本当に、サイコロの中にこっそり重りを仕込んで、という、その道では「○○○○(←自粛の伏せ字)」と呼ばれるイカサマサイコロは存在します。作り方知ってれば、誰でも作れます(重り仕込むだけが、イカサマサイコロじゃないけどね。実は結構、色々種類有るんだ、これが)。
でも、それを持っているだけでは、イカサマすることは出来なくて、そっから先を書くのは、良い子の為にはならないと思うので、秘密。
──ま、カナタは何処までも、『溺愛馬鹿』だって話です、これも(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。