「…………ということは。セツナ、シュウにも何かやった?」

ビクトール、フリック、チャコの苦笑を順に見比べ、きっと、そういうことなんだろうな、とカナタが言えば、

「マクドールさんに、やった? なんて言われる程のことはしてませんよー?」

ほえっと、再びセツナは微笑んだ。

「……嘘吐け」

「嘘じゃないもん。僕、嘘なんて言ってないもん。ビクトールさんの苛めっ子」

「それがもう、嘘じゃねえかよ」

「ちーがーうーもーんー!」

「……えっと、セツナ…………?」

────我等が盟主殿が、我等が正軍師殿に、何をやらかしたか知りたいかい?」

その笑みに、すかさずビクトールが突っ込んで、だからプッとセツナは頬を膨らませて、益々以て、話が見えない……、とカナタが一層訝しんだら、今度は、リッチモンドが現れた。

「貴方も、知ってる話?」

「ああ。俺が手を貸した……と言うか、手伝わされたと言うか……、そんな具合の話だからな」

「ふうん……。……で?」

「……あんたのことだ、シュウの旦那が、ここの正軍師になった際の経緯は知ってるだろう?」

未だにビクトールとやり合っているセツナを宥めながらのカナタへ、リッチモンドは話し出す。

その一角で始まった、どうやら、軍内でも知る者は余り多くないらしい『話』に、何々? と、さりげなく耳を傾け始めた野次馬達もいたが、まあいいか、と、そちらは無視しつつ。

「一応。僕がその場にいたら、多分、シュウに色々と『思い知らせた』だろうことが多々あったのは聞いてるよ」

「なら、あの旦那がセツナ達に、川に投げ入れた群島諸国の銀貨を探し出せたら、仲間になってやるって言い出したのも知ってるよな?」

「……ああ。それが何か?」

「その時の経緯と言うか、諸々と言うかに、今回のジェスのあれ同様、思う処があったんだろう。俺がここに来て直ぐ、セツナに頼まれたんだ。群島の銀貨を何十枚か手に入れて欲しい、って。そんな物、どうするのかと思いつつも依頼通りに入手してやったら、それから毎日、セツナは隙見ちゃシュウの旦那の部屋に忍び込んで、旦那が、『あの時は……』ってアップルに詫び入れるまで、枕元に一枚ずつ銀貨忍ばせ続けてな。その時も、『恨みっこなしがいいですからー』って、シュウの旦那に言い切ったんだ。……なあ? セツナ?」

「………………成程」

「成程、じゃねえよ……。とばっちり喰らった俺達の身になれ……」

「荒れてたよなあ、あの頃のシュウ…………」

シュウが同盟軍の正軍師となったばかりの頃、セツナがやらかした悪戯を淡々と語ったリッチモンドが口を噤むや否や、「あ、流石のシュウでも、それは精神的に参るかも」と、カナタは思わず深く頷き、当時の騒ぎを思い出したのか、ビクトールとフリックは遠い目をして、

「……だって。今回もそうですけど、僕は、恨みっこなしっていうのがいいですもん。マクドールさんは、そう思いません?」

『張本人』は、又もや可愛い子ぶった。

「思うよ。そんな程度で全てを水に流して『恨みっこなし』に出来るなら、それに越したことはないね。……寛大だね、セツナは」

「そですか? 僕、寛大ですか?」

「寛大も寛大。僕だったら、それくらいじゃ済まさない。本当に泣き入れてくるまで、徹底的にやる。でも君は、恨みっこなしになればそれでいいんだろう? だから、寛大」

えへ、と笑いながら、僕は悪くないもーん! と言い張る彼に、腐れ縁傭兵コンビや、『依頼はパーフェクトに』がモットーの探偵は、「恨みっこなしったって……なあ……?」と低く囁き合ったけれども、カナタは、さも、優しくていい子だね、と言わんばかりにセツナの頭を撫でて、その場に居合わせた一同が、「あの頃に、カナタがセツナと出逢っていなくて良かった。もしも既に出逢っていたら、シュウはどうなっていただろう……」と、嫌な想像を巡らさざるを得なかった科白を、さらっと吐いた。

「怖えぇ……。あの頃、マクドールさんがセツナと知り合ってなくて良かったぜ……」

顔は笑っているし口調も軽いが、この人は本当にそれくらいやり兼ねない、況して、それがセツナ絡みのことなら、と、カナタの発言に、チャコも、こっそり身を震わせつつ独り言を呟いて、

「ん? あの頃? チャコは、シュウが正軍師になった当時は、未だ、ここの一員ではないだろう?」

耳聡く聞き付けたカナタは、その独り言には矛盾があるが、と首を傾げた。

「……え? ……えっと、あー……、その」

「マクドールさん。チャコの言ってる『あの頃』は、シュウさんが正軍師になってくれた時のことじゃなくて、チャコ自身が仲間になってくれた頃のことだと思いますよ」

だから、マズい人の前でマズいことを洩らした! とチャコは焦り、焦る彼を尻目に、セツナが事情を語り出す。

「どういうこと?」

「お話したことありませんでしたっけ? フィッチャーさんに話持ち掛けられて、トゥーリバーのマカイさんの所に行った時に、チャコにお財布掏られちゃったって話」

「ああ、覚えているよ。以前、セツナが話してくれたから」

「あの頃は、チャコ、人間が信用出来なくって、そんなことしちゃってたみたいですし、後でちゃんと返してくれましたけど、だからって、他人ひとの物を盗むのは良くないって僕は思ったんで。チャコが仲間になってくれた後、捕まえて、それとこれとは話が別! って、お尻引っ叩いたんです。僕も、悪いことしたり悪戯したり言うこと聞かなかったりしたら、ゲンカクじーちゃんに、そうやって叱られましたから。お仕置き! ってかめの中に閉じ込められたりもしましたけど」

「………………君、が? チャコを捕まえて? お尻引っ叩いたの?」

「はい! 他人の物を勝手に盗って許されるのは、出来心の花盗人くらいなものだって、じーちゃんも言ってましたから、僕、チャコにも判って貰おうと思って、頑張りました!」

いい加減どっかに行け、との表情を、あからさまにしているルックも直ぐそこにいる石版前で、延々と続いた彼等の話──セツナの事情語りを聞き、カナタは、君が、自分よりは体格のいいチャコを……? と若干目を丸くしたけれども、セツナは胸を張った。

「……風流な方だったんだね、ゲンカク老師。────ねえ、セツナ。さっき、そのチャコが、『久し振りに犠牲者が出た』、って言っていたけれど。もしかして、君が『恨みっこなし』を企まなきゃならなかった機会は、今までに数多くあったの?」

「まあ、何度かは。……しちゃ駄目でしたか?」

「そんなことはないよ。少なくとも僕は、そういうことには賛成。……でも、セツナ。今回のジェスの件や、シュウやチャコの時みたいに、又、『恨みっこなしにしたい』とか、『人として正しい道を歩かせる為にもお仕置きしなきゃ!』って思うことがあったら、隠したりしないで、必ず僕にも教えて。いい?」

僕は僕なりに、これでも頑張ってます! と威張ったセツナと、傍迷惑そー……に彼を盗み見る周囲を見比べ、カナタは、セツナへと囁く。

彼のその囁きは、たった今聞いたセツナの話より立てた、「己が把握しているよりも尚多く、セツナに『思う処』を抱かせる輩はこの城内にのさばっているのかも知れない」との推測と、「だとするなら、セツナが与えるような、『寛大且つ優しい恨みっこなし』でなく、自分が『正しい制裁』を加えて思い知らせてやらなければ」との思い故のもので。

「え? あ、はい。マクドールさんがそう言うなら」

きょとんとしながらも素直に頷いたセツナを抱き締めるようにしつつ撫でながら、カナタは、大仰に周囲を見回した。

その時には、もう、チャコもリッチモンドも逃走を果たした後で、付き合い続けるのも怖いが逃げるのも怖い、と腐れ縁傭兵コンビは顔を引き攣らせつつ固まっており、野次馬達は、彼とは目も合わそうとせずに散り散りになって行く最中だったが。

後日。

先日の騒ぎを切っ掛けに過去の騒ぎもが暴露された所為で、トランの英雄殿の、同盟軍的には不必要な、凶悪且つ『セツナ馬鹿』のツボが又一つ押されたらしい、との噂が同盟軍内には広がって、ジェスやシュウやチャコその他、過去に、セツナよりの『恨みっこなし』を喰らった経験を持つ一同は、それより暫し、疾っくに時効となった筈の出来事をネタに、カナタよりの報復を喰らうのではと、戦々恐々の日々を送る羽目になった。

End

後書きに代えて

余計なことを言うから、寝た子@カナタを起こす羽目になる。

──おっとりぽややんなセツナも、ジェスには思う処があったようです。己の心に正直に、嫌がらせに近い悪戯をかましました。

ジェスは激しく災難でしたでしょうが、これくらいなら、未だ可愛いレベルなんじゃないかなー、と思い込むことにします。

作中に書いたように、シュウさんも、かつて、きっちり仕返しされました。チャコは、力一杯抑え込まれておケツ叩かれました。

皆それぞれ、それなりにはセツナに制裁されてます。

でも、シュウさんの時もチャコの時も、可愛いもんだと思います。カナタだったらそんなんじゃ済まない。

…………頑張れ、同盟軍。セツナを泣かすor困らせると、鬼がやって来るよ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。