「それにしても……。今日のは又、凄まじかったみたいだねえ……」
「ええ……。立派な凶器でした、本当に……。ちょびーっとだけ舐めるなら平気だと思いますから、度胸試しにどうですか…………」
────とのやり取りを、難しい顔になったカナタと、貰った薬で胃を落ち着けたセツナが交わしてしまった所為で、誠にうっかり、好奇心という名の悪魔に取り憑かれたカナタとシュウとホウアンが、昼間にナナミが持ってきたスープを、本当に本当に僅か舐めてみただけで、身を折って悶絶する羽目になっていた頃。
倉庫街へ行き、番人のバーバラから新しい毛布と布団を貰ったナナミは、それを抱え、トボトボと階段を昇っていた。
……『えれべーたー』を使う気にはなれなかった。
セツナは風邪を引いているのだから、早く毛布を持って行ってあげないと、とは思うものの、足は重かった。
気分は、止め処なく落ち込んだ。
先程セツナが倒れ掛けたのは、カナタが言った通り、胃腸が弱っちゃってるんだ、とナナミはその瞬間も信じていたし、「急に、お腹の中に何か入れたから、胃がびっくりしたのかな」と前向きに捉えていたが、引っ繰り返ってしまった土鍋を、カナタが毛布ごと床へと落とした刹那が目に焼き付いて離れてくれず、彼女は唯々、溜息を洩らした。
…………ああするより他なかったのは判っている。
多分、自分でも同じことをした。
早くしなければ、零れた熱いスープでセツナは火傷をしてしまっただろうから、丁重に退けている暇など、カナタでなくともなかった筈だ。
……判っている。
それは、判っているけれど。己とて、とは思うけれど。
あの瞬間、セツナに、何よりもカナタに、弟への想いを跳ね除けられた気がする……、と俯いた彼女は、唇を噛み締めた。
…………もう、どうしたらいいか、ナナミには判らなかった。
────セツナを、弟である彼を、想う気持ちの何も彼も、遠退けられてしまうなら。
盟主でなく、弟としての彼に己が出来ることは、何一つも残されていないとするなら。
私は、どうすればいいのだろう。
私が、セツナにしてやれることは何だろう。
一体、私には、何が残っているのだろう。
「………………もう、セツナには、お姉ちゃんなんか要らないのかなあ……」
──キッと唇を噛み締めたまま天井を仰ぎ、ポツリ、ナナミは呟いた。
だが、彼女は直ぐさま、強く首を振る。
「そんなことない。そんなこと、ありっこない。又、昔みたいに、私と、ジョウイと、セツナの三人で、キャロの街で暮らすんだもの。私達は家族だもの。何時か絶対、三人だけでキャロの街に帰るんだもの。セツナは、同盟軍の盟主なんか辞めて、ジョウイも、ハイランドの皇王様なんて辞めて、三人で、畑とか耕して暮らすんだ。……それが、私とセツナの望みで、幸せだもん」
重たく感じてきた毛布と布団を抱え直し、一歩一歩、階段を昇りながら、ナナミは独り言を言った。
己の願いや望む幸せと、弟や幼馴染の願いや望む幸せは、永遠に変わらぬ等しさのまま在り続ける筈だと、固く信じて、彼女は。
「セツナー。お待たせー!」
真っ直ぐ前を向き直り、漸く辿り着いたセツナの部屋の扉を開け放って、声高に弟を呼びながら、中へと入って行った。
────その日より、ナナミが料理の機会に恵まれることはなく、約半月後、ロックアックス地方に最も雪が降りしきる時期は終わった。
例年よりも、その時期の終いは早く、天候を睨みつつも、同盟軍は彼の地を目指し進軍を開始し、その、更に半月と少しの後。
セツナ率いる同盟軍は、ハイランド・マチルダ騎士団連合軍に勝利、同盟軍盟主の義姉の戦死と引き換えに、ロックアックス城は陥落した。
End
後書きに代えて
ナナミのお話でした。
……ナナミ、御免。
──うちのカナタとセツナは、知り合って直ぐの頃から何時でも一緒にいるようになってしまったので、ナナミも、カナタの『ベッタリ』には、妬きもちのようなものを感じることだってある、と思うのですよ。
という訳で書いてみた。
シリアスな話(の筈)ですが、所々、コメディに感じるのは、ナナミ料理の所為なのか、それとも、私の所為なのか。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。