解放戦争が終わった後。
バナーの村の池の畔で、セツナに出会い、懐かしい顔触れに再会するまでの三年間、僕がしていたことを知る者は、数える程しかいない。
他人にしてみれば、空白の刻、と思えるだろうその三年の間、僕が何をして過ごしていたのか、それを……約束をしたから、何時の日か僕は、セツナには語るんだろうけれど。
────三年、と云う、長くも無ければ短くもない時。
その殆どは、僕が、僕の中に何モノも入れぬように、努める為に費やされた。
解放軍の軍主を務め上げた僕に残されていたものは、僕の行くべき道と、切り開くのではなく、受け止めるべき『運命』──僕が、天魁星の許に生まれたと云う運命──と、右手に輝く魂喰らい、その魂喰らいが齎す真実、それのみだったから。
……紋章を宿した者にとっての、大切な存在、愛しい存在、それを奪って力を与えて。
それが一体、何になる。
この結果は、僕が誰かを愛した所為か?
僕が誰かを愛したことが、僕の罪だとでも、魂喰らいは云いたいのか?
僕が誰かを愛さなければ、盗む魂さえ、見定められぬ癖に。
高が紋章が、何を呪うと云う。
人に寄生しなければ、『生きて』さえぬけぬ、唯の紋章の癖に。
強大な力を持とうが、神の如き存在であろうが、所詮は、紋章の癖に。
ちっぽけな人間でしかない僕みたいな存在を、『呪わなければ』生きてゆけぬ、虚しい、カタマリの癖に。
余りにも、馬鹿馬鹿しい。
…………テッドを失ったシークの谷にて。
聞かされた真実より、僕は確かに、そう思った。
魂喰らいの存在、魂喰らいが齎すこと、それは余りにも、馬鹿馬鹿しい、と。
でも。
僕は、その余りにも馬鹿馬鹿しい存在と共に、余りにも下らない事実を背負って、これから先の長い刻を生きて行く。
余りにも馬鹿馬鹿しい存在が齎す、余りにも下らない事実の所為で、大切な存在を失う辛さだけは、もう味わいたくないと、確かにそう思ったのも理由の一つだけれど。
テッドに託された魂喰らいを道連れに、永い生涯を送ると云う事実が、僕が、僕の中に、何モノをも入れぬ、と決めさせた、決定的な原因だった。
──僕が誰かを愛すること、それが僕の罪になるなんて、僕には思えないけれど。
僕が誰かを愛さなければ、盗む魂さえ、魂喰らいには見定められぬと云うなら、それは『平穏』と思えた。
罪とも思えぬ、誰かを愛すること、何モノかを僕の中へと入れること、それに背を向け孤独の中で、僕が飢えつつ生涯を送れば。
魂喰らいも又、魂に飢えつつ、僕と道行きを共にするのだろうから。
温もりに飢える者と、魂に飢えるモノと。
互い痛みを分け合って、永劫に近しい時を送るのも、一興のように思えた。
だけど、そんな境遇に何時までも甘んじているのも、又馬鹿馬鹿しかったし、僕は、宿命も運命も嘆くことなどなかったし、例え、永劫に等しい生が与えられてしまおうとも、『永い』人生を『楽しむ』為の時間は、無限ではないから。
この世界を生きて行く為には、歪な生が永遠に近しいだけ続こうとも、真実の意味で、『足りる』時間とはならぬから。
僕は、僕の中に、何モノをも入れぬよう、努め続けた。
歪でない生涯を送る人々の中に溶け込んで、僕が暮らそうとも。
魂喰らいが、飢え続けるように。
──大切な存在もなく、憎むべき存在もなく、全てのモノが、等しく僕の瞳に映れば、そこに、『愛すべき』と云う言葉は生まれない。
僕にとって、全ては等しく在り、全ては虚しく在り、全ては等しい価値を持って、全ては等しく、無価値になる。
……そう……何も彼も、僕にとって『どうでもいいこと』、と昇華すること叶えば。
それなりに『楽しく』、僕は生きて行くこと叶うし、魂喰らいは唯、『眠り続ける』より他なくなる……と。
──もしかしたら、僕のこの選択も、人によっては『馬鹿馬鹿しい』、と映るのかも知れないけれど。
その『高み』に踏み込むことを、僕は微塵も躊躇わなかった。
僕が、天を魁ける星の許に、生まれてしまったから。
例え、天に輝く星々が、数多あろうとも。
僕の前を行く星、僕の前で輝く星、僕に魁ける星、それは僕には与えられない。
天魁星を導ける者など、天魁星以外、この世にはいない。
それを僕は、知っていたから。
『高み』に行くことなど、僕は欠片も怖くなかった。
この世界を満たす、ありとあらゆるモノが、『どうでもいいこと』、と僕に映ろうとも、構わなかった。
僕に与えられたこの名のように、遥か遠い彼方だけを見詰めて生きることに、僕は殉じられた。
バナーの村の池の畔で、セツナに出会った、あの日までは。
────天魁星を導ける、唯一の存在、天魁星が。
こうして、僕の腕の中に『在る』今も。
僕の瞳に映る全てが等しく、全てが虚しく、全てが等しい価値を持って、全てが等しく、無価値であること。
それは変わらない。
三年の年月を掛けて辿り着いた『高み』に、僕は今でも、一人立ち続け、愛しいセツナのことさえも、『どうでもいいこと』、と捕らえ続ける。
セツナが、この『高み』へと辿り着くまで。
僕と共にゆく道を、本当に選び取るまで。
……でも、確かにセツナは。
天魁星を導ける、唯一の存在、天魁星は。
世界を満たす、ありとあらゆるモノのように、『どうでもいいこと』、とは映らない。
『どうでもいいこと』、であるのに、『どうでもいいこと』、と映らせるのを、僕は潔しと出来ない。
セツナだけが、僕の瞳に色を違えて映る、それがどれ程、『甘美で危険』なのことなのか、判っているのに。
……魂喰らいに彼をくれてやらずにおくこと、そんなことは、『高み』に辿り着いてしまった僕には何とでも出来ることだから、それを気にしている訳じゃない。
──そう。少なくとも、今は。『今』が、続く限り。
そんなことは、有り得ない。
僕がそれを、気にする必要はない。………………多分。
セツナさえもが『どうでもいいこと』として映る『高み』に、僕は歴然として立ち続けている。
でも、彼は。彼だけは。
この『手の中』の、彼だけは。
かつて、背を向けるように後にした、故郷の街、黄金の都に、僕を留まらせ続ける程の、彼だけは。
セツナ。
君は、僕の…………────。
──そう。
君は、僕の。
End
後書きに代えて
如何でしたでしょうか。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
──やっぱり、私の書く坊ちゃんは、逞しい子みたいです。
逞しく且つ、とても、或る種我が儘で、性格複雑骨折な、困ったちゃんみたいです。
そして、カナタには、セツナに対する巨大な執着があります。
彼の執着は、ホントに巨大で、ちと怖いです。
……頑張れ、セツナ。もう、頑張り様がないけれど。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。
最後まで、お付き合い、どうも有り難う。
2003.01.30 自室にて
海野 懐奈 拝