カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『魂の行方 ―これから―』

もう、夏はこれで終いだ。

だから、その最後に。

…………と。

空が、そう叫んでいるかと思える程、暑さ際立った、晩夏の一日だった。

──トラン共和国以南出身の者達は、『それ程は』。

ハイランド皇国以北出身の者達には、『暑さが厳しい』。

そして、デュナン地方近辺出身の者達には、『これが普通』。

……と、同盟軍本拠地がその畔に佇む、デュナン湖付近の夏を、それぞれの出身地に従い評価する、その同盟軍本拠地はデュナン城に住まう仲間達も、「湖の畔にある所為か、この城は蒸し暑い」との意見の一致だけはみるらしく。

その日は、空気中に漂う見えない湿気が、ドロっ……と全身にまとわり付くのを誰もが感じてしまう程、蒸した。

それ故に、その日一日、我等が同盟軍は、敵国ハイランドと交戦中である、との事実を、一部例外を除いた皆が置き去りにし、「こーーんなに蒸してる日に、やる気なんざ生まれるか……」と、仲間達はどんより気怠気に、覇気の欠片もなく過ごしていた。

子供達や少年少女は、もう駄目だ、と湖に飛び込み。

一応の仕事を終えてから、女達は風呂へと駆け込み。

男達は、湖の片隅に漂う澱の如く、レオナの酒場辺りでダレていた。

「…………ねー、ねー、ねー」

「……何? ビッキーちゃん」

「今日、暑いね」

「……? うん。暑いね。暑いって言うか……、蒸すよね」

「でしょう? だからね。さっき、テンガアールちゃんとか、ニナちゃんとかとね。今夜、夕涼みがてら怪談でもしない? って、そんな話してたの。ナナミちゃんも、どう?」

「……えっ? か、かかか、怪、談……?」

「そう。怪談。……嫌?」

「い、いい、嫌、って言うか。べ、別に、そんなんじゃなくって! だだ、だって、お化けなんて、いる筈がないし! だから、お化けが恐い訳じゃなくってっっっ」

────……と。

レオナの酒場の入口を出た直ぐそこにある、帰還魔法の為の大鏡の前で、常にそれの番をしている、転移魔法を操る少女ビッキーが、通り掛ったらしい、同盟軍盟主の少年セツナの義姉、ナナミを捕まえて、そんな話を持ち掛けている声が、酒場の椅子にて、暑さに負け、死人宜しくの様を晒している男達の耳に届いた。

「怪談か……。怪談如きじゃ、到底涼しくはなれねえと思うぞ、今日の蒸し暑さは……」

「…………だな……」

「ここいらで生まれ育った俺でさえ、尋常じゃねえ程蒸してる、って思えるしなー……」

「只暑いだけなら、いいんだがなあ……。湿気は、堪える……。……トラン城の時もそうだった。あの城も、夏は蒸したなー…………」

きゃあきゃあ、と言うよりは、ぎゃあぎゃあ。

大鏡の前辺りで始まったらしい騒ぎを聞いて。

あー……、と、椅子の上でダレたまま、同盟軍の腐れ縁傭兵コンビ、ビクトールとフリックが、情けない会話を始める。

「怪談ねえ……。女の子が抱き着いてきてくれるんなら、怪談だろうが肝試しだろうが……。──……って、あ」

すれば。

酒場の女主、レオナが陣取るカウンター前の、何時もの円卓を陣取り、グダグダしている腐れ縁達の横で、やはり、ヘロッ……とその日を過ごしていたシーナが、ビクトールとフリックの会話より何かを思い出した風に、右手でしていた頬杖を左手でやり直して、傭兵達へと向き直った。

「……何だ? シーナ」

「いやさ。今、ふっと気付いたんだけど。先週セツナが、肝試しをやろうって言い出して、シュウ軍師の小言も何処吹く風で、決行したじゃん?」

「ああ。先週の話だ、忘れる訳がない。……それに、普通に肝試しするのに飽きたセツナとカナタに、酷い目に遭わされたからな、忘れようったって……。商店街やここで使える割引券に惹かれて、参加するんじゃなかった……」

「そう、それそれ」

シーナが思い出した何やらは、それがしたかったらしいセツナが、商店街やレオナの酒場や、ハイ・ヨーのレストランで一日だけ使える割引券目当てで人々を釣って決行した、先週の、肝試し大会のことだったようで。

嫌なことを思い出した……と、蘇った『恐怖の記憶』に、フリックは、げんなり……と項垂れたが。

「あの時さ。森の奥に置いてあった割引券を取って来られなかった奴は、罰として、酒場かレストランで皿洗いをすること、ってなってたの、覚えてる?」

シーナの方は、何処か嬉々として、話を続け。

「……ああ、そう言えば、そうだったな。でも、何だんだで皆、何とかは、割引券──

──いいや。途中で、脅かされる側にいるのに飽きたのか、脅かし側に廻ったカナタとセツナだけが、あの割引券、持ち帰ってないんだよ。……そうだろう? あの二人が脅かし側に廻ったのはあの二人の勝手って言うか、我が儘って奴なんだから。最初の決まりに従うんなら、あの二人は、それに失格したってことだろう?」

失格か否かの目安とされた割引券を、取れなかった奴なんか……と首を傾げたビクトールへ、シーナはそう告げた。

「………………まあ、理屈の上では、そうだな」

「うん。……ってことは。あの二人は約束に従って、ここかレストランで、皿洗いをしなくちゃならない筈なのに。それ、やってないじゃん?」

「……あ。そういうことになるのか」

「そうそう。さっきから俺、そう言ってんじゃん。鈍いよ、ビクトールさん。……だから、さ。こうも暑いと、何か楽しい余興の一つでもなきゃ、やってられそうにもないからさ。先週の肝試しで、散々な目に合わされた仕返しも兼ねて、あの二人に皿洗いさせるって余興、どう?」

「だが……。あの二人に皿洗いをさせた処で、余興になるか? 『あの二人』だぞ? セツナとカナタ、だぞ?」

「ああ、そりゃ、フリックさんの言う通り、『あの二人』だから? 只、普通に皿洗いさせてみたって、余興にも何にもなりゃしないだろうけど。肝試しに失格したのに、皿洗いの約束思い出さなかったって罰も加算して、例えば、あの二人が絶対に嫌がりそうな格好させて、一日、皿洗いや給仕をさせる、っての、どう? 俺達普段、あいつらに、散々振り回されてるんだから。一寸くらいの意趣返しとか、させて貰いたいしさ」

洩れ聞こえてきた、ビッキーとナナミの会話より。

先週のことや、皿洗いの約束のことも思い出し、咄嗟に浮かんだらしい、『余興』の計画をシーナが語れば。

それを聞いていた、ビクトールもフリックも、酒場の他の者達も。

余りの蒸し暑さに、頭の回転がおかしくなっていた所為か、「それは名案かも知れない。楽しめそうだ」……と。

うっかり、計画に一口乗ってしまい。

ああでもないの、こうでもないの、井戸水でキンキンに冷やされたエールを何杯も煽りながら、円卓を囲んで『余興』の計画を練って。

暑さと酒精で、それまで以上におかしくなった己達の思考の変さを、これっぽっちも疑わず、彼等はそのままその夜の内に。

セツナと。

セツナと結託しては、碌でもないことばかりを仕出かす、トラン建国の英雄殿カナタ・マクドールを捕まえて、約束を果たすように、と、きっぱり宣告した。