カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『証明』
すっと、視界の端を掠めた青色の所為で。
カナタ・マクドールの足は止まった。
──同盟軍の本拠地。
セツナを盟主に戴く城の、一階広場。
恐らく、相棒を探しているのだろう、酒場の方へと向かっていく、全身青一色の人物を、ちらりと見掛けた所為で、カナタは、立ち止まってしまった。
「……フリック」
立ち止まった序でに。
カナタは、今にも廊下の角を曲がってしまいそうなフリックの背に、声を掛ける。
「あ? 何だ? カナタ。何か用か?」
「うん、一寸」
そして、自分を呼ぶ声に、当たり前のように立ち止まって振り返った青雷に、トッ…と近寄った。
「ねえ、フリック」
「……何だよ」
カナタにしてみれば、とても軽快に近付いたつもりだったのだが、それはフリックにしてみれば、軽快、と云うよりは、迫力に満ちた寄り詰めで。
少しばかり仰け反り加減になりながら、ズイっと顔をも寄せたカナタに、フリックは辿々しく答える。
「あのさあ」
が、カナタは、フリックの態度など欠片も気に止めず、その腰に下げられた剣へと眼差しを落とした。
「だから、何だよっ」
「…………オデッサ、元気?」
「はあ? オデッサ? ……ああ、剣のことか? 元気……と云えば、元気だぞ。剣の具合に、元気、と云う表現が当て嵌まるのかどうかは知らないが」
少年──その見掛けだけは──に、オデッサ、と云う、もう、今は故人になってしまった、最愛の人の名前を出されて、一瞬フリックは、怪訝そうな顔をしたが、相手の視線より、それが最愛の女の名を冠した剣のことを云っているのだと気付き、彼は頷く。
「ふーん………」
愛剣は『元気』だ、と云うフリックの答えに。
カナタは、気のない返答をした。
「……? 『オデッサ』がどうかしたのか?」
「いや、別に。唯、気になったから聞いただけ。引き止めて悪かったね」
「…あ、ああ……それなら、いいんだが……」
だから、自分から質問して来たことに対する話題だと云うに、やる気のなさそうなカナタの物言いに、フリックは頬に困惑を寄せたが。
「じゃあね」
くるり、踵を返して、フリックに背を向けるとカナタは、さっさと階段を昇り、何処へと消えてしまった。
「…………何だ? ありゃ」
そんなカナタの姿が見えなくなるまで、一応フリックは、視線で見送ったけれど。
何だったんだ? と首を傾げ、最後には肩を竦め、まあいいか、と、元々の目的地だった酒場を目指して、彼は再び歩き出した。
偶然擦れ違ったフリックに、剣・オデッサの機嫌を尋ねた後。
ふらふらと城内を彷徨っていたカナタは。
たまたまドアが開け放たれていたが為に、通りすがり、その部屋──正確に記するならば、正軍師のシュウの部屋を、ひょいっと覗いた。
……そこには、何時ものことと云えば何時ものことだが、執務に勤しむ最中の、シュウと、同盟軍盟主、セツナの姿があって。
「シュウさんーー。未だ書類あるのぉぉぉぉ?」
「ええ、沢山」
「いい加減、飽きそうなんだけどなーーーっ」
「構いませんよ、飽きられても愚痴られても。決済のサインさえして頂けれは」
やはり、何時ものように、セツナとシュウの、不毛なやり取りが聞かれ。
「……セツナ? 上で待ってるから。終わったらおいでね。頑張って」
くすくすと笑いながらカナタは、首だけを突っ込んだ部屋の中にいるセツナに一声掛けて、又、歩き出した。
多分、彼は暇だったのだろう。
溺愛中のセツナが執務に借り出されているから、手持ち無沙汰だったのだろう。
シュウの部屋を冷やかした後、カナタは。
又、城内を彷徨いて、今度は、キバとリドリーとクラウスが、何やら語らっているテラスに姿を現した。
「……ああ、マクドール殿、何か御用ですかな?」
どうやら休憩の最中だったらしい彼等に、ふらりと近付いたカナタに一早く気付いたキバが、声を掛ける。
「いや、そう言う訳じゃないよ。暇だったから、散歩中」
「そうですか。お暇でしたら如何ですか? 一緒に茶など」
「うーん、御免、遠慮しとく。セツナを待ってないといけないから」
しかし、キバの誘いをカナタは断り。
残念ですが、では又、と、キバはリドリーとクラウスに、向き直った。
キバ達三人と遭遇した場所は、テラスだったから。
我が心の友よ、我々とのお茶は如何ですか? と云って来たヴァンサンとシモーヌに捕まり掛け、それを辛くも振り切り。
今度はカナタは、兵士の訓練場に、姿を見せた。
「おや、マクドール殿」
「……お一人で、とは珍しいですね。何か?」
ふうらりと、糸の切れた凧のように現れたカナタを見付けて、騎士達に訓練を付けていたカミューとマイクロトフがその手を休める。
「あ、いや、何でもないんだ」
にっこりと微笑んで見せたカミュー、ピシッと姿勢を正して見せたマイクロトフ、その双方に、ヒラヒラとカナタは手を振った。
「暇だからね、散歩してるだけ」
「はあ……そうですか。──ああ、でしたら一つ、お手合わせなど所望したいのですが……」
「悪いね、気分じゃないから。又今度」
──暇なんだ、とさらり、カナタが云うから。
ならば、とマイクロトフが立ち合いの申し出をしたが。
カナタはそれも、さらりと断って。
じゃあ、と、元来た道を、引き返して行った。
漸く向かい、到着した目的地。
セツナの部屋の、セツナのベッドの上で。
ゴロっと横になりながら、カナタはじっと、扉を見詰めていた。
何をするでもなく。
唯、扉を。
「セツナ、セツナーーーっ!」
彼が、扉を見詰め始めて暫く。
ガタン、と激しい音がして、ナナミが飛び込んで来た。
「あれ、マクドールさん?」
弟を求めて駆け込んだ部屋に、目的のセツナではなく、カナタがいたことに、え? とナナミは不思議そうな顔を作る。
「セツナなら、多分未だ、シュウの所だと思うよ。僕はここで、待ち合わせてるだけ」
そんなナナミににっこりと、己がここにいる訳を、カナタは伝えた。
「あ、なーんだ、そうなんですかぁ。シュウさんの所かー。じゃあ、長いなー。仕方ないから、明日にしようかな。あっ、でも。セツナ、ここの処ずーーーっと、お仕事お仕事で、休んでないから、シュウさんに文句云って来ようかなっ。──じゃあ、マクドールさん、又ー。お騒がせしましたーーっ」
すればナナミは、随分と長い独り言と、カナタへの挨拶を早口で捲し立てて。
「あー、もーーっ。セツナってば最近、付き合い悪いんだからーっ」
義弟の名前を連呼しながら、来た時と同じように威勢良く扉を閉めて、出て行った。