結局、その日一日、シュウに捕まっていたセツナが、自室に戻ったのは。
一般的な夕食の時間を遠に越える程の時間で。
「御免なさいーーー、マクドールさぁん。……凄くお待たせしちゃった……」
義姉のように、バン、と騒々しく部屋に戻って来るなり、シュン……と彼は項垂れ。
「いいよ、そんなこと気にしなくて。仕方ないだろう? それが君の仕事の一つ。……それよりも、セツナ。今日、泊めてくれる?」
ふんわりと笑んで、カナタは、そんなセツナを宥めた。
「勿論、いいですよっ。じゃあ、一緒にお夕飯食べて、お風呂入って、お話しましょうっ」
それだけで、途端、セツナは落ち込みから立ち直り、二人は揃って、遅い夕餉を終え、入浴を終え、再び、その部屋に帰って来る。
「…………ねえ、セツナ」
「何ですか? マクドールさん」
そして。
互い、寝巻きに着替え、ベッドに潜る支度を整え、深夜の会話の時間になった時。
「寝てしまうのは、勿体ないかも知れないけど。一緒に入らない? ベッド」
セツナの寝床を指差して、カナタが云った。
「……それは、構いませんけど……。僕と一緒でいいんですか?」
「セツナと一緒がいいんだ」
こうして、二人きりの夜を過ごすのは初めてではないし、共に一つの布団で眠るのも初めてではないし、嫌ではないけれど。
今宵とて、そうするつもりだったけれど。
普段、問うたりもせず、当たり前のようにすることを、敢えて尋ねて来たカナタに、セツナはちょん、と首を傾げ。
にこっと、カナタは笑いながら頷いた。
「じゃあ……寝ます? ……何か、そうしましょうね、って決めて、一緒のお布団入るのって、何となく気恥ずかしいですね」
彼がそう云うならば、と。
てへ、と笑ってセツナは先んじて、ベッドにヨジヨジ潜る。
「灯り、落とすよ」
フッと、ランプの火を静かに落として、カナタもセツナの後を追った。
カーテンの隙間から洩れる月明かりの中、もぞもぞとセツナは身を丸め。
カナタは、寝易い体勢を作っている最中だった彼を、少し無理矢理抱き締める。
「……? マクドールさん? 何か、あったんですか?」
「ん? 何もないよ。唯、一寸ね。人の温もりが恋しいなあ、って思っただけ」
「ホントですか?」
カナタの過度なスキンシップは常のことではあるけれど。
先程の抱き寄せ方は、何時もよりも更に唐突で、強引で、セツナは珍しく、難しい顔をした。
「本当だよ。別に、何があった訳でもないし」
淡い光の中、うすっらと浮かび上がったセツナのその表情を見咎めて、安堵させるように、カナタは云った。
「マクドールさん、逆です」
しかし、セツナは難しい顔を崩さず。
「は? 逆?」
「はい、逆です」
年下の彼の言い出したことが今一つ理解出来ず、ん? と訝しんだカナタの腕の中から這い出て、セツナはカナタの手を握った。
眠る為に、昼間は決して外されることのない皮手袋から解放された、剥き出しの、カナタの右手を。
魂喰らいの浮き上がる、手を。
やはり、手袋を外され剥き出しになった、紋章浮かび上がる、己が右手で。
「セツナ?」
「どーしても、体格差があるんで、僕がマクドールさんを、ってのはかなり無理ありますから、こうなっちゃいますけど。多分、マクドールさんは今夜、僕を抱き締めたいんじゃなくって、抱き締められたいんですよね? 僕はそう思います」
「セツナ……」
「だいじょぶです。こんなこと、滅多にないんですから。たまには僕にも、マクドールさんのこと、支えさせて下さい」
そして、セツナは。
己が告げたことに、ほんの僅かだけ顔色を変えたカナタに、にこっと微笑むと、握ったカナタの手を、自身の胸に、抱き込んだ。
「僕は、ずっとマクドールさんの傍にいます」
「…………アリガト……、セツナ。────夕べね、夢を、ね。見たんだ。久し振りに。凄く、懐かしい夢を、ね……。その所為で、少しだけ。今日はセツナに、甘えたくなった……」
だから、カナタは。
空いた左手を、セツナの背に添えて。
柔らかい、セツナの栗毛に、顔を埋めた。