カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『少年達の風景』

どうして、そんな風に思えるのか、僕には判らない。

理解も出来ない。

唯、連中を見てると、苛々する。

腹立たしくて、目を背けたくなる。

何故だろう。

どうしてなんだろう。

何故、僕はあの二人を見ていると、こんなにも。

…………ああ、僕は。

認めたく、ないのかも知れない。

その日。

ルックの機嫌は、すこぶる悪かった。

何時でもむっつりとしていて、僕が同盟軍に手を貸すのは、有り難くもない宿星に選ばれてしまった所為で仕方なく、レックナート様の言い付けだから仕方なく、と公言して憚らない少年。

冷血無表情無感情軍師、と陰口を叩かれる正軍師のシュウとタメを張る程性格が悪い、と常々『評判』の、風を従える魔法使い、ルックの。

年中、悪いとしか見えない機嫌は、その日、最悪だった。

……理由は、ない。

何故、こんなにも苛々するのか、ルック自身にも思い当たらない。

理由わけもなく、意味もなく。

唯、彼は機嫌が悪かった。

最近、何の原因も思い当たらないのに機嫌の宜しくない日、と云うのが、ルックには多くて、が、それをあからさまにしていると、愛想がない、とか、可愛げない、とか、最悪の性格、とか悪態を吐く割に、お人好し揃いなのか、どうしたの? とか、お腹でも痛いの? とか、誰かと一戦やらかしたか? とか、しつこく構って来る同盟軍の綿々が厄介で鬱陶しいから、極力無表情を装い、他人との関わり合いを彼は避けていたのだが。

そんな日に限って、盟主のセツナに、外出に付き合って、との呼び出しを受けてしまい。

本当に、ここにいると、碌でもないことばかりが起こる、とルックは、起きた瞬間から最悪だった機嫌を、益々、損ねた。

しかし、『命令』に従わない訳には、いかない。

だから。

「ルックー。遅いよー。行っちゃうよー?」

余り、出来が良いとは言えない、失敗確率もかなり高い瞬きの魔法を『駆使』して、あっちに行きたい、こっちに行きたい、と喚く盟主の少年の願いを叶えるべく、テレポートの準備をしているビッキーの前に仲間達と共に立って、己を呼んだセツナに。

「……君がトロトロと、支度に手間取ってるからだろ? もう、出掛けないのかと思ったんだ、僕は」

のろのろと近付きながらルックは、憎まれ口を叩いて、ぷいっとそっぽを向いた。

「別に手間取ってなんかないもん。ルックの意地悪。──じゃあ、ビッキー、宜しくぅ」

すればセツナは、プッと頬を膨らませ。

が、ルックの口が悪いのは何時ものことだから、と、常の明るい表情に戻って、ビッキーに、魔法の詠唱を促した。

セツナが。

ルック他、数人の仲間達を引き連れ向かった先は、バナー村だった。

「…………トランに行く気?」

包まれた瞬きの魔法の光にふわりと運ばれ辿り着いた先が、小さな山間の村だと知り、ルックは眉間に皺を寄せる。

ここの処の戦況を鑑みれば、政治的にも軍事的にも、『同盟軍』としては、トランに用事などなかった筈だから、目的は一つだな、と彼は考え。

「そだよ?」

「……又、カナタを迎えに行くの?」

「うん、そうっ。マクドールさんのお迎えっっ」

きっと、己の予想に間違いはないだろうな、と思いつつ。

念の為に尋ねてみれば、案の定の答えがセツナからは戻って来て、フ……とルックは溜息を零した。

先代の天魁星であるカナタ──ルックに言わせれば、人をからかうことと、セツナを溺愛することを最近の生き甲斐にしているらしいガキ、を迎えに行く為だけに、自分は呼ばれたのか、と。

彼の機嫌は、最低最悪を通り越して、呆れと空ろがない交ぜになったそれにさえなりそうだったが。

「ほら、ルック。行くよ?」

今回の同行者であるビクトールやフリック、フッチ、と云った戦士達は、もうバナーの峠道の入り口を目指してしまっていて、先んじた彼等に追い付くべく、セツナに手首を掴まれてしまったから。

「判ってるよ……」

ぶつぶつ、口の中だけで文句を呟きながら、仕方なく、ルックは歩き出した。

何事もなく、バナーの峠道をやり過ごして、グレッグミンスターに辿り着き、マクドール邸を訪れ。

つい先日まで一緒だった癖に、再会するや否や、馬鹿兄弟振りを発揮して、『仲睦まじく』話し出した、元と現、天魁星コンビをうんざりと横目で眺め。

セツナ一人を、マクドール邸に残し、中々寝つけない夜を、宿屋の一室で過ごして。

翌朝も、ルックは、それはそれは不機嫌そうに、今度はバナーの峠道を下る一行と行動を共にした。

…………が。

その道中で彼等は、数匹の虎に、遭遇してしまい。

「ルックっ!」

────それは、どうと云うことはない、戦闘の筈だった。

慣れ親しんだ、と云いたくはないが、何時しか慣れ親しんでしまった、日常の一コマでしかなくて、決して難しくもなければ、気を張ることもない、ありふれた、魔物退治、でしかなかったのに。

ふらりと茂みから現れた虎達と対峙する為、程良い間隔を取って戦い始めたその最中、恐らくは、昨日から引き摺っていた苛立ちを気にする余り、集中力を欠いてしまっていたのだろう。

己の名を叫んだ、セツナの声にハッとして、知らず知らず俯かせていた顔を、ルックが上げた時。

突進して来た虎が、彼の真横にいた。

身を捩りつつ、チッと内心で舌打ちをして、掲げていたロッドを振り、詠唱を唱えようとルックはしたが。

到底、間に合う筈もなく、鋭い魔物の爪に、ルックの背は引き裂かれる。

緑の衣装、その下に隠されていた肌、肉、そして骨までもを抉った爪が引かれて、ぶわりと、鮮血を彼は滴らせた。

「ルックっ! ルックっ!! しっかりして、ルックっ!」

「……うるさい、よ……」

彼の返り血を浴びた虎を瞬殺しながら駆け寄って来たセツナの声を、遠くに聞いて。

ぽつり呟き。

流れて行く血が生暖かくて、べた付いて、気持ち悪い……と思いつつ、ルックは膝を付く。

「ルックっ!!」

……彼は。

唯、膝を付いただけのつもりだったのに。

跪いたが最後、重たい体を支えていることが出来なくて、地に付いたロッドを両手で握り締め、ルックは己が身を支える。

しかし、ずるずると落ちて行く体、滑って行く手を、止める術はなくて。

血溜まりの中に、彼は蹲った。

「セツナ、こっちはもう片付くからっ! ルックをっ!」

見る見る内に、顔の色をなくしていくルック、そんなルックに駆け寄るセツナ、その双方を、視界の端で確認して、カナタが叫んだ。

「はいっ!」

カナタの声に答えて、ルックの傍らに、セツナが跪く。

「もうっ! 馬鹿ルックっ!」

じっとりと血に濡れた仲間の腕を掴み、何処か泣きそうな声音で、セツナは云うと。

「……我が真なる…………──

右手を掲げ、詠唱を唱え、甲に宿った輝く盾の紋章を、輝かせ始めた。