その光景は。

甚く、ルックの勘に障った。

「マクド……ル、さん……」

「……なぁに? セツナ」

「ルッ……ク……は?」

「大丈夫、心配ないよ」

──瀕死の重傷を負った己を癒す為だけに、不完全な真の紋章を使って……否、使い過ぎて、紋章に生気を奪われて、今にも、意識を手放す寸前のセツナ。

苦しそうに顔を歪め、荒い息をしているセツナを膝の上に抱え、抱き締めてやっているカナタ。

……そんな二人の醸し出す光景が。

ルックには、不快だった。

手放した意識を取り戻すや否や、それと引き換えにしたかのように、倒れ込んだセツナと、ふらりと傾いだセツナの体をさっと抱き上げたカナタが大樹に凭れている、その一角を。

ルックは、見るのも嫌だった。

けれど。

彼等が今、そうしているのは確かで、それが、己が傷付いたことに帰因しているのも確かで、切り裂かれて血だらけの服を被う為に、フリックが肩から掛けてくれたマントの裾をぎゅっと掴みながら、ルックは、二人の少年達が占めている場所を、見遣らずにはいられなかった。

「……ルック? ルックも、少し休んだ方がいいと思うよ」

いまだ、青褪めた顔のまま。

フリックのマントを羽織って、呆然とした風に立ち尽くす彼に、フッチが近寄る。

セツナのことはカナタに任せ、少年達より少し離れた場所で休んでいるビクトールとフリックの元へ行こう、と。

「…………判ってるよ……でも……」

しかし、同じ年頃であるフッチの促しに、珍しく素直に、こくりと頷きながらも彼は、立ち尽くすその場から、動こうとはせず。

「セツナさんとカナタさんが、気になる? あの二人なら、きっと──

「……っ、そうじゃないっ!」

セツナとカナタのことなら、きっと大丈夫、とフッチは云い掛け。

告げられそうになった言葉に、ルックは声のトーンを跳ね上げた。

「ルック……」

彼が、苛立っている癖に悲しそうな色を頬に浮かべる理由が判らなくて、フッチは躊躇いつつ、もう一度、ルックを呼ぶ。

「……そうじゃ、ないんだ……。唯…………」

すればルックは、詫びたそうな気配を瞳の中に浮かべ、フッチを横目で眺め。

言葉を飲み込み、唇を噛み締めたまま、見たくもない風景のある一角へ、そろりと近付いた。

「…マク……ド……ルさ……」

「……苦しい? セツナ……。辛いだろうけど、頑張って。──大丈夫、だから。眠ってもいいよ。僕が付いてる。こうしていてあげるから。ずっと、傍にいるから。眠っても、大丈夫。……少し、休もう? ね? セツナ。そうすればきっと、楽になるから」

「……は…い……」

──…一歩、又、一歩、と。

天魁星の許に生まれた少年達に近付くにつれ、彼等の会話は鮮明に、ルックに届いた。

生気を奪われた痛みに喘いでいるようなセツナの姿も、膝上の彼を抱く手に力を込めて、その呪われた右手で、眠りをいざなうように、髪を撫でるカナタの姿も。

鮮明に、瞳の中に、映った。

「……何? ルック」

セツナとカナタの眼前に立つ程までに、近付いたルックに、カナタが面を上げる。

すっ……と一度深く息を吸って、カナタの胸に頬を押し付け、意識を闇に追いやった、セツナを『守る』、手も止めず。

「…あ……」

そんなカナタと、弛緩したセツナとを見比べ、ルックは何かを云うべく口を開いたが、何かは結局何かでしかなくて、音にはならず。

カナタと視線を合わせたまま在ることが気まずくなって、彼は視線を彷徨わせた。

「……カナタ、それ………」

と、うつろわせた視界の中に、カナタの右手が飛び込んで来て、ルックは顔を顰める。

見止めたカナタの右手は。

茶色の皮の手袋の上からもはっきりと判る程、鈍い色に輝いていた。

魂喰らいの、紋章の形に。

「ああ、これ? 気にすることはないよ。一寸、興味でも湧いたんだろうさ。──ソウルイーター。引っ込んでな」

ルックの見詰める先に気付いて、ふっとカナタは『微笑み』、軽く右手を振った。

彼がそうしてしまえば、瞬く間に鈍い色は褪せ、魂喰らいの形をしていた光も消える。

「…………馬鹿だよね……。あんたも、その子も……」

何事もなかったかのように。

その右手で、セツナを撫で続けるカナタを見遣り、ルックが小声を吐いた。

「どうして?」

馬鹿、と云う呟きに、カナタはきょとん、と小首を傾げた。

すればルックは、二人から視線を逸らしたまま、ぼそぼそと、苛立ちを語る。

「輝く盾の紋章、なんてさ……。全力で使えばどうなるか、充分過ぎる程知ってる癖に、その馬鹿……何にも躊躇わないで使うし……。あんたはあんたで……。魂喰らいがどんなモノか知り過ぎてる癖に、紋章が興味示す程、セツナ構ってさ……なのに、ソウルイーターなんて、どうってことない、だって……。馬鹿じゃないの?」

「だから、何で、それが馬鹿?」

「……だってっ! ……真なる27の紋章なんて、どれもこれも、皆呪いばかりで、まともな運命齎してくれるモノなんて、一つもありゃしないってのに。何も気にしない風に……僕達は平気だって、云わんばかりに……。──ああ、あんた達が、紋章のこと何一つ気にしちゃいないなんて、そんなこと、僕だって思わないさ。だけどあんた達は、真の紋章持ちで、天魁星の癖に、何時だって前を向いてて、何も躊躇わなくて、運命なんて、甘受は出来ないけど受け止めることは出来るって嘯いてて、紋章は所詮、紋章でしかない、なんて……。そんな、こと…………」

「…………『そんなこと、僕には言えない』、かな? ルックが飲み込んだ先に続く言葉は」

眼差しを合わさぬまま、苛立ちも露に語ったルックが、最後に飲み込んだ言葉はそれか? と。

それまで、黙って彼の話を聞いていたカナタが、にこりと笑った。

飲み込んだ言葉を言い当てられて。

ルックは又、唇を噛み締める。

「…呪いたくないのかい? 君は。自分を、紋章を、運命を。……どうして、棄ててしまわない……? 何も彼も……。──何も彼も、砕いてしまえば……棄ててしまえば……紋章なんて、この世から消えて、自分も消えて、救われるかも知れないのにっ……」

そうして、彼は。

掛けられたままのマントの裾をきつくきつく握り締め、俯いた。

「……ルック?」

そんな彼を、暫しの間、じっとカナタは見詰めていたが。

やがて、彼の名を呼んだ。

「君が、その瞳の向こうに何を見るのか。何を見て、そう嘆くのか。そんなことは僕の知ったことじゃないし、興味もない。だから僕には何も言えない。僕に言えることは、唯。紋章は、所詮紋章でしかなくて。運命は所詮、運命でしかない、と云うそれだけだ。でもね、ルック」

「……何さ」

名を呼ばれて。

何時もの『繰り言』を聞かされ。

吐き出すような相槌を、ルックは返した。

「三年前のよしみで、特別に教えておいてあげるよ。──僕とセツナは、天を魁ける星の許に生まれた。だから、僕が辿り着いた『高み』、セツナが辿り着くだろう『高み』、それは決して、ルックには見えないだろうってね。……だけど。ルックが、天間星の許に生まれたルックが辿り着く高みは決して、僕達には見えない。僕達には僕達の運命があり、ルックにはルックの運命があるから」

「それが、どうしたってのさ……。当たり前のことじゃないか……」

「そうかな? 本当に、当たり前のことだと思ってるかい? ルック。運命は、所詮運命でしかないって僕達の言葉を、君は履き違えていないかい? 運命ってのはね、命を運ぶ先って書くんだよ。生まれてしまった星、それは僕達にはどうしようもないことだ。だから、僕はそれは受け止める。けれどね、その導きの許、命を運ぶのは誰だい? 自分だろう? だから、唯の運命なんて、僕は甘受しない。…………ルック? 天魁星と天間星の運命は違う。僕達のように、歩き続ける必要は、君にはない」

立ち尽くす、魔法使いの少年に、語り続けることに。

どんな悪態で返答をされても、浮かべた微笑みは違えず。

「ああ、それとね。もう一つだけ、教えておいてあげるよ。──ルックが今、肩に掛けているマントは、誰の物? 傷付いた君を癒したのは誰? 休もうと、声を掛けたのは誰? 何も云わず、唯向こうで、待っていてくれる熊は誰? 今、君と喋っているのは誰? …………君は、一人じゃないんだよ。いいね? ルック」

少しだけ、瞳の色を変え、真直ぐにルックを見詰め、カナタは云った。

その、カナタの眼差しに。

返す言葉をルックは一瞬、失う。

が、カナタは、もうルックには構わず。

「ん……」

「セツナ、未だ、寝ててもいいよ」

遠退かせた意識の中に、ルックとカナタとやり取りが届いたのか、身を捩って薄目を開いたセツナを抱き直すことに専念してしまった。

「ルックぅ……?」

カナタの言葉に呆然とさせられ、態度に突き放され、動きを止めたルックを、今度はセツナが呼ぶ。

「……何」

「あ、ホントに元気だ……。良かったぁ……」

呼ばれたから仕方なく。

渋々、カナタに抱かれるセツナの顔を覗き込んだら。

……にっこりと。

そう例える他ない程に、にっこりと、セツナに微笑まれて。

「当たり前だろ。君は何の為に、そうしてるのさ」

ふ……とルックは溜息を吐いた。

「だって……」

耳元で聞かされた溜息とつっけんどんな物言いに、セツナの笑みは見る見る内に、拗ねたような物になったが。

「だって、じゃないよ。紋章使えばどうなるか、知ってるだろう? お馬鹿」

「……だってぇ……。いいじゃない、僕の紋章なんて……お便利アイテムなんだからさ……」

「お馬鹿だね、本当に」

何処までもルックは、何時もの言い方を変えず。

「………………紋章よ……──

屈めていた背筋を、ピンと伸ばすと、力を込めてロッドを握り、詠唱を唱え出した。

「ルック?」

「……え?」

彼が始めたことに、カナタもセツナも、目を見開いたが。

その程度で、ルックの詠唱が止まる訳もなく。

ゆるく巻き起こった風と光に包まれ、二人の姿は消える。

「先に、バナーで待ってなね。そうすれば少しは、楽だろ……」

少年達が掻き消えたが為、誰も座することなくなった大樹の根元に向けて、ルックは一人、呟いた。

「おーい、ルック。この峠道からトランに掛けては、時空がどうとかだか、魔法がどうとかだかで、瞬きの魔法は使えないんじゃなかったのか? なのにお前には出来るのかよ、便利だなあ」

……と。

少年達とルックのやり取りを、遠巻きに見守っていたビクトール達が近付いて来て。

「さあね」

「そんな芸当が出来るんなら、俺達も運んでくれよ」

「冗談。僕は、疲れることは嫌いだって、云ってるだろ? 汗、掻きたくないんだから」

ビクトールと並び、自分達も転送してくれと云ったフリックに、彼は、ばさりと借りていたマントを突き返した。

「でも、カナタさんとセツナさんの二人だけじゃ……」

問答無用で飛ばされた二人を案じて、フッチが首を傾げる。

「平気だろ、あの二人なら」

が、それにもルックは淡々と、言葉を返し。

「……ああ、でも。僕ももう、暫くはこの峠は、御免だね」

フッチの腕だけを掴んで、彼はロッドを振った。

「え、あ、おいっ! ルックっ!」

「俺達はどうするんだよっ!」

瞬く間に掻き消えていく二人の姿に、傭兵達が、ぎゃあぎゃあと喚いたけれど。

「後から来れば? バナーで待ってるから」

冷たい一言を言い残してルックは、ロッドを振り終えた。

運命を運命と受け止め、運命を運命と撥ね除け。

紋章など、所詮紋章でしかないのだと。

彼等が、どうしてそんな風に思えるのか、僕には判らなかった。

理解も出来なかった。

唯、連中を見てると、苛々した。

腹立たしくて、目を背けたかった。

あの二人を見ていると、僕はとても、苦しかった。

…………僕は。

冷たい灰色の、静寂だけに満たされる未来を見続ける僕は。

生まれた時からこの身にあった、真なる風の紋章を、『運命』を呪い続ける僕は。

認めたくなかった。

彼等の中に、『夢』を見ることを。

『夢』を、見続けることを。

僕は、認めたくなかった。

僕の『夢』を、託してしまいたくなかった。

僕は。

結局は、宿星の一人として、天を先駆ける星に魅せられる僕は。

彼等の中に、『夢』を見ても、許されるのだろうか。

僕の『夢』を託しても、許されるのだろうか。

天を見上げて瞳を閉じて。

両手を広げ、立ち止まっても。

僕は、赦されるのだろうか。

もしも、それが、赦されるのなら。

それが僕にも、赦されるのなら。

ああ、けれど。

彼等の命の運ばれる先と、僕の命の運ばれる先は、等しくはなくて。

僕は、一人ではないけれど。

『等しく』は、なくて。

End

後書きに代えて

Wリーダーと、ルックの為だけの、小説です(素)。

『幻想水滸伝3 補完小説』の前振り。

……覚悟決めた、書いちゃる、海野的幻水3補完小説、と心に誓ったので(ええ、Wリーダーとルックの為だけに、書いちゃる)、その前哨戦、書いてみました。

あ、そうそう。傭兵コンビのお二人さん、置き去りにして御免(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。