カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『彼の人が、訪れた日に』

にこり、と微笑んだ人に向けて、少し意外そうな顔を、峠の出口でフリックは作った。

「……もしかしてお前、一緒に本拠地まで行く気か?」

「ああ。……セツナと、約束したから」

若干目を見開いて、さも、冗談だろう? と言いたげに、付いて来るのか、そう尋ねて来た旧知の傭兵に、カナタ・マクドールはさらりと答えた。

────昨日のことだ。

トラン共和国へ向かう為に通りすがった、国境の村、バナーにて、ハイランド皇国と交戦中の同盟軍盟主、セツナと、セツナに率いられた面々が、今を遡ること三年前、トラン解放戦争を制した解放軍を率い、勝利へと導いた軍主にして建国の英雄と名高い、カナタ・マクドールと出会したのは。

……まあ、その時に、色々とあって。

カナタの故郷でも有る、トラン共和国の首都・グレッグミンスター、黄金の都と名高いそこへの、セツナ達の道行きに、カナタは同道することとなり。

一言で云うなら、『すったもんだ』の挙げ句、一同は、カナタの生家で一晩をやり過ごし、三年前の戦争が終わった後、背を向けるように立ち去って、寄り付くことなかった黄金の都へ、カナタを引き摺り出す直接の原因になった、バナーの村の宿屋の姉弟、エリとコウを送って行くと云う、セツナ達に倣って、カナタも又、バナーまで引き返して来た。

カナタに会う為、セツナとコウとで案じた一計の所為で、本当に山賊に攫われ、挙げ句、グレイモスと云う名の魔物に狙われ、グレッグミンスターに今は住む、名医・リュウカンの世話になる羽目となったコウと、コウを案じる姉のエリを、バナーまで送り届ける道行きにカナタも付き合ったのは、まあ、言わば成りゆきに思えたが。

宿屋の姉弟と別れた後、同盟軍の面々に、デュナン湖の畔にある古城──同盟軍本拠地へと帰る以外の予定はなかったから、その時、盟主殿の『お供』をしていた者──フリックだったり、ビクトールだったり、セツナの義姉のナナミだったり、ルックだったり、と云った彼等は、暫しになるのか、今生の、になるのか、それは判らなかったけれど、兎に角、バナーの峠道の出口で、カナタとは、別れを告げることになるのだろうと、頭から決めて掛かっていた。

…………が。

家へと、エリとコウの姉弟が戻って行った後も、カナタはそこから立ち去ろうとはせず。

一行のリーダーである、『幼い』セツナも、カナタがグレッグミンスターへ戻ろうとしないのを、当然のような風情で受け止めていたから。

ひょっとして、このままカナタは本拠地まで付いて来るんじゃないだろうかと、胸に過った『予感』を、フリックが口にしたので。

カナタが、こくりと頷いてみせたのだ。

「…………セツナと約束、ねえ……」

このまま一緒に、かつて、ノースウィンドゥウと呼ばれていた古城まで、一緒に行く、と宣言したカナタに。

フリックは、胡散臭気な眼差しを送った。

「何か云いたいことでも? セツナと約束したんだから。その約束は守るよ」

今一つ、その真意が汲めない、とでも云う風な目をしてみせたフリックへ、カナタは、『一応』穏やかに告げた。

「いーじゃないですか、フリックさん。別に、問題ないでしょ? マクドールさんが、一緒にいてあげようか? って云ってくれたことに、僕が甘えたんですもん。僕、一緒にいて欲しいです、マクドールさんに。──ねっ、マクドールさんっっ」

予想外の出来事に、躊躇いを覚えつつも、足先だけは船着き場へと動かしている面々の輪の中で、フリックとカナタのやり取りが起こったのを聞き付け、二人の間に、セツナが割って入った。

後ろ向きで歩きつつ、フリックとカナタを見比べながらセツナがそう云えば、目と目が合った瞬間、セツナへ向けて、カナタはにこっと微笑み。

二人は揃って小首を傾げながら、『ねー? 約束だもんねー?』……とでも云うようなノリで、誠にわざとらしい可愛らしさを生み出す。

「………………何、そのノリ……」

昨日出逢ったばかりだと云うのに、早くも、和気あいあいと、実に仲の良さそうなカナタとセツナを横目で眺め、ルックが、嫌そうな息を吐いた。

「……まあ、いいじゃねえか。セツナが連れてくって云ってんだし。カナタだって、その気なんだし。本拠地には、三年前の面子も結構揃ってるから、懐かしい顔の一人や二人、カナタだって見たいだろうしな」

二人の醸し出す雰囲気へ、さも、信じられない……、そう言いたげな溜息を零したルックを、ビクトールが宥めた。

「私も賛成ーー。お城、楽しいですよー、マクドールさんっ。楽しいこと、色々あるし。人が増えると賑やかになって、私は好きだな」

ビクトールの言葉尻に乗って。

今度はナナミが、弟を可愛がってくれる人は、無条件に歓迎……と、はしゃぎ出す。

「マクドールさんは別に、お城に住んでくれる訳じゃないよ、ナナミ」

「え、違うの? でも、セツナと一緒にいてくれるって約束してくれたんでしょ? だったら、似たようなもんじゃない」

「……そーゆー理屈でいいのかなー……」

「何だっていいわよ、お姉ちゃんは。戦争絡みのことばっかりじゃ、滅入っちゃうもんね。賑やかで楽しいなら、それでいいんだって」

──ほんの少々、誤解をしている風なはしゃぎ方を見せるナナミへ、セツナは苦笑を向けたけれど、義弟の言い分など、さらりと彼女は聞き流し。

「仲良しさんだね。……ああ、そろそろ、船が出るんじゃないかな。急ごう?」

セツナとナナミを見比べたカナタは、二、三度、セツナの頭を微笑まし気に撫でて、船が出るよ、と一行を促した。

故に。

若干名、カナタを本拠地へと連れて行くことに、躊躇いを覚えた者がいない訳ではなかったが──後々の、カナタとセツナを考えれば言えることなのかも知れないが、この時、若干名の者が覚えたそれは、『嫌な予感』と云う奴だったのかも知れない──、先頭を切って、カナタとセツナの二人は、ラダトの街行きの船へ乗り込み。

…………或る意味では。

これからの、同盟軍本拠地の『運命』を乗せて、船は、川を上り出した。