料理勝負の見学を終えて、お昼御飯に舌鼓を打ってのち

何を思ったのやら、彼以外の誰にも判らない……が、そこに、何らかの意味はあるらしい目的を携えたような素振りを見せつつ、カナタは、セツナと共に、本拠地の探訪を続けた。

一度は無視を決め込まれたけれど、食事の後もやっぱりそれに付き合わされた、ビクトールとフリック──特に、ビクトール──は、本拠地内を彷徨うカナタの目的が、汲めそうで汲めず。

少々の苛立ちを覚えないではなかったが、カナタを案内しているセツナが、何の疑問も示そうとはしなかったので、結局、言葉にはし難い、何処となく『嫌』な雰囲気を漂わせながら、探訪に費やされた、その日の午後の残りは終わった。

「楽しかったよ。今日は、色々と有り難う、セツナ」

放浪の果て、帰って来た、本棟一階広場の大鏡の前で、カナタはにっこりしながら、セツナに告げる。

「……えっと……? あ、お帰り……ですか?」

「うん。今日の処は、帰るとするよ。僕はここに、住む訳じゃないしね。君の、宿星ではないし。セツナには、セツナの立場もあるから。今日は一先ず、お暇。でも又、迎えに来てくれる? 僕の方から、お邪魔もするけど」

「はいっっ。えと……何時、お迎えに行ってもいいですか?」

「勿論、何時でも。それこそ、明日来てくれても構わないくらい。でも、バナーの峠を越える時には気を付けて。────あ、そうだ。ビクトール、フリック」

今宵は、故郷の生家に帰宅する、と言ったカナタに、セツナはほんの少し、名残惜しそうな顔を作ったが、何時、迎えに来てくれても構わないよ、との約束を、彼が交わしてくれたから、セツナは元気を取り戻しつつ、予定を窺い出し。

カナタも、後ろ髪を引かれるような風情で、セツナへの、暫しの別れを告げ。

最後に、付け足しのように彼は、傭兵コンビへと向き直って。

「何だ?」

「言うまでもないんだろうけどね。セツナのこと、宜しく。守ってやって。この子に、『何事もないように』……ね。今日で、この城と軍の大体の体制、把握出来てねえ。……一寸この子には、色んな意味で特別に、『護衛』、必要みたいだから。二人に、僕からもお願いしとく」

暗に、己のいない間にセツナに何か遭ったら、只じゃおかない、と宣言したと取れる言葉を、カナタはビクトールとフリックに与えた。

「それじゃあね、セツナ。又」

「はーーい、マクドールさん。又、『明日』っっ」

「……え? 本気で、明日来るの? じゃあ、お茶請け用意しておくね。ケーキがいい? 焼き菓子がいい? それとも、果物がいい?」

「焼き菓子がいいですっっ」

「ん、判った。待ってるよ」

──そして。

明日早速、黄金の都へ行くと張り切るセツナと微笑みながら別れ、ビッキーの操る、瞬きの魔法の力を借り、彼は、同盟軍本拠地より消えた。

「あーあ。マクドールさん、帰っちゃった……。お兄ちゃんが出来たみたいで、楽しかったのになー……。ま、いいや。明日お迎え行くもんねっっ」

掻き消えるように去ってしまった人が、たった今まで立っていた場所に、寂しそうな眼差しをくれつつも、前向きにセツナは握り拳を固める。

「セツナ……。お前本当に明日、グレッグミンスター行く気か?」

「うん、そだよ? 今さっき、マクドールさんと約束してたの、聴いてたでしょ? あ、だから明日も、付き合ってね、二人共。後、誰に付き合って貰おうかなー……。んー、楽しみ。……あっっ、なら僕、明日の準備しなきゃっっ。じゃあ、又後でねーーーっっ」

揚々と、決意を固めるセツナに、恐る恐るビクトールが、質問の形を取ってはいる異議を唱えたが、盟主殿の決意は翻らず。

いそいそと彼は駆け出し、階段を昇って行った。

「又明日、あの峠を越えるのか…………」

盟主より下された決定に、フリックが侘びし気に、天井を仰いだ。

「『護衛』……ねえ……。どー云うつもりなんだかな、カナタの奴……」

フリックとは対照的に、ビクトールは軽く、石畳の床へと視線を落とした。

──そのまま、暫し。

ビッキーの守る大鏡の前で、二人は全身に、哀愁を漂わせたまま佇んでいたが。

何時までも、こうしている訳には……と、直ぐそこにある、レオナの酒場へと足先を向け。

「カナタがどう云うつもりかなんて、俺に判る訳ない」

「そりゃ、そうなんだがよ。……あいつどうやらセツナのこと、溺愛したいみたいだしなあ……。セツナには、耳障りのいいこと云ってやがったが、遭遇しちまった料理勝負のアレとか、今一つ、気に入らねえみたいだったし。そっから先、この城ん中彷徨ったのは結局、どうやって、セツナが『守られてるのか』を知る為だったみてえだし。…………俺はあいつが、判らなくなりそうだ……」

「元々、判らない奴だろ、カナタは。そりゃ、度合いも意味も、全然違うが……あの戦争の時もそうだったじゃないか。そんなの、良く判ってるだろう? ビクトール」

「……まあな。でも、アレはやり過ぎだろ」

「…………アレ……って?」

「フリック。お前、何とも思わなかったのかよ、昼間、レストランでカナタが、セツナのこと抱き締めてみせた時の、アレ。まあ、俺だって、あの時は気付かなかったが……でも、よーーく考えてみな。あいつはな、この城の連中の前でああしてみせることで、自分とセツナが交わした約束の為に、自分はセツナと一緒にいるんだから、文句は言わせないって、公言してみせたんだぞ?」

「それは……考え過ぎなんじゃないのか?」

「バーカ。男と女の仲に置き換えて、例えてみりゃ判る。もしもセツナが女だったら。これは自分の物だ、って、そう云ってるに等しいじゃねえか、カナタのアレは」

…………トボトボと、足取りも重く。

何時もの憩いの酒場に向かいながら、ビクトールとフリックの二人は、ボソボソと、低い声の会話を交わし。

「……気持ちの悪くなるような例えをするな、熊。マジで、考え過ぎだろ、それは」

「そうとは、思えねえがなああ……。……って、俺のことを熊扱いすんじゃねえよ」

「熊は熊だろ。……ま、何でもいいさ。兎に角、あの二人は昵懇になった……って。それだけのことなんだろう、恐らく」

「………………気楽に考えられる質してる、お前が羨ましいよ、俺は。多分、ここに入り浸るようになるぞ、カナタの奴。……さーて、どうなるんだかな、これから」

「なるようにしか、ならないんだろうさ、きっと」

やれやれ……と言い合いながら、彼等は。

明日、グレッグミンスターへの『お供』が出来るだけの鋭気を養うべく、酒場の扉を潜った。

──この時、ビクトールが呟いていたように。

カナタ・マクドールが、同盟軍本拠地とされたデュナン湖畔の古城を、初めて訪れてより十数ヶ月の時が過ぎて、人々が身を投じたデュナン統一戦争が終結されるまで。

……否、終結されても。

トラン建国の英雄、と謳われて久しい『少年』の姿は、常に、と云っても過言ではない程、セツナの傍らにて見掛けられるようになり。

『約束』だから……と繰り返される、セツナとカナタ、二人の寄り添いが、その意味も度合いも深まるにつれ、歴史も少しずつ、『流れて』行くこととなるのだが。

今、それを知る者は、この城にはおらず。

表面的には。

この日の、カナタの来訪を境に、同盟軍の居城に集った面々は、トランの英雄殿の、からかいと暇潰しの『標的』とされる運命を、辿ることとなるのだけれど。

それも又。

今は、誰も知ることはなく。

End

後書きに代えて

カナタが、初めて、デュナンの城を訪れた日の出来事を書いてみたくなって、綴ってみたお話です。

……ホントはねー。

元々、料理勝負ネタのお話を書こうかと思ってまして。これでもか、って、コメディにするつもりで、考え出したお話なんですけども。

…………コメディと云うか……プチコメディと云うか、プチシリアスと云うか。

ええ、そんなことに……。

同盟軍の本拠地乗り込んだ初日に、セツナは僕の物です宣言、してたんですね、カナタ。

さぞ、傍迷惑だったことでしょう、同盟軍の皆さんは、ええ。

これから先も、酷い目に遭うんでしょうけれど。

……ま、相手がカナタだからね。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。