これは、一種の見せ物なんだろうか、と、どうしようもなく、カナタは言い出したくなった程、その場に居合わせた者達総出で、てきぱきと、手慣れた風に設えられ整った舞台が、ドン……と出現したレストランにて。
仕方ない、と彼が見学を決め込み始めて暫し。
何時の間にか、広いそこには、騒ぎを聞き付けたらしい『観客』が溢れ、静々と……と云うのもおかしな話だが、『静々』と、四名の、審査員らしき者達が、舞台に上がり。
セツナと、もう一人の料理助手らしい少年の支度も整い。
衆人が注目を注ぐ舞台の上では、フー・タンチェンと名乗る男の司会が始まって、午後も半ばのレストランに於ける、料理勝負の幕は上がった。
──幾ら、戦争中は娯楽が少ない、とは言え。
これは、余りにも盛り上がり過ぎなのでは……と思えるくらい、試合開始のその時を待ち侘びる観客達の盛り上がりは高まって、そんな中、カナタは一度だけ、俺の飯、俺の飲み物……と嘆き続けるビクトールとフリックを見上げ、料理勝負の審査員は、その都度、無作為に選ばれる宿星の誰かが、必ず務めなくてはならず、且つそれは、盟主の『絶対命令』の名の下、辞退することは出来ない、との事情のみを確かめ。
そこから先は、唯黙りこくって、勝負の行方を眺め、フー・タンチェンの、さり気ない『毒』の混ざった、騒々しい司会に耳を貸した。
…………口を開かせれば多分。
カナタからは、言いたくて仕方ないだろうことが、五万と吐き出されただろう。
たまにの『娯楽』に興じることを、悪いとは云わないけれど、行き過ぎって言葉、知ってる? セツナ…………とか。
君が、おおらか、と云うか、おっとり、と云うか、そんな質だから、この城の人達って、こうも悪ノリするのかもね……とか。
それにしてもあの司会、口振りから察するに、宿星全員の、味の好みを知ってるとしか思えないけど……それって、自己申告制? それとも、リッチモンドとか云う探偵が調べてるとか? ……だとしたら、こう云っちゃ何だけど、この軍って、或る意味凄いよ……とか。
その他、それはそれは沢山のことを、彼はセツナを捕まえて、懇々と、説きたくはあったのだろうけれど。
ひたすらに、沈黙を守り。
表情一つ、変えず。
彼は舞台を見守り続けた。
……まあ、カナタとて、お祭り騒ぎが嫌いな方ではないから、適当に合いの手を入れ、身動ぎもせずにそうしていれば、何時しか、様々な香しい匂いがレストランには漂い始め、勝負が始まった時と同じく、銅鑼が一つ打ち鳴らされ。
次々に、完成した料理が審査員の前へと並び、試食と、判定を経て。
此度の勝負は、ハイ・ヨーの勝利を以てして、幕を下ろした。
その後。
好き勝手に、今日の料理はどうのこうのとか、あれが食べてみたいの何のと言い合いながら、三々五々、観客が散って行く中、アントニオとハイ・ヨーの、友情溢れる一コマが、レストランの片隅では見られ。
思わず……なのだろう、恐らく。
本日の料理人達を取り囲んだ、細やかな人垣の中に混ざっていたカナタは、パチパチと、両手を軽く打ち鳴らした。
「……マクドールさん?」
小さな拍手をしたらしい彼に気付いて、セツナが彼の傍へと駆け寄って来た。
「え……? まさか……カナタ様?」
沸き起こった小さな拍手と、料理勝負の助手さえも勤める『器用』な盟主の様に、目先を奪われたアントニオが、ぴたりと動きを止めたけれど。
「うん、僕。元気だった? アントニオ。────ものすっっごく、良い物見せて貰った気分になったから。つい、拍手しちゃった。……セツナ。面白過ぎるよ、この軍」
ひらひらと片手を振って、動きを止めた相手をいなし、寄って来たセツナのみを見詰め、彼は破顔してみせる。
『騒ぎ』を見学していた最中、胸に過った数多の疑問や小言は、お首にも出さず。
「でも一寸だけ……『愉快』過ぎない?」
細やかに嗜める程度の台詞を、彼はセツナに告げた。
「……そですか? 何か……変ですか? でも、楽しくって、それでいて、皆幸せになるんだったら、いいかなーって僕は思うんですけど。戦争のことばっかり……って云うのも、嫌ですし。僕達ここで『生活』してる訳ですし。……それって、変……ですか?」
けれどセツナは、そうかな……と、ほんの少しだけ、おっかなびっくりと云った感じに、カナタを見上げた。
「…………成程。皆が幸せになれるなら……ね。────いい子だね、セツナ」
出逢って未だ、日の浅い人の前で、失態でも犯してしまったのだろうかと、不安を覚えたらしいセツナの弁に、カナタは瞳を細めた。
そうして、彼は。
細やかな人垣しか、今はもうない……とは云えど、決して無人ではない処か、語り合い始めた二人を注目している者達が、このレストランにはいるのを気にも留めず。
いい子、そう云うが早いか、セツナの頭
「へっ?」
「そういう君の為になら……。……うん。君の為だけに、何でもしてあげるよ、僕は」
「……ホントですか?」
「うん。約束。……大丈夫。共に、ゆこうねって、そう云ったばかりじゃない」
早朝、そうされた時のように、カナタの唐突な『表現』に、セツナは一瞬きょとんとしたが、それでも、続いた言葉に彼は、ほんわりと笑って、縋るような目を、カナタへ送った。
セツナの浮かべた微笑みと、送られた眼差しに、『一先ず』の満足を覚え、カナタは、『慈しみ』を深くする。
「………………カナタ。お前、ひょっとして」
周囲の注目など何処吹く風のまま、極端に云えば、『己達の世界』を展開し始めた二人を、うわー……と眺めていたビクトールが、そこで漸く口を挟んだ。
「何?」
「お前……セツナのこと、甘やかしたいのか? 夕べ、弁えてるとか何とか、言いやがったくせに」
「甘やかしてる? 何処が?」
「何も彼も」
「それは、誤解だと思うけど。──僕は唯ね、セツナが、あんまりにも可愛くて、健気で、いい子だから。『ずっと』、傍に付いててあげようか? って、改めて約束しただけ。それだけのことだよ」
その腕に、セツナを抱いたまま。
ビクトールの突っ込みに、一部分だけ力を込めて、さらっとカナタは言って退ける。
「……もしかして……俺達が心配してたのとは違う意味で、こいつ、おかしくなったんじゃないのか……?」
「…………それだけ、セツナのことが、気に入ったんだ……と思っておきたい、俺は」
トランの英雄殿と、家の盟主殿は、一体何を始めたんだろう……、そんな風に思いながら、少年達を見遣っていた人々を、魅了して有り余る程の笑みを、事も無げに浮かべてみせたカナタの弁を受け。
ビクトールが、相方のマントの裾を引きながら、こそこそと呟けば、呟かれた相方、フリックは、出来ることならこの状況、好意的に受け取ってやりたい、と、『逃げ』を打った。
「失礼だね、二人共。──ま、いいけどね。何をどう思われても、僕のやることは変わらないから。……セツナ。口の悪い大人は放っておいて、お昼御飯食べようか?」
げんなりしてみせた傭兵コンビを、ふん、と鼻で笑って、カナタはセツナを見下ろす。
「あ、そですね。さっき、ハイ・ヨーさんが料理勝負で作ったメニューなら、多分直ぐ食べられますよ。未だ余ってますから。それにします? お天麩羅ですけど」
『お供』のことなど、無視すればいい──そう告げていたカナタに倣って、セツナも、何事もなかったかのように、お天麩羅食べましょ、と、包まれていた腕の中より抜け出て、今度は、その腕を引き、細やかな人垣を抜け、テーブル席へと向かった。