カナタとセツナ ルカとシュウの物語

誰彼たそがれ

「ねー、セツナ。いいと思わない? ねっ、ねっ、ねっ? だから、行こうよっ! 明日は丁度、お天気もいいみたいだしっ。この間、ミューズから帰って来たばっかりじゃないっ。だからーー。あんまりお仕事ばっかりしてても、疲れちゃうからーっ。マチルダを攻めるまで、未だ時間あるんでしょう? 明日や明後日にどうこうってことにはならないでしょう? だからっ。ねえ、セツナ。セツナってばっっ!」

──ガンっ! と。

同盟軍本拠地の、最上階の部屋、則ち盟主の自室の扉を、渾身の力で開け放った後。

他の人にとってここは、『盟主様』の部屋だけど、私にとっては弟の部屋、と云わんばかりに。

どうしたの、と云う間すらセツナに与えず、とある計画についてナナミが語り終えたのは、彼女がその部屋に飛び込んでより、十数分後のことだった。

「………………ナナミ……」

セツナーーーーっ! ……と云う第一声と共にやって来た、ナナミと云う『嵐』の立てた音を綴るなら、ドン、ガシャン、ツカツカツカ、ガクガクガク、そんな感じで。

思いきり扉を開き、同じだけの力で閉め、足音も高く室内を横切り、セツナの胸倉を掴んで揺すぶって──尤も、ナナミ本人に、義弟の胸倉を掴んでいる、と云う自覚があるかどうかは謎だが──、ああでもないの、こうでもないのと云い募り出した義姉のやかましさと手荒さに、くらくらと眩暈を引き起こしながらセツナは、げんなりとした声を絞った。

「何? どうしたの、セツナ。何、くらくらしてるの。眩暈でもする? 具合悪い? セツナ、今日はちゃんとお昼御飯食べたの? 駄目だよ、ちゃんと食べなきゃ。だから、眩暈なんて起こすんだよ。セツナ最近、ひ弱になったんじゃないの? ……ああ、そんなことよりも。兎に角ね、そう云う訳なのよ、いいと思わないっ?」

が、ナナミは、セツナが何故、露な疲れを見せているのか、一向に気付かぬ風に。

己の用件を、再度熱っぽく語った。

「……あれだけ揺すられれば、誰でも眩暈起こすと思うんだけどな……。揺すられなくったって、ナナミのキンキン声、耳元で十分も聞かされれば、ビクトールさんだって眩暈起こすよ…………。只でさえ、今、僕…………」

──何っ、何か云ったっ!?」

「…………べーつーにー。──あー、えーと、何だっけ、ピクニックだっけ?」

我が義姉ながら、この強烈さを、少しでいいから何とかしてくれないかな、と、又喋り始めたナナミを他所に、ボソっと愚痴を零せば、そう云う処だけは地獄耳なのか、ギロッと義姉に睨まれて、慌てて、愛想笑いを浮かべ。

セツナは話を誤魔化した。

「あ、そうそう。そうなんだ。ピクニックに行きたいのっ。ビッキーちゃんとかとね、そう云う話になったのっっ」

すればナナミは、セツナの『誤魔化し』に気付くことはなかったのか。

コロッと表情を変えて、先程からの用件を繰り返した。

その日の午後、嵐のように、同盟軍盟主であるセツナの部屋へと飛び込んだ、セツナの義姉・ナナミが持ち込んで来た話は。

皆揃って、明日、ピクニックに行かないか、と云う『計画』だった。

ナナミがセツナに語った処によれば、そんな話が浮上したそもそもの切っ掛けは、ビッキーにあるのだそうだ。

数週間前のことなのか、数ヶ月前のことなのか、それは判らないし。

もしかしたら、トラン解放戦争当時の出来事なのかも知れないが。

『以前』、ビッキーは、常に約束の石版の前に立っているルックを見て、ふと、ルック君は寂しいのかな、と、そんなことを感じ、ピクニックに行こう、と誘った。

けれど、ルックはそれを、「行きたくない」の一言で突っぱねて、が、後になって、今日は天気が悪いから、とか何とか、ビッキーにフォローを入れるのは忘れなかったらしく。

……たまたま、『その時』の話を、ナナミやメグやミリー達とのお喋りに興じていた際、不意に思い出したビッキーが、

「明日はお天気が良いって話だから、ピクニックに行こうよ! ルック君誘って!」

と言い出したとかで。

「………………で、ナナミは、それに二つ返事で、うん、って云ったんだ……」

繰り返し繰り返し、だからセツナも、ピクニックに行こうよ、皆誘ってっ! と云い募るナナミを前にして、セツナは若干、遠い目をした。

「いいじゃないのー。戦争ばっかりしてると、疲れちゃうよ。セツナだってたまには、息抜きしたいでしょ? お姉ちゃんの頼み、聴いてくれたっていいじゃない。ねっ? 私、『皆』に声掛けて『来た』からっ!」

一方、だからお願いっ……と、義弟を拝み倒さんばかりになったナナミは、その時何故、セツナが遠い目をしたのか知らず、にこっと、花のように微笑んだ。

「………掛けて『来た』から……? まあ、いいや……。──そうだね。たまには、そう云うのも、いいかもね。シュウさん、うるさいことばっかり云うし。……あ、でも、ナナミ。『皆』……って? 幾ら何でも、お城の皆揃ってピクニックに出掛けたら、シュウさん、怒る処の騒ぎじゃないと思うよ?」

義姉の、華やかな微笑みを暫し眺め。

それもいいか、とセツナは、にこ……っと笑んだ。

「うん、だからね、それも、ビッキーちゃん達と一緒に考えたの。『大人』の人達には内緒で行こう、って。名付けて、『十代未満限定、若者勢揃いピクニック』っ! …………って云うの、どーお?」

「……それでも、充分叱られるような気はするけど……。──シュウさんに内緒で、って云うのも、面白そうだしね。対象の人達には、もう声掛けたんだよね?」

「うん。内緒ねーって、女の子達で手分けして、誘ったよ。……唯、クラウスさんとアップルちゃんはどうしよう、って思ってて……誘ったら、シュウさんにばれちゃいそうだから……。後、ホイはどうしても捕まらなくって、テンガアールちゃんがヒックスさんと一緒じゃなきゃ行かないって云うから、ヒックスさんにも、特別ね、って声掛けたのと……後……あー、トニーさんが、畑の方に付いてなきゃならないから駄目でー……。それくらいかなあ?」

「ふーん。……大丈夫なんじゃない? アップルさんとクラウスさんにも声掛けてみても。行けないって云われたら、なら、黙っててね、ってお願いすればいいんだし。……あ、どうせなら、ムクムク達も連れてこうか。ムクムク達とー、後、フェザーとかジークフリードも。キニスンと一緒に、シロは行くんでしょ?」

「ああ、そうだね、そうしようか。じゃ、私、ムクムク達捕まえて来るっ」

「なら、僕、ハイ・ヨーさんの所に行って、お弁当作って下さいって頼んで来るね」

この部屋に来るよりも先に、粗方の手配を整え終えていたらしいナナミの語ることに、うんうん、と楽しそうに耳を傾け。

セツナは最後に、お弁当はハイ・ヨーさんのお手製、と云うのを強調した。

「えー、何でー? これから、女の子達皆で作ろうと思ってたのにーーーっ」

「……………だーめ。皆でそんなことしてたら、大人の人達に不思議がられちゃうもん」

故に当然、お料理がっ! と張り切るつもり満々だったナナミは、不満そうな顔をしたけれど、セツナは、『素晴らしい建て前』を振り翳して、それを阻止し。

「じゃあ、後でね、ナナミ」

にこにこ微笑んだまま、一階レストランの厨房目指して、元気良く、が、何処か草臥れた様子を見せつつ、駆け出した。