ベッドの頭に寄り掛かるようにしているらしいカナタの胸許に、どっかりと、己が体を預けていると、起きた瞬間気付いたセツナが。

「…………あ、れ……?」

不思議そうな声を出しつつ、きょろきょろと辺りを見回したのは、もうそろそろ、夕暮れ時になろうかと云う頃合いだった。

「マクドールさん……? 僕……?」

もしかして、もう夕方? と、窓の外が、茜色に染まり始めているのを知ったセツナは、驚いたような顔になって、カナタを見上げる。

「目が覚めた? 大丈夫? セツナ。──うん、大分顔色、すっきりしたね。良く寝てたし。もう、平気かな」

見上げて来た彼を、ずっと見詰めていたんだよ、とでも云うように覗き込んで、にっこりと、カナタは微笑んだ。

「夕方まで、僕寝ちゃったんですか……。あー、お仕事、どうしよう…………」

「そんなこと、気にしなくてもいいよ。何とかなってるみたいだし」

「でも………」

「大丈夫だってば。それよりも、お腹空いたろう? 何か、貰って来ようか、ハイ・ヨーの所から」

「そですね……。あんまり、食べたくないような気もしますけど……食べなきゃ、駄目ですよねえ……。これ以上、体重軽くなっても、嬉しくないですし……」

微笑む人を見上げながら、お仕事がー、と嘆けば、それは気にしなくてもいいから、何か食べよう? と諭され。

応えを返しながらもセツナは、何を思ったのかペタペタと、カナタの肩辺りを触り始めた。

「…………何してるの?」

「いえ、その……。眠る前、体格の話してたじゃないですか。それ、一寸思い出して。いいなー、マクドールさん、しっかりした体付きでー、って思って……。見た目も実際も細いのに、いいなー……ちゃんとしてて、いいなー……」

「ああ、それで。──しっかり……ねえ。そうかな、普通だと思うけど。まあ僕は、一般的なそれよりも、遥かに環境には恵まれてたからね。尤も、あの頃のグレッグミンスターにいた十七歳前後の少年達って皆、僕くらいの体格だったよ」

ぺたりぺたりと、セツナがカナタの体を触り始めた理由は、数時間前の体格の話の所為だと知って、納得を示し、くすりとカナタは笑い。

「…………あー……何時だったかなあ……。そう云えばテッドとも、こんな話したことがあったっけ……。あの街に住んでるのは殆どが貴族だから、皆『肥えてる』んだ、って。嫌な顔されたな、テッドに。ま、それっきり、僕の体格は変わらなくなっちゃったけどね。僕だって子供の頃、大きくなれないかもー、なんて、家の者に心配された時期はあったんだけどなあ。『肥えてる』、は酷いよね」

何年前の話だったか忘れてしまったけれど、そう云いながら彼は懐かしそうに、親友の名前を口にした。

「テッドさん……ですか……」

すれば途端セツナが、不安そうな、何かを窺うような表情になり。

「……ね、セツナ」

色が変わった少年の表情を眺めながら、カナタも又、真顔になった。

「何です?」

「セツナにとって、輝く盾の紋章は、未だ、『お便利アイテム』?」

「そうですよ。ずっとそうです。多分、変わらないですよ。これは多分ずーーーーっと、僕の『お便利アイテム』です」

「…………どの意味で?」

「…………色んな意味です」

「……そう…………」

尋ねられたことは、少々唐突だったけれど。

真剣な表情となったカナタに問われるまま。

己にとっての紋章は、『唯のお便利アイテム』だと、何時も通りに答えれば、それは、如何なる意味に於いてか、と更に問われ。

一瞬、言い淀みはしたものの、セツナは、様々な意味で、と、正直に答えた。

すればカナタは、僅か、思案するような雰囲気を拵え。

「君は、強いね」

にこりと笑んだ後、セツナに絡ませた腕を解いて、身軽な風に立ち上がった。

「………………マクドールさん……? どうか、しました……?」

そんなカナタの醸し出す風情が、何処となく、何時もの彼とは異なっているように感じられ、セツナは顔を顰める。

「別に、どうもしないよ?」

「でも……。テッドさんのこと思い出した辺りから、一寸変ですよ? マクドールさん。……何か、ほんのちょびっとだけ、何時ものマクドールさんじゃないみたいで……」

「そう? 気の所為じゃないかな、セツナの。…………ああ、そうじゃなければ、この時間の所為かもね。黄昏れ時の。──黄昏れ時と云うのはね。元々、誰彼、と書いてね。たれそ彼、則ち、貴方はだぁれ? と問わなくてはならない時間帯、と云われたのが始まりなんだよ。今は丁度、『誰そ彼時』だ。……だから、じゃないかな」

ベッドより立ち上がって、数歩歩き掛けた処で振り返り、渋い顔を作るセツナへ、カナタはそんなことを云った。

「難しいこと云って、誤魔化そうとかしてません? マクドールさん」

「おや、その台詞は心外だね。そんなつもりは、これっぽっちもないんだけど。────ねえ、セツナ。何時も通りの僕には見えない僕は、『恐い』? でも……君は、『知ってる』んじゃないのかな、もしかしたら」

「…………そう、ですね………。そうかも、知れませんけど…………」

──恐らくは、何も彼も、この刻の所為だ、と、そう告げるカナタに。

益々以て、セツナが渋い顔を深めれば、『謎掛け』が返され。

それでもそれに、少年がいらえてみせれば、カナタは微笑した。

「大丈夫。例え、誰そ彼時の直中でも、君は僕を見失わないから。──ああ、いけない。一寸、待ってて、セツナ。ハイ・ヨーの所、行って来るから。序でに、その帰りに、そろそろ帰って来る皆が、シュウの手酷いお説教喰らわないように、あの軍師殿、イビって来る」

「あー……。程々にしておいてあげて下さいね、シュウさんイビるの。マクドールさんにこてんぱんにヤラれちゃうと、シュウさん逆に、皆へのお説教、倍にしそうですから」

笑いながら彼が、一寸出て来るよ、と留めていた足を動かし始めれば、セツナは、はっとしたような顔になった後、ムーーと眉間に皺を寄せ。

「お説教の倍返しなんて大人気ないこと、彼がするんなら、肝っ玉の小さい軍師殿を僕がからかうネタが、増えるだけなんだけどねえ。……ま、それはそれで楽しそうだから、僕はどうでもいいけど」

クスクスと、カナタは今度は、心底愉快そうに忍び笑った。

「マクドールさん、変な所、意地が悪いですよねー……」

「そうかもね。──じゃあね、セツナ、一寸行って来る。直ぐ戻って来るから」

「はーーーい」

部屋の片隅の壁に立て掛けておいた棍を、一応──何の為の『一応』なのかは、当人以外には判らないが──、と手に取りながら。

ひょいひょい、と片手を振りつつ、カナタは、部屋の扉を開け放ち。

するりとそこより出でて。

「…………捜せる……んでしょうね。僕は。マクドールさんのこと。……でもね、マクドールさん。マクドールさんは僕のこと、捜せますか……? この、『誰そ彼時』の中でも」

小さな声で、セツナがそう呟いたことには気付かず。

カナタは後ろ手で、ぱたりと扉を閉めた。

End

後書きに代えて

何のことはない、戦争中のエピソードの一つ。

ではありますが。

セツナとカナタの身長は幾つなんでしょう話、だったよーな気もします(笑)。

…………すみません、私、どーーーっしても、この世界の単位って、尺貫法だって云う思い込み、抜けないんです(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。