「魂喰らいの所為、か。……随分と、ふるった嫌味だな。セツナの傍で、余計なことをするなと云いたいなら、素直にそう云えばいいのに」
ほんの少々からかってやってから、追い出してやったシュウの気配が消えた後。
又、セツナの枕辺に添って、カナタはくすりと忍び笑った。
「魂喰らいの所為で倒れると云うなら、疾っくに、命もないよ。ま、セツナに限ってそんなこと、有り得ないけどね。…………今は」
眠り続けるセツナの髪を、静かに撫でながら。
今度はカナタはそう云って、右手の甲に宿る、魂喰らいに微笑み掛ける。
「過ち、とまでは云わないけどね。同じ失態は…………。────あ……。セツナ? 目、覚めた? どう、気分は。御飯、食べられる?」
──そんな、穏やかな風情であっても。
チクリとシュウにヤられた一言が、効いてはいたのか。
明らかに、常のそれとは違うと判る、それでも『綺麗』な笑みを浮かべ、カナタはぶつぶつ云い続けていたが、セツナが、薄目を開けて身動いだのに気付き、早口で喋り始めた。
「…………セツナ……?」
が、顔を覗き込んで、話し掛けてやっても、セツナの瞳の焦点は合わず、虚ろな視線は辺りを彷徨って、やがて、その面は酷く歪み。
「……痛い……」
滅多に告げぬ一言を、セツナは洩らした。
「痛い? 何処が痛いの?」
この子が、何を痛がっているのかなんて、問わずとも判るのに。
人間の条件反射と云うのは、愉快だ……と、頭の片隅で、そんなことを薄ら考えながら、カナタはセツナを抱き上げた。
「大丈夫。大丈夫だから。じっとしていれば、きっと楽になるから。セツナ……」
「痛……い……。痛い…………。どうし、よう…………。痛いよ…………。痛い…………痛い……いた…………」
「セツナ。しっかりして、セツナ。大丈夫、傍にい…………────」
その身の内を駆け巡る痛みに、懸命に耐えているのだろうセツナを強く抱き締め、傍にいるから大丈夫、そう云おうとして。
カナタは、ツ……と、口を噤んだ。
自分が傍にいるから大丈夫だ、などと。
果たして本当に、言えた台詞なのか、と。
…………そうして、彼は。
ふと、そんなことを思ってしまった彼は。
本当に薄く、唇の端に、『心からの笑み』を浮かべた。
────剥き出しにされたままの魂喰らい、それを宿したことを。
後悔など微塵もしていないし。
嘆いてもいない、悔やんでもいない。
況してや、憎んでもいない。
引け目に感じて、それを隠さなければ、などと思ったこともないし、唯、紋章と云うのは悪目立ちをするから、人の居る場所では手袋をしているだけのことで、必要があるならば、晒すこととて厭わない。
紋章など、己にとっては所詮紋章、と云う想いに、欠片程の偽りはなく、『今のまま在る限り』、セツナを魂喰らいにくれてやらずにおくことなど、造作もないことで。
例え、全てのモノを、等しい価値、等しい無価値、そんな風に映す瞳にすら、セツナだけが色を違えて映ったとしても。
それすら、『どうでもいいこと』、であるのは、変わりない『事実』なのに。
何故、この刹那自分は、己がセツナの傍にいることは、果たして………と。
考えてしまったと云うのだろう。
微塵程も、気にすることのない、『想い』の筈なのに。
「…………そんなに、効いたのかな、シュウのあの台詞は。それとも、この間グリンヒルで、ユーバーなんか見掛けた所為かな……こんなこと考えるのは」
くすりと、唇の形を歪めることのみで、笑いながら。
つらつらと、己が感情を胸の中で確かめながらカナタは、無意識の内に、セツナを抱き締める腕に力を込めた。
「判ってる。……判ってるんだ、何も彼も。本当は僕がどうしたいのか……ってことも……。ちゃんと、判ってる。だから僕は、『こうしてるんだ』ってことも……」
痛い、と呻き続けるセツナを掻き抱き、ぽつり、洩らして。
ああ……と、己が手に篭った力の強さに気付き、今だけは、セツナから手を放してしまおうと、カナタは、セツナへと廻した腕を解き始める。
「……痛……い……。マクド……ルさん…………。マクドールさん………。マクドールさんっ…………っ。マクドール……さ……ん……。お願……い……傍……いて…………」
──しかし。
カナタが腕の力を緩めた途端、セツナの囈言の中に、カナタの名を呼ぶ声が混ざって。
定まらない視線を彷徨わせる少年が、痛みを伴う夢の中、己を探しているのだと、カナタは知り。
「大丈夫。傍にいるから。……セツナ? 僕はちゃんと、傍にいるから」
優しい声音で、確かにそう告げた彼は、放し掛けたセツナの体を抱き締め直すと、自身の胸へと寄り添わせた。