カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『冬至祭』

元々から激しく寝起きは悪く、『輝く盾の紋章』を宿してよりこっち、徐々に朝が遅くなっているのは否めないが、若輩ながらも立派な武道家であるセツナの朝は、平均よりは早い。

周囲の者──主に、彼を『溺愛』して止まない、南の隣国トランの建国の英雄殿、カナタ・マクドール──の手を煩わせる程、時に『修羅場』な寝起きの有り様にさえ目を瞑れば、北の隣国ハイランド皇国との戦争真っ只中な同盟軍盟主として、褒められる程度ではある。

物心付く以前の幼い彼を拾い育てた、養祖父ゲンカク老師の躾の賜物だ。……一応。

だから、寒い寒い冬のその日も、この数ヶ月、ずーーーー……っと、寝起きすら共にしているカナタに叩き起されて、ぐずぐずと愚図りながらも、早朝にセツナは起き出した。

「おは、ようござ……い、ま、す……」

「うん、おはよう。……未だ、半分以上目が開いてないね。顔洗っておいで」

「ふぁい……」

情け容赦なく剥ぎ取られた暖かな布団を名残惜しげに見遣り、次いで、早朝だと言うのに、「本当に、この人は何時寝てるんだろう……」と、問いたくなるくらい顔も姿もシャンとしているカナタを恨みがまし気に盗み見てから、カナタに促されるまま、よろよろふらふら、同盟軍本拠地最上階の自室の片隅に向かった彼は、そこにある、小さな盥と水差しが用意されている小振りの台の前に立って、威勢良く顔を洗い始める。

未だ、城の女衆達も起き出すか否かの頃合いだから、洗顔の為の湯の支度をしてくれる者などおりはしない為、彼が使ったのは、夕べの内に汲み置かれた冷たい水だ。

だが、北国育ちのセツナは、暑さに弱い分、寒さには強いので、これくらいの方が目が覚めて丁度いい、と機嫌良く顔を洗い終え、手早く着替えを済ませると、パン! と部屋中の窓を開け放った。

────城内の農園の管理を任せている農夫のトニーや、城の者達の胃袋の面倒を一手に引き受けているレストラン管理者のハイ・ヨー、早朝訓練を半ば趣味の域にまで達しさせている元マチルダの青騎士達、といった面々は、既に一日を始めているだろう早朝の冴え冴えとした空気を部屋一杯に取り込み、何処からともなく聞こえてくる微かな喧騒に耳傾け、窓辺より空を見上げて、セツナは、

「お日様はこれからですねえ」

未だ、朝日も顔を覗かせていない東の空を眺め、しみじみ呟いた。

「そうだね。もう直ぐ、今年最後の月も終わるから。今が、一年で一番、陽の短い時期だ」

夏の頃は、この時間でもお日様は燦々だったのに、と身を乗り出すセツナの傍らに添って、カナタも又、空を見上げる。

「ですね。もう一寸で冬至ですもんねー」

「ああ。でも、冬至が近いということは、新年も近いということだからね。……お正月、楽しみだね、セツナ」

「はい! けど、お正月を迎える前に、城内一斉大掃除です! ゲンカクじーちゃんが言ってたみたいに、年神様をお迎えする為にも、お城中綺麗にしないとです! 塵一つまで、徹底排除です!」

何時の間にやら、一年で一番陽の短い日は直ぐそこで、年の瀬とお正月も直ぐそこで……、とカナタと語り合ったセツナは、「年末。そう、それは大掃除の時!」と異様なまでの情熱を瞳に灯し、ガッ! と両手で握り拳を固めた。

「……あー……。明後日だよね、城内一斉大掃除決行日」

「ええ! じーちゃんの名前まで出して、泣き落として、何とかシュウさんの許可もぎ取った、待ちに待った日です! 例え、誰が反対しても決行ですっっ。ってか、この期に及んで反対なんかする人がいたら、僕、シバき行きます」

「………………。……いや、そのね? 年の締め括りの大掃除は良いことだと思うよ、僕も。でも、全員、手拭いで姉さん被りするのと、掃除をするのに向きじゃない服装の者は襷掛けするのが必須、って言うのは……」

「え、マクドールさん、何か不思議ですか? 姉さん被りに襷掛けは、お掃除の正統派な格好です。僕は、そう信じてます」

「…………うん、そうだね……」

余りにも庶民的過ぎて、且つ、年季の入った主婦の如くな熱弁に、カナタが引き攣り笑いを浮かべたのにも気付かず、誠に同盟軍盟主らしからぬ小さな彼は、益々情熱を迸らせ、

「僕、すんごい楽しみです。も、張り切ります。とっても張り切ります。張り切らないでどうする! って感じです!」

オーーー! と一人、並々ならぬ決意に満ち溢れた雄叫びを、静寂に包まれた早朝の空へと放った。

そんな、日の出すらこれから、な早朝に、セツナが、年末城内一斉大掃除への熱意を振り撒いた日より三日程が経ち、「盟主殿自ら、そのようなことに勤しむ暇があるのなら……」と、実の処は文句たらたらだった、正軍師のシュウの不興を無視して決行された大掃除も何とかかんとか終わった、明日は、冬至を迎える、という日。

「マクドールさん。僕、一寸出掛けてきます」

昼下がり、取っ捕まっていた軍師達の『魔の手』より逃れてきたらしいセツナは、彼が戻るまでの暇潰しに、本拠地本棟一階はレオナの酒場にて、同盟軍の腐れ縁傭兵コンビをからかっていたカナタの許へやって来るなり、元気一杯な『お出掛け宣言』をした。

「ああ、セツナ。正軍師殿達のお説教、終わった? ……って、出掛けるの? 一人で?」

「一人じゃないです。ムクムク達とです」

「……何処に? 僕も付き合うよ?」

「駄目です。マクドールさんにも内緒のお出掛けです。大丈夫ですよ、直ぐに戻って来ますから」

「でも、セツ──

──どうしても、今日は駄目です。それじゃ、マクドールさん、行ってきまーーーす!」

その宣言は、『セツナ馬鹿』が、そこまで行けば立派な病気、と言える域に達しているカナタにしてみれば、どうしたって酷く気に喰わないそれで、少々眉間に皺寄せつつ、彼はセツナを言い包めようとしたが、セツナは、『無邪気なだけの子供の顔』のみを全面に押し出し彼を退けると、タッと身を翻し、走って酒場を出て行った。

「ははは。綺麗さっぱり振られたなー、カナタ」

一歩及ばず逃げられた……、と、途端に臍を曲げた顔付きになったカナタの様を、ビクトールは豪快に笑う。

「振られたとか、そういうことじゃないと思うけど?」

「しかし、珍しいな。セツナがお前を置いて、なんて」

先程まで喰らっていた、からかいの意趣返しを果たした熊の如き傭兵を、キッとカナタは睨んだが、相方とは違い、セツナを案じる様子を見せたフリックの言葉に同意する風に、肩を竦めた。

「まあね。でも、セツナは、僕にも内緒で何かしたがることも多いよ」

「いいのか? 放っといて」

あの子は案外、あれでいて秘密主義、と苦笑するカナタに、フリックは一層、心配気になったけれども、

「平気だろ。気にすんな。本当に、カナタにも知られたくない何かをやらかしに行くつもりなら、わざわざ、出掛ける、なんて伝えに来ねぇだろ、あいつだって。……要するに、その程度のことしかやらかす気はねえってこった」

したり顔で、ビクトールは相方の不安を吹き飛ばす。

「ああ、それに関しては、ビクトールの言う通りだね。……ま、そうだと判っていても、僕は心配だけど」

「……ほんっと、過保護だなー、お前は……。ちったあ、セツナの好きにさせてやれって。直ぐに帰って来るって言ったんだ、あいつが戻って来るまで、俺達の酒にでも付き合ってろ」

何時までも愉快そうに笑うビクトールの正論に、そんなこと、言われなくても判ってる、とカナタは唯々機嫌を損ね、が、笑い続ける当人は、知らん振りして彼へと酒を勧めた。