セツナが、一人何処かを彷徨う際の「直ぐに戻る」は、大抵の場合、一刻前後を指すのだが、思いの外、某かに手間取っているのか、二刻が過ぎても彼は帰城しなかった。

「……おかしい。もうそろそろ、夕飯の時間なのに」

故に、セツナに何かが遭ったかも知れない、やっぱり、ムクムク達とだけでなんて出掛けさせるんじゃなかった、とカナタは苛立ちを顕にし始めた。

「落ち着けって。一寸、用が長引いて────

「キャーーーーーーーーーーーーー!!!!」

明らかに目付きが据わってきた彼を盗み見、「これは、荒れるな……」と、ビクトールも流石に冷や汗を掻き始めたその時、レオナの酒場の直ぐ横の、本拠地本棟一階広間から、転移魔法を操る少女、ビッキーのものらしき悲鳴が轟いた。

「何だ!?」

「まさか、マジで何か遭ったか!?」

正しく絹を裂くような悲鳴に、フリックとビクトールはガタリと椅子鳴らして立ち上がり、彼等よりも尚早く椅子を蹴っていたカナタは、既に酒場の入り口を駆け抜けていた。

「ビッキー! 何が……──。……え?」

先程の悲鳴が消えてよりも、きゃあきゃあと、ロッドを振り回して暴れるビッキーの許へ駆け付けたカナタは、常に携える棍を構えつつ彼女の名を呼び……、が、転移魔法の出口である大鏡前に、デーーーーーーーーーン! と鎮座していた二頭の猪に、我が目を疑う。

「御免! 御免ね、ビッキー! 僕! 僕だから! もう猪生きてないから! おーちーつーいーてーーー!!」

どう見ても、この二頭、既に『狩られた』後のようだけど……、と拍子抜けし、思わず成り行きを見守ってしまった彼の耳に、今度は、セツナの叫びが届いた。

「……セツナ…………?」

「はい、僕です!」

「…………あ、いた……」

目に映るのは猪ばかり、と声はすれども姿の見えぬセツナを探せば、彼の身を覆い隠して余りある、一頭の猪の真下に、その姿はあった。

要するに、己よりもデッカい猪を、セツナは一人で担いでいたのだ。

因みに、もう一頭を担いでいたのは、ムクムク達、五匹の『ムササビ戦隊』だった。

「……えーーーと……」

「はあ? 何だ、こりゃ?」

「猪……?」

だから、「セツナ…………」とカナタは頭を抱え、丁度そこに飛び込んできたビクトールやフリックは、やはり、大きな猪二頭に目を見開く。

「君は一体、何をやってるの……」

「猪、狩ってきたんです」

「……うん。それは、見れば判る。立派な猪だな、とも思う。僕としては、流石だね、とも言ってあげたいよ? でもね、セツナ……。僕の言いたいこと、判る……?」

「…………う。はい、何となくは……。……御免なさい、マクドールさん……。皆も、驚かして御免ね……?」

瞬きの手鏡にて帰城した──くどいようだが猪付き──セツナの様を、真っ先に見てしまって悲鳴を上げたビッキーや、驚きっ放しの傭兵コンビだけでなく、何だ、何だ? と集まってきた野次馬達と、流石に堪え切れなかった呆れを声に滲ませたカナタの様子から、「あれ、まずかったかな……」と悟ったらしいセツナは、ムクムク達と一緒に、しょぼん……、と頭を下げた。

「嫌ぁぁぁぁぁぁ! い、猪ぃぃぃ! セツナさん、それ、何処かにやってーーーーっ!」

「わわわっ! 御免!」

狩られたてほやほやな猪を担いだまま頭を下げれば、当然、その猪の頭もペコリと下がる訳で、又、ビッキーは悲鳴を上げ、あわあわとセツナは慌て、

「セツナ。君はそれ、どうする気なの?」

「え? 勿論、食べるんですよ? ハイ・ヨーさんとユズに、捌いて貰ってからですけど」

「なら、今直ぐ、牧場に行こうね」

「……はーい…………」

居合わせた野次馬の一人にビッキーの面倒を押し付けると、カナタは、ビクトールやフリックは言うに及ばず、やはり居合わせた野次馬達の中から頑丈そうな男達数名を見繕い、セツナを促し、皆で担ぎ直した立派な猪二頭を、牧場へと運んだ。

一階広間にて起こった騒ぎと事の顛末を聞き終え、目を三角にしたシュウより、「どうして、盟主殿は、そのようなことばかりをなさるのですか」と、セツナが盛大に説教を喰らった、その日の宵の口も過ぎ。

何故、ムクムク達だけを連れ、猪刈りなどをしてきたのかと、少々しつこかったカナタの追求を、何とかセツナが躱し切った夜半も終え、迎えた翌日。

──その年の、冬至当日。

やはり、ひたすらカナタの追求と『べったり』を躱し、セツナは朝から、ハイ・ヨーと共に本拠地西棟一階のレストラン厨房に篭った。

ハイ・ヨーと、軍の牧場を管理している少女のユズと、セツナの三人に手際良く捌かれ、牡丹肉へと姿を変えたそれを食材に、調理人達が延々と勤しんだ為、何時の間にやら城内には、今夜は宴会が催されるらしい、との噂が広まった。

人々の口から口へと伝わった噂は、あながち間違いではなかったが、

「今日は冬至だから、冬至祭をやりまーす!」

調理人と化してより数時間後、や……っと厨房から出てきた『小さな』盟主殿から飛び出たお触れは、飲兵衛達が期待していたような酒宴でなく、一年で一番陽の短い日の祭り──冬至祭を行う、とのそれだった。

────遥か昔、今とは違う暦が一般的だった時代、数多の国が、その日を新年の始まりの日と定めていた。

その為、当時の名残りとして、冬至の日に祭りを執り行う風習を持つ地域は世界中にあり、ここデュナンにも、トランにもハイランドにも、それぞれの地方の慣らいに則った冬至の過ごし方がある。

……だから。

先日の早朝、自室の窓辺より空を眺め、もう直ぐ冬至だ、と改めてしみじみ思ったセツナは、少しでも、各々の故郷にての冬至の雰囲気を味わえたら、仲間達も喜んでくれるかも知れない、と、本拠地にての冬至祭を思い立った。

ハルモニア、ハイランド、デュナン北部には、家族と共に猪肉を食す習慣があるので、その為の猪を自ら狩りに行き、家族にケーキを贈る風習が残っているマチルダ地方の者達の為に、小さなそれを沢山焼き、神への祈りのみを捧げる慣わしを持つ地方の者達の為に、中庭に幾つも篝火を焚いて、デュナン南部及びトラン北部の風習通り、小麦をふんだんに使った料理に魚料理、それに団子を拵え、一応、飲兵衛達の為に、『らしい』酒も用意して、彼は。

「そういう訳で、今夜のレストランのお献立は、色んな所の冬至祭のご飯です。ハイ・ヨーさんが、張り切って作ってくれたから、皆、一杯食べてねー!」

え、いきなり、冬至祭やるの!? と昨日に引き続き驚きを見せた仲間達へ、ほんわり……、と笑みつつ伝えて歩いた。

勿論、「又、貴方は勝手にそういうことを!」と、激烈説教態勢に突入したシュウの不興もお小言も、それはそれは見事に蹴っ飛ばしつつ。