カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『冬菓』

同盟軍盟主・セツナの義姉、ナナミが、北方の城、ロックアックスにて亡くなり。

彼女の葬儀と埋葬を終えて、二、三日程が過ぎた頃。

「マクドールさん。あのですね」

デュナン湖畔に建つ古城──同盟軍本拠地の、最上階の部屋で。

右手に厚手のマントを。

左手に、外出する時何時も彼が携えている、荷物入れの袋を持ち。

共にその日の朝餉を終えて、共に自室へ戻って来た、隣国トランの建国の英雄、カナタ・マクドールを見上げ、何やらを、セツナは言い出した。

「ん? なぁに? セツナ。……何処かに行くの?」

部屋に戻るや否や、ずるずると、箪笥の中からマントを、部屋の片隅から荷物袋を、それぞれ引き摺り出して、トトっと己の前へと駆け寄って来たセツナの姿より、至極当然の想像をして、カナタは、窓辺の椅子に座り掛けていた姿勢もそのままに、問うた。

「はい。お出掛けしようと思ってます。付き合って貰えませんか? マクドールさん。何処でも良いんですけど……。そうですねえ……うーーん……。……出来れば、一寸このお城からは離れてる所がいいんですけど。何処がいいかなー……」

「付き合うのは構わないけれど……、目的、ないの? 何処でもいいって……何しに行くの? セツナ」

座ろうと目していた椅子の肘掛けに、左手を付いて、腰が沈んでいるような、浮かんでいるような、中途半端な姿勢のまま、訝し気な顔をカナタがすれば。

「……辛くありません? その姿勢。…………じゃなかった。えーーーと。──実はですねー、二、三日でいいんで、何処かでぶらぶらしたいんですよ」

何もわざわざ、そんな姿勢で会話を続けなくとも、と言いたげに、でも、セツナは話を続け。

「…………どうして」

「あー……。……ほら。……あんなこと、あったじゃないですか。だから、こう……何と言えばいいか。僕がこのお城の中うろうろしてると、未だ、何処となーーーく、皆が、辛そうな顔するんです。辛そうって言うか、複雑そうって言うか。そんな顔、されちゃうんで。少しの間だけでも、僕、ここにいない方がいいかなーって思って。数日間、何処かにトンズラしてみようかと」

「……成程」

「心配して貰えるのは……嬉しいんですよ。気遣って貰えるのも。……嬉しいし、有り難いんですけど、僕がいると皆、その……色んな『整理』が付かないかな、って。…………戦争で、家族とか、大切な人とか亡くしたのは、僕だけじゃないですから、僕が落ち込んでるトコ、皆には見せない方がいいんだろうな、っていうのと同じように、僕のことばかり気遣って貰っちゃうのも申し訳ない……あー……、申し訳ないって言うと、一寸感じ違うんですけど、何と言うか……そのー……って思うって言うか」

「うん。セツナの言いたいことは、大体判る。……判るから、君がそう言うなら、付き合ってあげるよ。でも、目的も無しにって言うのは、一寸問題だから、そうだねえ……うん。グレッグミンターにでも行く? 二、三日、僕の家にトンズラしようか。あそこなら、何も心配は要らないし。ここよりも、暖かいし。雪も降らない。皆も、安心だろうしね」

そういうことならば、己の生家に行こう、と、カナタは漸く、不自然な姿勢を正して、きちんと立ち上がった。

「はーい。じゃあ、宜しくお願いしますね」

「……ん。なら、出掛けようね、セツナ」

拒否されることはないだろうと、判ってはいたけれど。

カナタより、快い返事を貰って、いそいそとセツナは、右手のマントを着込み。

カナタも又、その部屋の片隅に放り投げてある、自身の、深緑色のマントを羽織って。

いざ行かん、黄金の都。…………との、誠に明るい風情で。

勝手に、数日間の逃避行を決め込むこととした二人は、その日、朝。

グレッグミンスターへと向かった。

トンズラを決め込むことにしたからには、誰に何を言われても、決行するのがこの二人だが。

下手な心配をされても困るから、と、一応、正軍師のシュウや、殊の外仲の良い、腐れ縁傭兵コンビのビクトールとフリック辺りには、自分達の行き先を告げ、向かったカナタの故郷、黄金の都へ彼等が到着したのは、その日の午後遅くだった。

日暮れまでに着けばいいからと、のんびりバナーの峠を越えて、国境の関所で、トランの国境警備隊々長のバルカスと、お茶をし。

馬車と高速艇を使って送って貰ったグレッグミンスターの市場で、夕食の為の買い物と、マクドール邸の留守居役、クレオへの土産を買い求め。

「ただいま」

「御邪魔しまーーす」

主婦達が、夕餉を拵えようと、各々の家の台所に篭り始める頃合い、その少し前。

カナタとセツナは、マクドール邸の玄関を潜った。

「お帰りなさい、坊ちゃん。いらっしゃい、セツナ君」

突然、彼等が姿を見せても。

もう、そんなことには疾っくの昔に慣れ切ったクレオは、至極普通に二人を出迎える。

「クレオ、お湯沸いてる?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「ならセツナ。適当に荷物その辺に置いて、手と足、洗っておいで。僕も直ぐに行くから」

「はーーーい。お先に失礼しますねー」

はい、と、右手に下げていた土産をクレオに渡し、カナタはセツナを、先に浴室へと向かわせ。

「交易か何か為さりに、戻ってらっしゃったんですか?」

差し出された土産と、カナタが脱いだマントを受け取って、クレオは踵を返した。

「いや、そういう訳じゃないんだ。一寸、休暇」

「休暇、ですか?」

「そう、『休暇』。セツナのね。…………クレオ」

「はい?」

「一昨日、葬儀があったんだ」

中身はどうやら焼き菓子らしい土産は、台所の棚に仕舞って、マントは、外で埃を叩いて……と。

立ち働こうとしていたクレオの、後を追って歩き出し、小さく、カナタは告げる。

「…………何方の、ですか?」

「ナナミちゃんの。…………そういう訳だから。宜しく。変に、気は遣わないであげた方がいいけれど。彼女の名前は、出さないでおいてあげて」

「……判りました」

すればクレオは立ち止まり、が、振り返ることなく。

溜息のような、声で応えた。