台所へ、入り込み。
何やらを作る気になったらしいセツナが始めた、準備らしい準備と言えば、砂糖の壷を取り出す、それのみだった。
「お砂糖…………で、何するの?」
軽く沸かしたお湯に、取り出した砂糖を放り込んで、溶かし。
冷めるのを待って、ガラスの器に注ぎ、盆の上に乗せ、出来た、という顔付きになったセツナへ、カナタは不思議そうな声を放ったけれど。
「マクドールさん。氷室行きましょ、氷室」
セツナは、カナタの問いに答えず、にこっと笑って、盆を抱えたまま、又庭へと出て、広いそこの片隅の、一等日陰になっている片隅へと向かい、膝付いて、一角に作られてある氷室の蓋を開けた。
「…………セツナ?」
数段程の、短い階段を下り、雪氷が詰められている奥へ進み、チョン、と、設えの棚の一つに、盆を置き。
「どれくらい待てば固まりますかねー」
もそもそと出た外で、パタリ、氷室の扉を閉め。
にこっ……と、セツナはカナタを見上げた。
「さ、あ……。二刻……くらいじゃないかと思うけど……。残念ながら僕は余り、菓子……には詳しくないから、正確には判らないな……。…………セツナ? 君は一体、何を作ったの?」
嬉しそうにも見える、けれど、寂しそうにも見える。
そんな色を頬に浮かべ、笑いながら見上げて来た彼が、どれくらいで? と問うから、正直にカナタは答えてやって、今のは何……? と、彼の、薄茶色の瞳を覗き込んだ。
「僕の実家は、あんまり裕福じゃなかった、って話、マクドールさんにはしたことありましたよね」
すればセツナは、その日当たりの悪い一角の、氷室の扉前にしゃがみ込んで、膝を抱え。
地面を見ながら話し始めた。
「……うん。それは以前、聞いた」
「この辺では、必需品って奴なのかもですから、そんなことないのかも知れませんけど。僕の実家の方では、氷室って、貴族の家とか、大きいお店をやってる家とか、食べ物屋さんとか、宿屋とか。そういう所にしか、ない物だったんです。贅沢品だから」
「…………それで?」
「幾ら、キャロが避暑地で、ハイランドの他の場所に比べたら涼しいって言っても、住んでる僕達にしてみたら、キャロの夏だって、それなりには暑かったですから。氷菓子とか食べたいねー、って、ナナミと言い合ったりもしましたけど。どうしたって夏の間は、氷室がないと氷菓子なんて作れませんから。結構な勢いで、憧れの食べ物だったんですよー、小さい頃の僕達にしてみれば」
「……そっか……。……成程」
しゃがみ込んだ場所の、少し先の地面を眺め、セツナが言い出したことは、子供の頃の、思い出で。
語り始めた彼より、数歩離れた所に立ち尽くして、彼を見下ろしながら、カナタが若干、声を潜めれば。
「…………だからですね、マクドールさん。僕達、冷たいお菓子って、冬の間しか、食べたことがなかったんです。冬のキャロの、物凄く寒い日の夜に、何か外に出しとくと、何だって固まりますからねー。…………でも、それでも。氷菓子って、何処までも贅沢な食べ物だったんで。さっきみたいに、砂糖水、作って。それ凍らせて、氷菓子もどきーって。……冬になると良く、ナナミとそんなことしてました。………………マクドールさん」
セツナも、又。
カナタの声のトーンに似つかわしいくらい、声を低くした。
「……なぁに? セツナ」
「………………これで、最後にします。昔、ナナミと一緒に作って食べた……僕達は、氷菓子のつもりで食べた、一寸甘いだけの氷食べて……それで、最後にします。……だから……もう一回だけ、泣いてもいいですか。これで、お終いにしますから。僕達の戦争が終るまで、もう、喪くしたモノのことで、泣いたりしませんから。……もう一回、だけ…………」
────低い、囁き程の声で。
カナタの方を、見遣りもしないで。
『最後』にもう一度、泣いてもいいか、と、セツナが呟くから。
庭の片隅の、日の射さぬそこに、セツナと並び、座り込み。
カナタは何も言わず、彼へ、肩を貸した。
「………ヘッタクソ、だったんですよー……」
おいで、と。そう言わんばかりに。
膝抱える己の傍らに腰下ろし、軽く抱き寄せてくれたカナタの肩に、額を押し付け、身の重さを預けながら。
涙を零し始めたセツナは、忍び笑う。
「何が?」
「……ナナミが、です。──お湯にお砂糖を溶かして、適当な器に入れて、外に出しておくだけなのに。ナナミ、上手に作れた試しがないんです。お砂糖とお塩、間違えてみたり。柔らかく固まるかも知れないって、僕に内緒で、片栗粉混ぜてみたり。山芋混ざってたりしたこともありましたっけ……。……酷いでしょう……?」
「…………そうだね。それは、一寸、ね」
「……もう、ナナミのするそんなことに、悩むこともなくって。どうしてそういうことばっかりするのっ! って、僕が怒ることもなくって。ナナミのお料理食べさせられて、お腹壊すこともなくって……。…………さようなら、って言うんですよね、こういうの…………」
「………………ああ。言葉にするなら。言葉にするしか、ないのなら。……『さようなら』、になる」
「…………さよなら、ナナミ……」
泣きながら、笑いながら。
亡き義姉の思い出を、セツナはつらつらと語って。
顔を埋めたカナタの肩口を。
結局抱き締められて、頬寄せたカナタの胸を。
涙で濡らして。
セツナは、ナナミへ、『さようなら』、を呟いた。
遠い、遠い、彼女へ。
遠くなってしまった、彼女へ。
懐かしくほろ苦い、冬菓
少しばかり甘いだけの氷、それが出来上がるまで、カナタに抱かれながら、彼は泣き続けた。
──もう、間もなく。
辺りが、夕暮れの風に包まれて、冷え込み始めて来る、そんな頃。
漸く出来上がった、少しばかり甘いだけの氷、それを、氷室から取り出して、泣き止んだセツナは、カナタと二人、齧ってみた。
寒さの厳しい冬のキャロで、凍えてしまいそう、そう思いながらも食べたそれと、作ったばかりのそれは、同じ味がした。
仄かには甘いかも知れない、と思える程度の甘さしかない、水っぽい氷。
冬に食べるには、余りに相応しくないけれど、冬でなければ食べられなかった、冬菓。
義姉との思い出の、一つが眠る。
けれど、もう、二度と。
セツナがそれを、食べることはない。
もう、二度と。
End
後書きに代えて
どう転んでも、マクドール家の嫡男は、生粋貴族だし。旅の空の下じゃあ、氷室があるの無いのと、んなことを構ったことはなかったんじゃないかなー、と。
──セツナがナナミに、『さようなら』をするお話でした。
思い出語りとも言いますが。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。