カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『月の裏側』
何時も通りとても元気に、トラン共和国の首都グレッグミンスターまで、マクドールさんのお迎えっ! と腐れ縁傭兵コンビをお供にして出掛けた、同盟軍盟主の少年、セツナが。
懐いて懐いて懐いて懐いて、懐いて止まない『マクドールさん』──則ち、トラン建国の英雄、カナタ・マクドールを伴い、同盟軍本拠地に帰城した、秋の涼しさが際立つ、晴れ渡ったその日の日没近く。
デュナン湖畔に建つ城の中は、何処も彼処も、こう……浮かれたような喧噪に包まれていて。
「…………え……? 何、これ…………」
バナーの村を一歩出た所より、瞬きの手鏡を使って、転位魔法を操る少女、ビッキーの守る大鏡の前へと姿現した途端、何の騒ぎ? とセツナは、それはそれは訝しげに首を傾げ、辺りを見回した。
不可思議な力に頼り、時空を越えたのか、空間を越えたのか、誰にも理屈が理解出来ない、が、『慣れ親しんだ何時もの方法』で本拠地に帰って来てみれば、元々から行き過ぎる人の多い一階広間は、普段以上に人通りが多く。
男達は何処か、浮かれた風にしており、女達は何処か、忙しそうに振る舞っており。
難民や、商業地区に住まっている商人の子供達は、近所の野原より採って来たらしい薄を沢山抱えつつ、楽しそうに本拠地内を駆けていた。
「……お祭りでも……するの?」
人々の様子を眺め、困惑したように悩み始めたセツナの傍らで。
そんな少年を見下ろし、カナタも又、首を傾げた。
「おー、やってる、やってる」
「……本当に大丈夫なのか? 俺は、変な物食わされたくないぞ?」
──が、グレッグミンスターとデュナンの城との往復に付き合った、腐れ縁と名高い傭兵コンビのビクトールとフリックが、この騒ぎの理由を知っているかのような口振りで、きゃんきゃん言い出したから。
「二人共、何でこんなことになってるのか、知ってるの?」
何で? と言いたげに、セツナが大人二人を振り仰ぎ。
「何か、企み?」
にこっと笑みながら、カナタは含んだ言い方をして、ビクトールとフリックを横目で眺めた。
「いや、別に、企んでる訳じゃなくってだな」
「そうそう。そう云う訳じゃなくって」
ジトっ、としたセツナの上目遣いと、もしも禄でもないことを考えているなら……、と云う光を湛えているカナタの視線を受けて、傭兵達は慌ててブンブンと首を振り。
「月見をするんだとよ」
「………………月見? お月見? 今日? ここで?」
「月見、って……あの月見?」
「そう、あの月見」
──今夜はこれから本拠地で、皆揃って月見をすることになっているんだ、とビクトールは云い。
それを受けたセツナとカナタの二人は、珍しくも二人揃って、へっ? ……と云った感じの、『馬鹿面』を拵えた。
一階広間の大鏡の前より、取り敢えず、と移動したレオナの酒場にて。
ビクトールとフリックの二人が、口々に説明してくれた話は、こうだった。
────本拠地を上げての『お月見』を、執り行うことになった理由、それは、『同盟軍本拠地の、様々な向上と結束の為に』と云う『御大層』なお題目を掲げて設置された『御意見投稿箱』──実際は、楽しい話題の一つでも出てくれば儲けもの、と云った、セツナのおちゃらけた発想に基づいて設置されたそれ──である目安箱の中に入っていた、盟主殿に宛てられた一通の手紙が発端だったのだそうだ。
『ここらで一つ、皆で休みでも取って、花見にでも行くってのはどうです?』と書かれていた、差出人の署名が、文官の一人であるフィッチャーとなっていたその手紙は、セツナの記憶にもあるけれど。
確かにその手紙が目安箱の中に入れられていたのは、未だ何とか、『花見』と云うものに繰り出せないこともない季節ではあったけれど。
日々忙しく動き回り、盟主としての様々な責任を果たし、戦いも乗り越え、且つ、『遊び歩いてもいる』セツナには、フィッチャーの要望に答えている暇が、中々持てなくて。
そうこうしている内に、季節は巡ってしまい。
数日前、女の子同士で過ごしていた午後のお茶の時間、今年は色々とあり過ぎて、お花見も出来なかった、とブツブツ言い出したナナミが、ふっ……と、セツナと一緒に読んだ、フィッチャーの投書を思い出し、最近セツナ、一緒に遊んでくれないし、いっつも忙しそうにしてるし、お休みも取ってないみたいだし、前、皆でお花見でもって、フィッチャーさんだって云ってたことだし、季節柄、お花見って云う訳にはいかないけど、お月見なら出来るよねっ! 今度の満月、お月見大会しようっ! …………と、その場にいた女性陣を焚き付け。
そして、満月を迎えた、今日。
「………………で、お月見? 僕にも内緒で? でも…………何で、僕にも内緒? って云うか、何で僕にだけ内緒? 僕、盟主なのにーーーーっ」
──だから、今宵。
本拠地で、月見をすることになったんだ、と、語ってくれたビクトールとフリックの説明を聴いて。
事情は判ったけれど、と。
ぷっ、とセツナが膨れた。
「内緒にしといて、びっくりさせたかったんじゃないのか? ……それにお前、それでいて案外、『休み』って云うことを嫌がるからな。──ナナミからの『お達し』は、セツナには内緒で事を運びましょう、って奴だったんでな、俺達も黙ってた」
ナナミが言い出した『企み』を、どうやら自分だけが知らなかったらしい、と云う事実を知って拗ねたセツナを、ビクトールが笑い飛ばした。
「……それにしても……良くそんな『お祭りごと』、やってもいいって、あの正軍師殿が許可したね。彼にしてみれば、『馬鹿騒ぎ』でしかないだろうに」
ビクトールに笑いながら宥められても、拗ねた表情を納めなかったセツナの頭を、よしよし、と撫でながら、カナタは納得いかなそうに、眉を顰めた。
「まあなぁ……。だが……幾らシュウが『ああ』でも。『あの』ナナミを筆頭に、ニナだろう、ビッキーだろう、後、メグとミリーとアイリと、後、誰だっけ? ──兎に角、あの辺の一団に、お月見くらいしたっていいでしょうっ! ってな、ねじ込まれた挙げ句、延々喚き立てられれば、首、縦に振りたくなると思うぞ、俺は」
もっともなカナタの疑問に、フリックが苦笑を浮かべて『回答』を伝えた。
「…………成程」
「それに、ほれ、ここの処は何だ彼んだと、慌ただしかったろう? これから先、何がどうなるにせよ、皆少し、月でも愛でるゆとりが欲しいってのはあるみたいでな。だからシュウも、今回は大目に見たんだろ。ハイランドとの戦いが終わらない以上、精神的なゆとりもないと、いい結果は生まれないしな」
フリックに伝えられた事情に、カナタが頷きを見せれば。
補うように、ビクトールが口を挟んだ。
「ゆとり、と云うよりは、お酒が飲めればそれでいい、って云う発想の者達の方が、多いような気が、僕はするけどね」
「ま、そうとも云う」
だからカナタは、やれやれ、と若干呆れたように笑い。
ばれたか、と傭兵達は笑い出し。
「でも、まあ……それならそれで、折角ですから、お月見、楽しみに行きましょうか、マクドールさん。ビクトールさんも、フリックさんもっ」
話に耳を傾けた結果、漸く拗ねた表情を収めたセツナが、だと云うなら楽しまなければ損、と、すくっと酒場のテーブル席より立ち上がって、もう日も落ち切ったから、外に出てみましょうよ、とはしゃぎ出した。