子供達が懸命に摘んで来た薄が、至る所に飾られて。

女達が総出で月見の支度を整えたらしい、今宵の宴の会場とされた本拠地中庭に、セツナやカナタや、傭兵コンビが繰り出してみれば。

そこは、暗くなったばかりの空を見上げながら、もう間もなく、薄い雲の切れ間から顔を覗かせるだろう満月を待ち侘びる人達で、溢れていた。

「おや、結構、盛大」

「そですねー。ナナミが言い出した割には、ちゃんとしてますよねー。御団子、誰が作ったんでしょうねー……」

中庭を形取る、岩や、緑の上や。

何処から持って来たのやら、今宵の為だけに設えられたのだろう、特別に置かれた簡単な作りのベンチの上に腰掛けている人々を見渡し、ふーん、とカナタが感嘆を洩らせば。

あちらこちらで振る舞われている『月見団子』に目を止めて、セツナは曖昧に笑った。

「お、あそこが空いてるな。──今夜は飲むぞーっ」

少年達が、そんな風にきょろきょろとしている間にもう、ビクトールとフリックの二人はしっかりと、酒瓶を確保していて、中庭を彩る緑の芝の片隅に空いたスペースを見付け、セツナとカナタの襟首をひっ掴むようにしてそこへ向かい、どすん、と陣取るや否や、さっさと酒盛りを始めた。

「好きだよねえ、二人共…………」

故にカナタは、彼等を見遣りながらしみじみと呆れ。

「セツナは兎も角。カナタ、お前だって嫌いじゃねーだろ」

良く云うぜ、とビクトールはやり返し。

「そりゃ、まあ。程々……にはイケるけど」

「程々、だとさ、ビクトール」

「フリック。こう云う瞬間俺は、物ってのは言い様だなと、しみじみ思う」

「え? 飲めるのは知ってますけど……マクドールさんって、そんなにお酒強いんですか?」

「だからセツナ。程々だってば。僕の酒量は、普通。あくまでもね」

「でも……あの……こう云うのって何ですけど……。マクドールさん、一応体の方は、十七なんじゃ…………。基本的な問題って、そこなんじゃ……」

「酒精と身体の関係は則ち、酒精と肝の臓の関係。問題ないと思うけど?」

しれっと、己のことを棚に上げたカナタに、ああ、嫌だ、とフリックとビクトールは杯を重ね、それって……? と、己に付き合うように、辺りにいた女性達から分けてもらったジュースを飲んでいるカナタの手許と己の手許をセツナは見比べ、酒と年齢は、余り関係ないんだよ、とカナタは、大ぼらを吹いた。

「セツナーーーーーーーっ!」

────と。

彼等四人が、他愛無い、と云えば他愛無いし、何処か問題がある、と云えば問題な会話を交わしていた場に、本日の『主催者』であるナナミが、弟を探しにやって来て。

「セツナっ。お月様出て来たよっっ」

とすん、と義弟とフリックの間に座り込み、にここにこと嬉しそうに、月見の話をし出した。

「あっ、ナナミっ。どーーーーして僕に黙ってたの、今日のお月見のことっっっ」

「え、だってー。何時だったか折角フィッチャーさんがお花見でもーって、目安箱にお手紙入れてくれたのに、セツナってば、忙しいから、でそれ流しちゃったし。最近、私とだって付き合ってくれないし。お月見しよう、ってセツナに云って、駄目って云われちゃったら淋しいじゃない。女の子達の間で、盛り上がっちゃった話だしね。どうせなら、セツナには黙ってて、びっくりさせよーって、そう思ってっ」

お月見、と云うイベントを、首尾良く成功させられたことに、機嫌を良くしているらしいナナミが隣に座ったのを受け。

あっっっ! とセツナは渋い顔をしたが。

いいじゃない別に、と、当のナナミは口を尖らせて言い訳を告げ。

「だからってぇっ──

──それにねっっっっ! キャロにいた頃、ゲンカクじいちゃんと、私とセツナとジョウイと、皆で良く、お月見したじゃない? それ、思い出したいなあ……って思ったの。ミューズでも、セツナ、ジョウイと一緒にお月様見たんだよーって云ってたから……。それでなの。セツナ、懐かしく思ってくれるかな、って」

渋い顔を緩めず、更に云い募ろうとした義弟を遮って、ジョウイがね……と彼女は、嬉しそうに、淋しそうに、ハイランド皇王となった、幼馴染みの名を告げた。

「そりゃ、まあ…………そうだけど…………」

──────複雑そうな、義姉の顔色を見遣ってしまった瞬間。

義姉の浮かべた表情の所為か、それとも、ジョウイ、と云う名が出た所為か、その何れだったのかは謎だけれど……セツナも又、頬を過る色を変えて、どことなく口籠り。

微笑みながら、唯黙って、義姉と己とを見詰めるカナタへ、窺うような視線を、ちらり、と流し。

「えっと……………アリガトね、ナナミ…………」

やがてセツナはボソボソと、小声で控えめに、義姉への礼を伝えた。

「何云ってんの。いいんだよ、私はセツナの、お姉ちゃんなんだから」

聞き取り辛かったセツナのその言葉を、それでもナナミは拾って、花のように笑うと、あ、そうだ、一寸待っててね、と席を立ち、駆け出し、程なくして、旅芸人一座の妹の方、アイリを伴い戻って来て。

「これね、私とアイリちゃんとで作ったのっっ。食べてみてっっ」

大振りの器に盛られた月見団子を彼女は、アイリと二人、セツナの前へと差し出した。

「アイリと……………………ナナミ、が作ったの…………?」

ずいっと眼前に迫って来た月見団子と、アイリとナナミの顔を、セツナは見比べる。

「あ、あの……さ、セツナ。あたし、その……料理ってあんまり、上手くないから……む、無理して食べなくってもいいからさ……」

団子と、己と、ナナミと。

順番に、何度か視線を移したセツナが、何か物言いたげな様子になったのに気付いて、慌てた風にアイリが、セツナとナナミの間に割って入った。

──────姉のリィナと、ボルガンと云う青年の三人からなる旅芸人一座で、ナイフ投げの妙技を披露している彼女が、ひょっとしてひょっとすると、同盟軍盟主殿へと、淡い想いを寄せているのではないか、と云う噂は、実は同盟軍内部では、かなり有名な話だ。

盟主の性格を反映しているのだろう、戦争中であるにも拘らず、気楽な雰囲気の漂いがちなこの軍の中で、その噂が『蔓延』していることを知らぬのは、当事者である、アイリとセツナの二人だけで、そもそもアイリは、自分がセツナに想いを寄せていると云うことを、周囲が勘付いているなどと思ってもいないし、セツナはセツナで、僕は何も知らない、僕は何も聞こえない、と云う態度を貫いている。

……が、その場に居合わせた者達──ビクトールやフリックは固より、『一応は』、同盟軍の者ではないカナタも、ナナミですら、その噂のことも、セツナに対する、アイリの本当の気持ちも、良く判っていたから、三人の男と一人の少女は、控えめと云うか、恋する乙女らしいと云うか、そんな態度になった、普段は男勝りなアイリの姿に、腰の座りが落ち着かなくなったような雰囲気を漂わせてしまい。

『様々な意味』で、何とも言えぬ顔を拵えた傭兵コンビや、カナタや、義姉の横顔を、……へ? と云う顔で眺めた後、セツナは。

「あ、アイリは兎も角ね、ナナミがねー………………」

──と、何時もの調子で、アイリへと向かって笑い掛けながら、これ又、何時もの調子で言い出し、すすっと、カナタの方へと、義姉から『避難』を開始し。