「あー、もーーーーーーーーっ! くーーーやしぃーーーーーーーーっ!」

「はいはい。喚かない、喚かない。悔しいって喚いても、現実は変わらないよ? セツナ」

「…………くっ……。一番、言って欲しくないことを…………。──判ってますってばぁぁぁぁっ! 喚いたって、マクドールさんに勝てるようになんかならないってことくらい、判ってますってばーーーーっ! でも、喚きたいんですもんーーーーっ!」

「拗ねても駄目。……どうする? 今日はもう、止める? それとも、続きする? 君の気が済むまで、付き合ってはあげるよ。何時、気が済むのかは兎も角だけど」

「……どーしてそーゆー、意地の悪いこと言うんですかっっ。マクドールさんの苛めっ子っ! ……やるっ! やりますっ! も、ホントに、気が済むまでやるーーーーーーっ!」

「そう? じゃあ、掛かっておいで。何時でもいいから」

────『あれ』から、数日が経って。

冬特有の、どんよりとした、灰色掛かった空が、デュナン地方を覆った日。

同盟軍本拠地の裏手にある野原で、カナタとセツナは、手合わせをしていた。

重く、湿った空の許、響き渡るセツナの喚き声から察するに、彼等が手合わせを始めてより、どれ程時間が経っているのかは判らないまでも、今日も又、手合わせは何時も通りの結果に終わっている、と云うことだけは、疑いようのない事実らしく。

カナタと向き合いながら、程よい距離を保ちつつ天命双牙を構え、マクドールさんに勝てなくって悔しいっ! ……と喚くセツナを、天牙棍片手に、飄々と佇んでいるカナタが、セツナを煽るような台詞を吐いているのも、変わらず。

煽られるままセツナは、再び、カナタへ挑み始め。

馬鹿正直に、頭から突っ込んで来る──現状、セツナがどんなに手管を用いても、カナタには通用しないので、正面切って突っ込むしか彼には手がないから、そうなるだけの話だが──セツナを、ひょいっと振った腕一本で、カナタはコロンとひっくり返し。

「はあ………………」

それまでもそうだったように、突っ込む度、コロンコロンと、面白いくらい簡単に、転がされ続けてセツナは。

大層な時間が流れた頃、トンファーを構えたまま、ぺたり、と大地の上にへたり込んだ。

「どうしたの?」

「…………今日はもう、降参してもいいですか……。すっっっっ……ごく、悔しいんですけど……」

「おや、疲れてしまった? なら、この辺で打ち止めにしておこうか」

べしょっと座り込んで、どんより項垂れ始めたセツナに、首を傾げながら近付けば、心底悔しそうに、降参です、と彼が言ったから、なら、とカナタも棍を下げ、その傍らに並んだ。

「勝てない……。今日も勝てない……。どーーーーー……っしても、マクドールさんに勝てない…………」

体に添わせる風に、大地へと棍を置き、並び座ったカナタを見上げて、セツナは再び呻き出す。

「まあまあ。いいじゃない、僕にくらい勝てなくったって。大抵の人には勝てる程、セツナだって強いんだから」

焦茶色した皮の手袋を外し、露にした素手で、汗ばみ、頬に張り付くセツナの薄茶の髪掻き上げながら、宥めるように、カナタは言った。

「そりゃ……そうですけど。でも、マクドールさんに勝てないのって、悔し過ぎるんですもん。いっっっっっ……かいも、勝てたことないんですよ? 悔しいことこの上ないです」

「………まあ、ねえ……。気持ちは判るけど」

「努力、足りないのかなー……。頑張ってるつもりなんですけどねー……。あーもーーーっ! 強くなりたーーーーーいっ!」

右手の指先で、優しく。

髪掻き上げられて、気持ち良さそうに目を細めながら。

それでもセツナは、野原中に響き渡りそうなトーンの声で、喚きを放った。

強くなりたい、と。

「………………それ以上、強くなって。どうするの? セツナ」

そんな、セツナの叫びを受けて。

ぴくり、と一瞬だけ指先を震わせ、カナタは問うた。

「え? だって……もっと強くなれば、守りたい人達のこと、もっと守れますもん。僕は、僕の大切な人達皆、守りたいですから。それにっっ! 今以上に強くならないと、マクドールさんにも勝てませんっっ! ぜーーーーーーったい、何時か、マクドールさんから一本取るって決めてるんですからっっ」

すれば、セツナは、両手できゅっと、握り拳を作りながら決意を語り。

「……もう、それ以上。君は強くならなくてもいいんだよ」

囁く風に、セツナの決意へカナタは告げた。

「へ? どうしてです?」

「だって。セツナが大切な人を守りたいと思うように。僕だって、君のことは守りたいから。今以上、セツナに強くなられたら、僕はもっと、強くならなきゃ駄目じゃない」

…………もう、これ以上は、と。

そう呟いたカナタを仰ぎ見直して、セツナが瞳を丸くすれば。

僕の言葉は冗談だよと、そんな風に、カナタは笑って。

「……僕が多少強くなった処で、マクドールさんには適いっこないと思いますけど」

「でも、駄目」

「駄目って言われても、駄目ですーーーっ」

「…………おや、諦めないのかい? ………………なら、おいで。何時の日にか、僕の処まで」

どうしても、強くなりたい、そう願うなら。

何時の日か、『この場所』までおいで、とカナタは、セツナの耳元で囁き。

ふんわり、彼を腕にした。

「…………ああ、冷えて来たねえ。セツナ抱いてると、あったかい」

「そですね。僕も、マクドールさんに引っ付いてると、あったかいです。………………あ。雪ですよ、マクドールさん」

「おや、本当だ。寒い訳だ」

カナタは、きゅっとセツナを抱き締めながら。

セツナは、カナタの胸許に縋り付きながら。

『こうしていると、暖かい』……と彼等は、天を見上げた。

灰色の、重たい空を振り仰いでみれば、何時からだろう、ちらちらと舞い始めた白い雪が、降り注いで来るのが知れ。

寒いね……、と二人は、一層、その身を寄せ合った。

「マクドールさん?」

「……ん?」

「例え、追いつけなかったとしても、僕、ずーーーーっと、マクドールさんの後、追いますからね。今以上に強くなれるように、ずっと、マクドールさんの後追うって決めるんですから」

「何時の間に、そんなこと決めたの」

「ずっと前にです。だから、マクドールさん────

────大丈夫。…………共に、ゆこうね、セツナ」

「……はい。マクドールさん」

────湖上より、吹く風に流され。

ふわりふわりと散って行く、この冬初めての雪を、身を寄せ合って見上げながら。

小さな声で二人は、そんな会話を交わし。

「戻ろうか。体が冷える」

「はーい。……あ、ハイ・ヨーさんトコ行って、何かあったかい物でも飲みません? 僕は多分、ケーキも食べますけど」

「……あ、いいね。僕はケーキは、一寸……だけど」

「じゃ、行きましょーー」

何時までも、ここにいる訳には行かないから、と。

揃って二人は立ち上がり、同盟軍本拠地の東棟、ハイ・ヨーのレストラン目指して、歩き出した。

「マクドールさんって、未だ誰も歩いてない雪道に、一等最初に足跡残しちゃうような人ですよね」

「……唐突に、何を言い出すかと思えば……。……どーゆー意味? 子供っぽいって言いたいの? セツナ」

「……そーじゃありません」

「そうかい? そんな風にしか、聞こえないけど。でも、セツナもその口だろう?」

「そりゃ、まあ。じゃ、今度から一緒に、雪道に足跡残しましょっかー」

「それも、いいねえ。楽しそうだ」

──先程、セツナの髪を掻き上げた時。

外したままだった手袋で、魂喰らいの宿る右手を、カナタは覆いながら。

セツナは、カナタのその様を見遣りながら。

何処までも、寄り添うように歩を進め。

初雪が、激しさを増す中。

暖かい城内へと、彼等は姿を消した。

End