カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『夕映え』

四百年の時を生きた吸血鬼、ネクロードが引き起こした、ティント市にての出来事が終息する、少し前から。

ティント市より、同盟軍盟主であるセツナが、デュナン湖の畔にある、古城へ帰還して暫くしても。

ラダトの街の東に広がる草原の、北東の方角に位置する、元々はビクトールの傭兵砦であった場所を、今も占領しているハイランド皇国の部隊が仕掛ける攻撃が、ラダト地方では、断続的に続いていた。

ティントを舞台にして、ネクロードと同盟軍の攻防が行われていると、ハイランド側は掴んだのだろう。

ティントで、吸血鬼と吸血鬼が率いるゾンビ達が暴れているならば、デュナンの地に起こる厄介事を、自ら片付けたがる同盟軍盟主だけでなく、同盟軍の部隊の幾許かも、出向いていると踏んだのだろう。

そして、同盟軍本拠地が、ティントでの攻防が収まるまで、常の総力を欠いているならば、消耗戦を仕掛けても良い、とも、考えたのだろう。

一週間程前、セツナ達一行はティントより帰還したが、ネクロードとの戦いを終えたばかりの盟主と、長い行軍を終えて帰城した部隊を抱えている同盟軍には、いまだ、通常の戦力は戻っていないと見たのか、ハイランドよりの、波状のような攻撃は止まず。

────その日も。

小さな戦を仕掛けて来たハイランドの部隊を退ける為に、同盟軍の面々は、幾つかの部隊を率いて、ラダトの東に出ていた。

炭坑の街より帰還したばかりなのに、大して休む間も与えられず、戦場いくさばに出て行くセツナに、彼のことを『溺愛』して止まないトラン建国の英雄、カナタ・マクドールは渋い顔をしたが、それがセツナの『仕事』であり、目指すことに繋がると、重々承知しているカナタは、ラダトの街まで、出兵するセツナに付き合い、セツナが無事に戻って来るのを、川の畔で釣りをしながら、待っていた。

何万もの兵を要する軍団を、大地一杯に展開させる大掛かりな戦ではなく、言葉にすれば『小競り合い』と言えるだろうそれは、丸一日とは掛からぬだろう戦だと、彼は踏んでいたし、所詮小競り合いは小競り合い、命のやり取りであろうとも、と、のんびり、そんな風情でセツナの帰りを待ち侘びていたのだが。

午後も半ばになって、ハイランドの部隊と戦を終えたらしい同盟軍の兵士達が、ラダトの街の東門を潜り始めたのを見て、どうでも良かった釣りを止め、セツナを出迎える為に、門の傍へと向かった。

「おう、セツナの出迎えか?」

そんなカナタを見付けて、『一仕事』終えた雰囲気のビクトールが声を掛けた。

「まあね。聞かなくても、判ってるくせに」

熊の如きガタイの彼に話し掛けられて、カナタもにこやかに答える。

「お疲れ様、ビクトール。今日は、どうだった?」

「比較的、楽だったぞ、今日は。お前とセツナが、ティントからの帰り道で出会って、引っぱって来た『二の太刀要らず』のおっさん。奴の活躍もあったしな」

「……ああ、ゲオルグ・プライム? 彼、強いらしいからねえ」

そうして、そのまま二人は、今日の戦果に付いて語り出し。

「どうした、二人共。そんな所で立ち話か?」

ビクトールより遅れること暫し、騎馬兵団を率いて戻って来たフリックが、そこに混ざり。

「一寸ね。──お疲れ様、フリック。……処でセツナは?」

ビクトールに話し掛けられた時同様、フリックにもにこやかに答えてカナタは、セツナの所在を尋ねた。

「セツナ? ……え、未だ戻って来てないのか?」

すれば、フリックは少々、怪訝そうな顔を作り。

「…………え?」

「おかしいな。そんな筈はないんだが。──これ以上、消耗戦に付き合っても仕方ないからって、軍師連中が判断して終わった戦だ、勝鬨かちどきあげて引き上げて来た訳じゃないから、或る程度、部隊分散して帰って来たのは事実だが……。俺達よりも、本陣にいたセツナ達の方が遅くなる訳がないと思うんだがな」

もう、セツナ達の部隊は、ラダトに戻って来ていなければ変だ、と彼は告げた。

「……………………。今日の軍師は? 誰?」

フリックの言うことを聞き終え、さっとカナタは顔色を変えた。

「軍師? クラウスとアップルの二人だ。所詮、小競り合いだからな。シュウが出て来るまでもねえだろう? ジェスやハウザー達が同盟軍に加わったから、そっち絡みで、シュウも忙しいらしいしな。まあ、本当なら、セツナにも楽してて貰いたいんだが、あいつは、ほれ、その点の妥協がねえから」

変わってしまったカナタの顔色を窺いながら、『その日』の同盟軍の事情を、ビクトールが語った。

「だが……軍師がシュウじゃなかったら、どうだって言うんだ?」

「セツナのお目付役がシュウなら、先々まで考えて立ち回るだろうけど。クラウスとアップルじゃ、セツナへの押しが弱いから。…………あの子、何か『余計』なことをしてないといいんだけど……」

セツナが未だに戻らぬことと、戦の指揮をした軍師と、何の関係があるんだと、フリックが尋ねれば、カナタはそうやって答え。

「……二人共っ! セツナさんがっ!」

──そこへ。

セツナの仕出かしそうな『余計』なことを想像したカナタが覚えた、嫌な予感を肯定するように。

血相を変えて、アップルが、飛び込んで来た。

ラダトの東門を潜った、直ぐそこで。

立ち話をしていたビクトール、フリック、カナタ、の三人を、人込みより少し離れた場所へ連れ出して、やって来たアップルは、事情を告げた。

ラダトへの帰還途中、ハイランドの部隊に、攻撃を仕掛けられたこと。

その所為で、セツナが率いていた本隊が、一部分断され。

アップルやクラウスが止める間もなく、両軍入り乱れた真っ直中に、セツナが消えてしまったこと。

そして、一応は、ハイランドの伏兵部隊をやり過ごしても、セツナの姿が見当たらないこと。

……それらを。

「何だと? セツナの姿が見えないって、どういうことだ、アップルっ!」

故に、話を聞き終えて、ビクトールが声を荒げた。

「私にだって判らないわ、殿しんがりを勤めた中隊の報告では、確かに、ハイランドを退けるまで、セツナさんと一緒だったって言うのよ。でも、気が付いたら、もう姿が見えなかった、って。だから、私達と合流したと思ってた、って。でも、いないのよ、何処にもっ」

「どうして、他の部隊に伝令飛ばさなかったんだっ」

「飛ばしたわよっ。飛ばしたけど、他の部隊に報告が行く前に、ハイランドは退いたのよっっ。……思い付きでやってみたような奇襲攻撃の仕方で、本気で仕掛けて来るような素振りも見せなかったし、実際、迎撃するのだって難しい話じゃなかったわ。セツナさんだって、無事でいたって報告されてるわ、でも、姿が見えないのっっ」

フリックは、苛々と、アップルに詰め寄ったが。

青雷とのあだ名を持つ彼以上に、苛立った素振りをアップルは見せ。

「……誰でも良い。誰か」

カナタは、何時もとは少々異なる言葉遣いで、厳しい声を出した。

「今日、連れて来てる馬の中で、一番の駿馬を。──アップル」

「……は、はい?」

「最後にセツナの姿を、殿の中隊が確認した場所は?」

「ラダトの北東の……。寅の方角に十里くらいの所にある、傭兵砦の直ぐ近くの街道沿いの、森の近く、だと……」

「判った」

カナタがまとい始めた雰囲気に気圧されて、僅か小声になって、アップルは答える。

「カナタ。確か、マイクロトフん所の黒毛が、かなりの駿馬だった筈だぞ」

すれば、ビクトールが、記憶を頼りに、カナタの求める馬を探し当て。

「支度。……今直ぐに」

言葉少なに言い残して、彼は、東門の外へと踵を返した。