無謀なことを、した覚えはなかった。

例えそれが、小規模の、遠征中の戦いであれ、戦場の戦いであれ、戦闘の最前線に自ら突っ込んで行くのは何時ものことで、それが自分のやり方で、それには、例え正軍師と言えど、口を挟ませなかった。

……確かに。

お目付役であるとも言えるのだろう正軍師が、その日は同行していなかったのを良いことに、何時もは中々行かせて貰えない、殿での戦闘も、今日ばかりは自由に出来る、と頭の片隅で考えたのは事実。

でも、それとて、決して無謀なこととは思えなかった。

副軍師達が言ったように、敵方に、本気で自分達を潰しに掛かっている様子はなく、少しでも、こちらの戦力が削げればそれでいい、とでも言うような、消耗戦を仕掛けて来ているのだ、と、一目見れば判った。

唯、分断されてしまった一部隊への被害を、少しでも軽くしたくて、さっさと、敵方を退却させたくて。

──深追いなんて、するつもりはなかった、これっぽっちも。

何時もと違うことを、した覚えはなかった。

…………但。

『溺愛』してくれる人に、出陣前に言われたことを、気に留めなかっただけだ。

「君は、ティントで倒れたのだから。自分の体のことも、ちゃんと気遣うんだよ?」

……との一言に、その時は、「はーい」、と答えながらも。

戦いが始まった時には、「でも、もう平気だし」……と、自分の体のことなど、二の次のにしてしまったのは確かだ。

────だから。

ラダトを出立する直前。

気遣うように、体のこと、気にするんだよ? と言ったカナタの顔を思い出しながら、セツナは。

「後で、又マクドールさんに、複雑な顔されちゃうかなあ……」

一人、ぶつぶつ呟きながら、そろそろ、ハイランドの奇襲を退け終える、と相成った時、幾度も、右手に宿した、輝く盾の紋章を煌めかせた。

人々を、癒すこと叶うその紋章は、セツナの意思に答え、辺りをその光で包み、膝付いた兵士達を再び立ち上がらせ。

故に敵は、退却を決めた。

引き返して行く、ハイランド兵達の後ろ姿に、安堵に似た、細やかなときの声が上がる。

「僕達も、帰ろう」

沸き上がった自軍の兵士達の声が収まるのを待って、セツナも又、ラダトの方角を振り返った。

今日も又、生き残ることが出来た……との。

喜びを頬に浮かべる人々の顔を、嬉しそうに眺めながら、とことこ、彼は、クラウスやアップル達と合流しようと歩き始め。

でも。

「…………え……?」

草原を、暫し進んだ辺りで彼は、クラッ……と、視界の中の世界が、歪むのを見た。

「嘘ぉっ……。今は絶対、駄目なのにっ…………」

歪み始めた世界が、一体何の前兆なのか、充分過ぎる程に知っている彼は、自らにそう言い聞かせて、足に力を込める。

──今だけは、倒れる訳にいかなかった、絶対に。

退却を始めたとは言え、ハイランド部隊の影は、未だ見えている。

自分が倒れた所為で、兵士達が浮き足立ちでもしたら、起こるだろう騒ぎを、敵方に気付かれてしまうかも知れない。

そして、そうなってしまったら、何が始まるか判らない。

だから……と。

セツナは、笑顔を浮かべたまま。

自らの足取りに、出来る限りの力を込めて、直ぐそこに見えた、森に紛れた。

盟主様の行方が知れない、と、後々、騒ぎになるかも知れないけれど、後々の騒ぎの方が、『今』騒ぎが起こるよりは、遥かにマシに思えた。

……少しだけ。

ほんの少しだけ、木々に紛れて姿を隠し、身を休めれば。

又、直ぐに立ち上がれる、とも思った。

故に、セツナは。

誰にも気付かれぬよう、小さな森に分け入って、木陰に踞り。

「駄目だってば……っ。絶対、絶対っ、今だけは駄目だってば……っ」

幾度も、幾度も、自らに言い聞かせ。

「………………駄目、なんだってばぁ……っ。後で、皆に叱られちゃう……よ……? マクドールさん……にも……っ。……マク……ド……ルさ……──

けれど。

彼は、そのまま。

崩れるように倒れて、気を失った。