「寒くねえか?」
「……だいじょぶ。……アリガト、ビクトールさん……」
──大禍時も、終わる頃。
街道の先を眺めながら。
ビクトールとセツナの二人は、小声で言葉を交わしていた。
空にある茜色は、西の空に落ち切ってしまった陽光の名残りしか留めてはおらず、東の空からは、闇が、迫って来ていた。
「無理して、熱なんか出すなよ? 洒落じゃなく、カナタにどやされる」
「平気だもん……。僕だって、マクドールさんのお説教は嫌だもん……」
「……そう言えば、ミューズでもこんなことあったな。ジョウイの帰りを待つって、市門の外に、ナナミとピリカが行っちまって。お前も、付き合ったんだよな、確か」
「…………うん。ジョウイも、ピリカも、ハイランドに行っちゃったけどね……」
「……そうだな」
「でも……マクドールさんは違うもん……」
「だから、待つのか?」
「…………うん」
「なら、あの時みたいに、門の前で待ってても、一緒だろう?」
「……違うよ。あそこじゃ駄目なんだよ……。もっと、『近い所』でないと。マクドールさんと、ジョウイは違うんだもん……。もっと……『近い所』でなきゃ、駄目…………」
「そう、か……」
「うん…………」
薄くなった茜色の空を、零した墨の如く、染め変えていく空の下。
二人が、ぽつぽつと、そんな話を続ければ。
遠くから微かに、蹄の音が聞こえて来て、何とか、セツナは立ち上がった。
立ち上がった途端、よろっとよろめいて、ビクトールに支えて貰う羽目になり。
「しゃがんでろって」
傭兵には、そう言って叱られたが、彼は言うことを聞かなかった。
と、そうこうする内、気が付けば、遠くに聞こえていた筈の蹄の音は、直ぐ傍までやって来ており。
「セツナ? どうしてこんな所にいるの」
高い嘶きと共に、二人の傍らで足を止めた黒毛から、カナタが飛び降りて来た。
「あ、マクドールさん……」
手綱を持ちながら近付いて来た彼を、セツナは振り返り。
「大丈夫なの? セツナ」
ふらつく彼の体を、カナタは抱き留めた。
「……どうしても、ここでお前を待ちたかったんだと」
セツナを抱きながらのカナタに、どうしてラダトまで帰らなかったんだ、との、睨むような眼差しをくれられて、ビクトールは訳を告げる。
「僕のことなら、気にしなくて良かったのに。──こんなに体、冷やしちゃって……。本当は、寒かったろう?」
だから、こうしていることが、セツナの意向だったと言うなら、と、カナタはビクトールへの睨みを引っ込めて、帰ろうね、とセツナを、黒毛の背へと押し上げた。
「もう、平気ですよぅ……。フリックさんに、マント借りっ放しですから、大して寒くもなかったし……」
「そういう、直ぐにバレる嘘を吐かない。……まあ、いいか。お小言は、君が元気になった後でも」
「やっぱり……お小言は食らいますか? 僕……」
「当然。幾ら、セツナ自身にはどうしようもないことだったとしても、僕や皆に心配掛けた分くらいはね。君はティントで倒れたのだから、自分の体のこともちゃんと考えるように、って、僕は言わなかった? ──僕の言うこと聞かないで、こうなったんだから。お小言は、何時もの二倍。……さあ、帰ろうね」
「……はい」
馬へと股がらせたセツナの後ろに、己も又股がり、手綱を取りながら言い聞かせれば。
軽く口を尖らせながらも、セツナが言うことを聞き始めたので。
幾度か、薄茶色の髪を撫で、眼差しでビクトールを促し、カナタは黒毛の鼻先を、ラダトへと向けた。
──ここまで来てしまえば、もうラダトは直ぐそこだ。
だから、何時しか全ての茜色が消えた空の下であっても、それ程急ぐ必要はないからと、カナタは緩い速度で馬を駆けさせながら、片腕で、セツナを抱き寄せた。
それは確かに、揺れる馬上にて、小柄な彼を支える為の行為ではあったけれど。
もう一つの、行為でもあって。
落ちぬように、と抱き寄せたセツナの髪の辺りに、カナタは頬を寄せた。
「マクドールさん……」
「ん?」
……そうしていたら、徐に、セツナに名を呼ばれ。
なぁに、とカナタは問うた。
すれば。
「お帰りなさい……」
……と、セツナが言ったから。
「……ただいま。君も、お帰り」
カナタは、微笑みながら言葉を返し。
「はい。ただいま……」
カナタの笑みに応えるように、肩越し、彼を振り返ってセツナも、笑みを湛え。
見えて来た、ラダトの市門へ、二人は揃って向き直った。
End
後書きに代えて
ん? と思われた方、おられるかも知れませんが。
このお話はこれでお終いです。
この後、セツナが元気になった後、カナタやシュウさんに、こっぴどく説教喰らった、ってことだけはお伝えしておきましょうか(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。