太古、この世界を象った、と言い伝えられる。

この世界に二十七だけある紋章達は。

明確過ぎる程に明確な意思を、持ち合わせ過ぎているのかも知れない。

本当に、生き物以上に、生き物過ぎるのかも知れない。

だから。

カナタが、夕映えに滲みながら、魂喰らいの名を呼んだから。

魂喰らいも又、カナタの『今』の佇まいに応えるように、茜色に滲みながら、その『姿』を現した。

何も彼もが朱色の映えに霞む、大禍時の遣いのように。

何時もよりも静かに、魂喰らいは現れて、方円に、その力を広げ。

望むままに、全てを飲み込み。

飲み込んだ全てを連れ伴って、その姿を消した。

──故に。

草原には、空を覆う茜色と、大地を蹴る、蹄の音もない、静寂のみが、帰って。

もう間もなく、ラダトの門が見えて来る、という辺りで。

「…………フリックさん……」

セツナは、手綱を握るフリックの、袖を引いた。

「ん? どうした?」

力なく、が確かに、馬を止めろとの意思を持って袖を引かれたから、フリックは、駆ける馬の脚を止め、己が馬の背に乗せた、盟主の顔を覗き込んだ。

だが、セツナは彼の問いには応えず、蹌踉めきながら大地に降り立ち。

「マクドールさん……」

彼の人の名前を呟きながら、西の一点を見詰めてより、手袋の嵌っている、己が右手の甲を見遣った。

その時セツナが見詰めた西の一点は、確かにカナタのいる場所で。

カナタが、魂喰らいを解き放った刹那で。

ほわり……と、輝く盾の紋章が、薄く輝いた所為だろうか、何故かそれを知ったセツナは、その場にぺたりとしゃがみ込んで、動かなくなった。

「おい、セツナ?」

「又、具合が悪くなったのか?」

彼が、街道の片隅にしゃがみ込んでしまったから、馬を止めたフリックも、共に立ち止まったビクトールも、気遣わし気に、その傍へ寄って顔を覗き込んだが。

「……御免ね、フリックさん、ビクトールさん。……僕、ここにいる……」

カナタが帰って来るまで、ここにいる、と。

暗にセツナはそう宣言して、微かに笑い、フリックから借りたままの、青いマントを掻き寄せた。

「いる、ったって、お前……。具合は、大丈夫なのか?」

「……なあ、セツナ。直ぐ戻るって、カナタの奴が言ってたじゃねえか。あいつが、お前との約束破ったことはねえだろう? なら、ここで待ってようが、ラダトで待ってようが、一緒だろ?」

「そうだぞ。こんな所でお前を待たせてたら、俺達があいつにどやされる」

「だから、行こうぜ、セツナ」

梃でも動かないだろう様相を見せ始めたセツナを、フリックとビクトールの二人は、口々に説得したけれど。

「平気だよ……。マクドールさんに叱られるのは、二人じゃなくって、僕だし……」

又、セツナは微かに笑って、彼等の言葉を流してしまった。

「…………どうしても、か?」

「……うん。どうしても……」

すればビクトールが、何かを確かめるように、セツナへそう問い掛け。

こくりと頷きながら、セツナはそれに応え。

「っとに。しゃーねぇなあ……。──フリック。お前先にラダト戻って、アップル達に報告して来いや。セツナは無事だって。今の内なら、上手くすればこの件、シュウの奴の耳には入れないで済むかも知れねえし。ちょいとな、予想外の成り行きだったが、セツナは無事なんだ、余計な説教、喰らうこたぁないだろ? こうなっちまったのは、セツナの所為じゃねえんだ」

彼の意思を確かめたビクトールは、がしがしと頭を掻きながら、相方を促した。

「そうだな。アップルやクラウスも心配してるだろうし」

故にフリックは、ビクトールの弁に頷き、又馬を駆って、ラダト方面へと消えた。

「シュウの、強烈な説教を喰らう程のことじゃない、と俺は思うが。反省はしろよ? セツナ。もう少し、自分の体のことも考えろ。な?」

フリックが行った後。

踞り続けるセツナの傍らにしゃがんでビクトールは、コン、と軽く、盟主の頭をぶち。

「……御免なさい……」

神妙な様子で、セツナは言った。

「心配すんな。カナタなら、本当に直ぐに帰って来るさ」

────自分が、こうして説教めいたことを言えば。

常ならば、一応は、反省したような素振りを見せながらも、直ぐにそれを流してしまうセツナが、態度を変えなかったから。

そんなに、カナタのことが気になるのかと、傭兵は、声の調子を明るく変えた。

「……そうじゃないよ。マクドールさんだもん……。マクドールさんなら、ちゃんと帰って来るって、知ってるよ……」

「なら、もう少し明るい顔しろよ」

「うん……。そう、なんだけど…………」

「何だよ。はっきりしねえ言い方だな」

「……何でも無い。……御免ね、ビクトールさん。僕未だ一寸、具合悪くて……」

けれど、ビクトールに励まされても、憂いを湛えたような、セツナの面差しは変わらず。

胸の内を誤摩化したまま、彼は又、西の一点を見遣った。

共にゆこうね、と、あの人が言うから。

はい、と、それにいらえて。

あの人に、『痛い』想いをさせたくないから。

それに、応え続けて。

なのに。

あの人に見せる現実は、それが叶わぬかも知れぬ、という、可能性の一つ。

もしかしたら、やって来てしまうかも知れない、未来の一つ。

…………御免なさい、マクドールさん。

……でも、僕には、未だ。

だから、せめて。

この、夕映えの中で。

僕は貴方を待ちたい。