カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『僕達の輝ける明日』
ジョウストン都市同盟と呼ばれていた都市国家連合の跡を引き継いだ同盟軍と、ハイランド皇国とが、北大陸中部に広がるデュナン地方の覇権を争った戦い────何時しか、誰からともなくデュナン統一戦争と呼び始めたあの戦争が終結して、半年が経った。
勝利を収めたのは、同盟軍だった。
漸く水が温み始めた早春のと或る日、総力を結集した同盟軍に皇都ルルノイエへ攻め上がられ、同日の内に、皇都及びルルノイエ皇宮は陥落、建国以来、二二五年の歴史を誇ったハイランド皇国は滅びた。
その時点では、皇国最後の皇王となったジョウイ・ブライトの生死は不明だった為、厳密な意味では、ルルノイエが陥落したその日は未だ、ハイランド皇国滅亡、とは言えなかったし、そこに一縷の望みを託したハイランド国民も少なくはなかったが、終戦より程なく、同盟軍の盟主だった少年が、デュナンに新たに建てられる国の王となるのが決まったらしいとの噂で市井が持ち切りになった頃、件の少年が、己が右手に宿していた『輝く盾の紋章』と、彼のかつての親友でもあったジョウイが右手に宿していた、輝く盾とは対の関係にあった『黒き刃の紋章』とを重ね合わせ、二つの紋章の真の姿──二十七の真の紋章の一つである、『始まりの紋章』を改めて宿したそうだ、との噂も市井には広がって、その噂の意味する処を知っていた者達は、ジョウイは逝ってしまったのだ、本当にハイランドは滅びてしまったのだ……、と肩を落とした。
それでも、尚、ハイランドを祖国としていた者達の中には、祖国の滅びを認められぬ者も、皇国の再興を望む者もいたが、平民を筆頭とする粗方の者達は、これより先、己達の祖国は、もう間もなく建国されるデュナン王国となるのだ、との現実を受け入れ始め。
────終戦より半年が経った、実り豊かな秋のその日。
戦争中は、同盟軍盟主の少年──セツナの『個人的な食客』との立場で、デュナン地方全土を覆ったあの戦いが終わって半年が経った今は、国王陛下に個人的に招かれている客と言い張って、かつての同盟軍本拠地であり、現在は、やっと一人歩きを始めたデュナン王国の王城とされているあの城に、周囲の迷惑顧みず、我が物顔で居座っている、隣国はトラン共和国建国の立役者、世間ではトランの英雄と名高いカナタ・マクドールは、
「………………へーーえ?」
国王陛下の執務室兼自室にて、その陛下が、その日は大人しく向き合っていた執務に邪魔という名のちょっかいを出していた最中、報告を携えてやって来た新顔の文官が告げたことに、陛下──セツナが何かを言うよりも早く、さも、面白いネタが勝手に転がり込んで来た、と言わんばかりの顔をして、愉快そうに言った。
「……は、はい。ええと、その…………そういう訳で……」
そんな、陛下の個人的な客と言うよりは、きっぱりはっきり居候、と言い表した方が余程妥当な彼の態度に、文官は、「自分は、陛下に報告をしに来たのであって、貴方に知らせに来た訳じゃない」と内心では思いつつも、辿々しく応える。
彼は、終戦を迎えた後に、同盟軍正軍師だったシュウ──現在は宰相の地位に就いている彼に認められ、文官として王城に務め始めた言わば新参者だが、市井の者達には誠に誉れ高いトランの英雄殿が、実はかなり厄介な性格をしているのと、自他共に認める病的なまでの『セツナ馬鹿』で、普段の人当たりは良いのにセツナのことになると人が変わる、というのと、触らぬ神に祟りなしを地で行く人物というのを、既に嫌と言う程思い知ってしまっているので、目の前の陛下を差し置いて、携えて来た報告に関する話をマクドール殿と続けるのは己の職務上躊躇いを感じるが、かと言って、無視するのはもっと躊躇う、だって怖いし……、と相成ってしまって、言葉を濁らせるしか出来なかった。
「……だって。セツナ、どうする?」
「そですねえ……。いろーー……んな意味で面白そうなんで、僕は今直ぐにでも会ってみたいって思いますけど。駄目ですか? 今の僕が迂闊にそんなことするのは、シュウさんからのお説教ものですか?」
「君と彼等の面会を断固阻止するつもりがあるなら、こんな話、君の耳に届く前に、シュウは握り潰すと思うよ。故に。君が思う通りにしても、シュウからの説教はない」
「ですよねー! じゃあ、早速──」
「──待って、セツナ。今言ったのはシュウの腹積もりの話で、僕の話じゃないよ」
「……え。カナタさんは反対ですか? お小言ですか?」
「うん。相手が相手だもの、万に一つがないとは言えないだろう? でも、僕の同席を許してくれるなら、僕もお小言は言わない」
「………………確かに、万に一つは有り得ますし、カナタさんが付き合ってくれたら、相手が誰であろうと、って奴ですけど。カナタさんも、実は面白がってますよね。玩具見付けた、とか思ってますよね」
「勿論。美味しそうなネタ、僕が見逃すと思う? 飛んで火に入る夏の虫」
「……やっぱり…………。……ま、いいや。────じゃあ、シュウさんに、その人達に会うからって伝えて貰える? 宜しくねー。僕も、直ぐ支度するからー」
が、曖昧な態度で口籠った文官を、以降一切無視して、カナタはセツナの執務の手を止めさせ、齎された報告に関する建前と本音をぺちゃくらセツナと語り合って、セツナはセツナで、「ここ最近のカナタさん、暇そうにしてたもんなあ……」と、どうやら国王陛下との面会を望み、王城までやって来たらしい者達への若干の同情を内心でのみ寄せつつも、「でも、カナタさんの本音は僕の本音でもあるしー」と、どうしよう……、と自分達を見比べるのみしか出来なくなってしまった文官へ、にぱらっと笑みながら、面会希望者の求めに応じる旨を告げた。
「…………やはりな……」
セツナの許に向かわせた部下が戻って来て、「陛下は対面をご希望です」と告げた途端、己が自室──宰相執務室でもあるその部屋の、自らの椅子に深く腰掛けていたシュウは、判ってはいたが……、と軽い溜息を零した。
独断で以て、突然の、しかも予想外の訪問者の存在を握り潰してみた処で、僕は只の子供だしー、との顔ばかりを拵えるくせに、その辺の古狸や古狐よりも喰えない所を持ち併せているあの陛下や、その陛下よりも遥かに質の悪いマクドール殿には、何れ嗅ぎ付けられるだろう、とシュウは見抜いていたし、訪問者達の希望を叶えてやることから生まれる益もあるからと、素直にセツナへ話を通したら、思った通りの答えが返って来た、とシュウは瞑目する。
どうせ、面白そうだから、とか、格好の玩具が、とか、飛んで火に入る夏の虫、とかいった下心を山程抱え、満面の笑みと共に快諾したのだろう、マクドール殿も一緒──否、寧ろマクドール殿が率先して、と閉じた瞼の裏で、彼は軽い眩暈を覚えていた。
だが、絶対に大正解だと確信している己が想像に、精神的な眩暈を覚えていても話は進まぬし、益が得られる見込みはあるので、シュウは、再度軽い溜息を吐いてから、
「陛下の仰せの通りに、支度を。ああ、それと…………────」
己の前で直立不動の姿勢を取り続けている文官へ、指示を出した。