終戦の日。ルルノイエ皇宮が陥落する直前。

彼等は、死人になった。

否、死人となる筈だった。

ここで同盟軍盟主を討ち取れば、少なくとも自分達に残された『最後のハイランド』くらいは守り通せると信じて挑んだ戦いに、負けた、と悟った瞬間、己達の命はこの白亜の皇宮と共に費えるのだとも彼等は悟ったし、又、その覚悟も定まった。

……けれども、盟主の少年は、彼等に止めを刺すことをせず、『罪』を生きて償えと言い残し、仲間達と共に皇宮深部を目指して行った。

その為、彼等──ハイランド皇国の将だったクルガンとシードの二人は、以降、酷く中途半端な存在と化してしまった。

あの日、ルルノイエ皇宮で起こった出来事の真実を知らぬ者達にとって、クルガンもシードも、戦没者──即ち死者だ。

だが、彼等は生者でもある。現実には生きている。

故に二人は、死人でありながら生者であり、生者でありながら死人でしかないという、身の置き所のない『幽霊』となってしまった。

…………それでも、終戦後間もなくは、宿敵だった同盟軍の盟主に見逃して貰うような形で生き延びてしまったことを、戦人として最大の屈辱と感じながらも、彼等は、ハイランド皇国の再興を志した。

世の認識の上では死者でしか有り得ないが、自分達は確かに生きているのだから、祖国の為にも望みは捨てない、と心に誓った。

だが、ハイランドも、ハイランドが与えてくれた身分も失った、後ろ盾一つ持たない彼等の足掻きは微々たるもので、悶々と日々を過ごしている内に、デュナンに新国が建国されるとの噂と、新国の国王に即位すると決まったセツナが、始まりの紋章を宿したらしいとの噂が、二人の耳にも届いた。

それは即ち、祖国の為にと、生き延びた彼等が秘かに探し続けていたジョウイ・ブライトの死去を意味していて、ジョウイは逝ってしまったのだと思い知らされた瞬間、クルガンも、シードも、諦めを手にした。

婚姻の結びによってジョウイに皇王の座を授けた、かつてのハイランド皇女ジルが、名も身分も変え、ハルモニア神聖国の片隅にてひっそり暮らしているのは、二人も承知していたが──ジルがそうやって生き続けられるようにと、ジョウイに手を貸したのも彼等だから──、今更、彼女を担ぎ出せる筈もないし、彼女が、皇族最後の生き残りとして神輿に乗るとも思えず。

……もう、こうなっては仕方ない、セツナに言い渡された通り、生きて『罪』を償う為にも、有り難くもない命をそれでも後生大事に抱えながら、消えてしまった祖国への未練を断ち切り、残りの人生を費やそう、とクルガンとシードは口々に言い合ったが。

寄る辺一つ持たない流浪の身の上となった彼等が、流離うばかりの日々を送り始めて暫しが経った頃。

終戦の頃から数えて約半年後。

彼等は、再び噂を耳にした。

かつてのハイランド皇国領土が、ハイイースト県と名を変えて、正式にデュナン王国の統治下に組み込まれるとの噂を。

…………そうしたら、二人は、居ても立ってもいられなくなってしまった。

断ち切った筈の祖国への未練は、いまだ、彼等の中に燻り続けていた。

──今更、ハイランドの再興を志したりはしない。一応はその人となりも知ってはいるセツナや彼の国が、非道な真似をするとも思ってはいない。

だが。

それでも、かつての祖国に、かつての祖国の民達に、デュナン王国が、確かな平穏や安寧を齎してくれるという確証が欲しい、と二人は望んでしまった。

敗戦の果てに滅んだ国の者達がそれを望むのは、筋違いであり烏滸がましくもあるが、祖国だった大地に、祖国の民だった者達に、望み得る限りの慈悲を……、と。

だから。

そんなことをしたら、今度こそ二人揃って首を刎ねられるだろうと思いつつも、彼等は、流離わせていた足先を、デュナン湖畔の古城へ向けた。

セツナの居城へと。

流れ者には相応しい、粗末な旅支度に身を包んだクルガンとシードがデュナン城の正門を潜ったのは、城近くの村々の田畑を、稲穂や春小麦が黄金色に埋め尽くす時期の、晴天のと或る日だった。

ハイランドとの交戦真っ直中だった頃も、志願兵や難民達に広く門戸を開いていた所為か、戦時中だったにも拘らず、雑多でおちゃらけていたあの城は、平和を勝ち取った今は殊更におちゃらけているようで、見掛けぬ顔の旅人二人が、腰に剣をぶら下げたまま城門を潜ろうとしても、門兵達は、留める処か、「ようこそ、いらっしゃい!」とばかりに笑顔全開で通した。

そこより続く石畳を城の本棟へと辿る道すがらも、おちゃらけとか、すちゃらかとしか例えようのない風景は至る所に溢れていて、流石に二人は、「大丈夫か、この国……」と、一抹の不安に駆られる。

でも、これも平和が訪れた証拠なんだろう、と思い込むことにし、一応憚りながら、恐る恐る城内へと踏み込んだら、偶然通り掛った一般兵の一人に、

「何の御用ですか? 何方かにご面会でも?」

と、やけに親し気に話し掛けられて、多少は疑うということをしろ、と思わず突っ込みつつ、クルガンが、

「……我々は、クラウス・ウィンダミア様の旧知の者です。クラウス様にお目通り願いたいのですが」

と、咄嗟に機転を利かせた。

尤も、機転のようで機転とは言い切れないそれだったが。

先の戦争中、キバ・ウィンダミアとクラウス親子がハイランドから同盟軍へと寝返ったのは周知で、戦後もそのまま新国に仕えた親子なら、多くを語らずともこちらの氏素性が判るし、直ちにどうこうはしなかろうからと、この城には数多集っているらしいお人好しの一人な兵士の言葉尻に乗って、クラウスを呼び出して貰おうと考えた処までは良かったが、ウィンダミア親子と旧知ということは、こちらもハイランドと関わりがあると自ら暴露したようなもので。

告げ切ってしまってから、「あー………………」と、クルガンは天を仰ぎ掛けたが、とことんお人好しに出来ているのか、それとも底抜けに能天気なのか、将又、そこまでの知恵が廻らぬのか、兵士は、

「承知致しました」

と、誠に朗らかに告げて、暫しお待ち下さいと言い残し、走って行った。

「…………なあ、クルガン」

「…………何だ」

「すげー余計なお世話だし、俺がそんなこと言ってやる義理はないんだけどな」

「……だから、何だ?」

「………………大丈夫か? この国」

「それは、私が問いたい。……大丈夫なのか、この国…………」

故に。

城本棟一階の広間の片隅に、小さく縮めた身を寄せ合って、こそこそ、シードとクルガンは、膨れ上がって来た不安を吐露し合い。

それより暫し。

「旧知の者とは誰でしょう?」

……との顔をしながら、中二階に設置された『えれべーたー』から降り立ったクラウスと、居心地悪そうにしていた二名は、久方振りの邂逅を果たした。

クラウスも、同盟軍時代から頭に花が咲いているような人々で満たされ続けてきた城内の雰囲気に毒されたのか、ハイランド時代の彼とは違い、のんびりおっとり、な雰囲気を纏っていたが、流石に彼は、頭に満開の花を咲かせる処までは行っていなかったので、クルガンとシードの顔を見遣るなり表情を引き締め、周囲の者達には、懐かしい友人がわざわざ訪ねて来てくれたとの態を振り撒きつつ、突然の訪問者二名を有無も言わさず自室に引き摺り込んで事情を聞き出してから、少々慌てているような素振りで、部屋を出て行った。