玉座の間の直中に突っ立ったまま、延々延々悩んだけれど、結局、クルガンもシードも、『国王陛下のお望み』に添うことにした。
あの小さな彼の願いを蹴ったら、洒落でなく今度こそ死ぬ、と思えたし、どうせなら、トランの英雄にいびられながら死ぬよりも、いびられても生きていた方が未だいいかな、とも思えた。
どうしたって抵抗感は拭えず、言葉にも形にも出来ない複雑な想いは様々に胸を過り、いっそ自害して果てた方が……、とも考えたが、国を違えても己達の故郷であるのに変わりはない大地の今後に携わっていける道が拓けるのは、やはり『魅力』で、それを思えば、小姑のようなトランの英雄にいびられても、鉄仮面な宰相に言葉通り馬車馬の如くこき使われても、余裕で耐えられる気もした。
どういう風に頭の中が出来上がっているのか今一つ謎だが、少なくともセツナは自分達をも気に掛けてくれている風だし、言ってみれば同じような境遇の、キバとクラウスもいるし。
キバ将軍にだって、クラウスにだって、何より、ルカ様にだって出来たことなんだ、俺達にだって出来る! 筈! ……と、二人は、運命という名の現状を受け入れた。
……だから。
突然且つ予想外の訪問者が、デュナンの城を訪れた晴天の秋の日より少々が経った頃、戦時中、何処かで能く見掛けたような顔した剣士達二名が、正式に、セツナの臣下の列に加わり。
やはり、天気に恵まれたその日の午後。
国王陛下の自室で、カナタとセツナは、城下を見渡せる窓辺に行儀悪く腰掛けて、のんびりのほほん語らっていた。
「どう? 元ハイランドの白赤二人組、ちゃんとやってる?」
「ええ。頑張ってるみたいですよー。シュウさん容赦ないんで、時々へばってるっぽいですけど。その辺は、キバさんとクラウスさんが、上手いこと庇ったり何だりしてくれてる感じですしね」
「配属も、ウィンダミア親子の直属になったんだっけ?」
「そです。その方がやり易いかな、って思って。元々、ハイイースト県絡みの手配は、キバさん達に任せてみようって、前々からシュウさんと決めてましたしね。都市同盟出身者な人達よりも、ハイランド出身者な人達に口出された方が、向こうの担当さん達も受け入れ易いんじゃないかなー、と。……ま、却ってって言うか、その分って言うか、キバさん達への風当たりは、きっついでしょうけど」
「あちらから見れば、彼等はこちらに寝返った裏切り者だからね。けど、それくらいの試練は乗り越えて貰わないと。僕達だって、何時までもこの国にいる訳じゃないから」
「ですねー。何にせよ、一日も早く、上手いことこの国が廻ってくれれば、僕はそれでいいです」
先日のあの日は、『先制攻撃』の意味も込め、わざわざ正装なぞを着込んだ彼等も普段通りの軽装をしていて、数日前からその日の午前中まで、生家のあるトラン共和国首都グレッグミンスターに戻っていたカナタに、セツナは、数日振り! と盛大に懐きながら、カナタもカナタで、懐きっ放しの彼を盛大に甘やかしながら、二人は、うっかり転げ落ちたらどうするんだ? と言いたくなるような場所にて好き放題語り合い、
「セツナ。こんなに良いお天気だから、午後のお茶でもしに行く? それとも、お散歩にでも行く?」
「そですねえ……。ちょびっと体動かしたい気分なんで、お散歩がいいです」
「ん、判った。じゃ、お散歩序でに魔物狩りでもしようか」
「はーーい!」
今度は、国王陛下、執務は……? と言いたくなるやり取りを交わし。
各々、得物を手にして身に付けて、そろ……っと部屋の扉の向こう側を窺い、今なら大丈夫そうだと頷き合って、窓から身を躍らせた彼等は、一階下へと飛び降りる。
そうしても、直ぐそこがシュウの部屋だからと気配だけは殺し続けて、更にそこから三階のテラスへと飛び降りて、以降は、素知らぬ顔で城内を抜けつつ城門を目指したが。
「何処行きましょっか。一寸やそっとの所じゃ物足りないですよねえ」
「確かにね。でも、今から出掛けても夕餉時くらいまでに戻って来られて、且つ物足りる場所となると、一寸心当たりがないね。船を出して貰ってもなあ……」
「洛帝山……は遠いですよね。マチルダの向こうですもんね。……あーもー、ビッキーがいてくれればいいのにー!」
「拗ねない、拗ねない。……あ、じゃあ、こうしようか。下っ端な例の白赤二人組捕まえて、お供にして、あの二人相手に運動しよう」
「……あ、いいですね、それ! そーしましょー」
首尾よく抜け出したまでは良かったものの、行く先に困ったセツナとカナタは、うーん……、と頭を捻って、白赤コンビには迷惑千万だろう予定を勝手に立てると、くるん、と身を返し、下っ端達を攫いに戻って。
最大限踏ん張って、何とか国王陛下と英雄殿のお供の役目から逃れようとしたのに、どうしたって許しては貰えなかった下っ端白赤コンビが、ヨレヨレしつつデュナン城に戻って来たのは、日没時だった。
散々、カナタとセツナ曰くの運動に付き合わされ、挙げ句、英雄殿には格好の玩具とばかりに弄られ、国王陛下にはからかわれて、疲労困憊で帰城したのに、城本棟一階広場にて、鬼のような宰相殿が、不憫な下っ端二名を手ぐすね引いて待ち構えていた。
「お前達…………」
朝から晩まで無表情を貫いているくせに、こういう時ばかり、傍目にも判り易い怒りの形相を拵えている宰相殿の、唸り声付きの出迎えに、クルガンとシードは顔を引き攣らせる。
「何でしょうか……」
「サボった訳じゃなくてですね! 陛下とマクドール殿に有無を言わせず!」
「そんなこと、言われずとも承知だ。お前達が、好きで職場放棄をしたとは思っていない。だから、そうではなくて。──慣れろと言ったろうが! 即刻、陛下とマクドール殿のあれに慣れろとっ。どうしてお前達は何時まで経っても、あの二人に振り回されてばかりいる? 学ぶということが出来ないのか? 仕事は山積しているのに、彼等の言うなりになっていたら、到底終わらんだろうがっっ」
……これは、雷が落ちるな、と思った通り、二人が思わず身を竦めた直後、シュウの盛大な罵声が飛んで、俺達は悪くないのに……、と下っ端達は項垂れた。
「全く……。……いいか? 逃げろ。今後は何が遭っても、全力で、陛下とマクドール殿の魔の手から逃げ切れ。それが、今のお前達が真っ先に覚えるべきことだ。出来ないとは言わせない。私は、陛下達の新しい玩具を雇った訳ではない」
しかし、どよん……、と落ち込む彼等へ、シュウは、厳しいままの顔付きで厳しい言葉をぶつけてから、「あーもー、胃が痛い」と踵を返し、
「大丈夫ですよ。あんな風に仰ってますけど、陛下とマクドール殿に一番振り回されているのは、他ならぬシュウ殿です。あの方も、立場上、見栄を張っているだけです。陛下達から逃げ切るなんて、出来っこないんですから。でも、早く慣れて下さいね」
何時の間にやらやって来たクラウスが、小声で二人を慰めた。
「…………そっか。そうだよな……。相手が悪いよな…………。……頑張ろうな、クルガン……」
「ああ。頑張る……しかないのだろうな……。私も、胃を病みそうだが…………」
だいじょーーぶ、だいじょーぶ、と昔からのよしみで慰めてくれるクラウスに、力ない笑みで礼を言い、シードも、クルガンも、自分達を励ます。
「これも、ハイラ──ハイイーストの為」
「我々の故郷と、この国の為」
────何となく、何処かで人生を間違えて、諸々を踏み外してしまったような気がしなくはないけれど。
何も彼も、愛おしいモノ達の為だと思えば、きっと耐えられる。
これからだって、何時までだって、耐えられる。
トランの英雄にいびられても、陛下に玩具にされても、鬼宰相にこき使われても、耐えていける……筈。
…………多分。ちょぴり自信がないけれど、多分。
否、耐えてみせるさ、下っ端なりに!
──と、クルガンとシードは、その時、小さく握り拳を握った。
それこそ、下っ端なりの決意を秘めた拳を。
下っ端だけど、虐げられてるけど、玩具だけど、自分達って不憫、とも思うけど、この道を辿った先に、愛おしいモノ達の為の輝ける明日が待っている筈だから、と。
End
後書きに代えて
不憫で不幸な下っ端さん達のお話。
──ルルノイエにて、クルガンとシードを倒してから、一旦、外に出て戻ると、ルルノイエの入り口からそこに至るまでに倒した雑魚な皆さんの亡骸はそのままなのに、彼等の姿は消えてますよね。
あれを見た時、システム上の都合と受け取らず、もしかしたら彼等は生きてるかも知れないってことかなー、と受け取ってしまったことがありまして、故にワタクシの脳内では、「どーせこの話ではルカ様もキバ将軍も生きてるんだし、いいじゃん、もう、クルガンもシードも生きてるってことで」、となってしまってまして、結果、彼等は、このシリーズの中では下っ端な運命を辿らされてます。
尚、じゃあ、ハーン・カニンガムはどうなる、って突っ込みは無しの方向で一つ(笑)。
何はともあれ、頑張れ、下っ端白赤コンビ。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。