「……セツナ……様。ですが、それは…………」

「だって……俺達は…………」

────行く先がないなら、僕達のお城に来てくれて構わないって言ったでしょ?

……とのセツナの科白から、彼等がしている話の意味は飲み込めたが、クルガンとシードは二の句を失った。

「え、僕、何か変なこと言った? あ、もしかして二人共、自分達は戦死者扱いになっちゃってるしー、とか、ハイランドの将だったしー、とか思ってたりする? …………ならね、いいこと教えてあげる。本当に本当に内緒のお話だけど、ここにいる皆は知ってることだから。でも、ぜっっっっっっっっ……たい内緒ね? 何処かで喋っちゃったりしたら、カナタさんに制裁して貰うからね? ──あのね。ルカ・ブライト。ルカさん。いるでしょ?」

「は? はい、ええ……」

「それが何か……?」

「…………ルカさん、生きてるよ。半年前から旅に出ちゃってるから、今はこのお城にはいないけど、ルカ・ブライトは同盟軍に討ち取られちゃいましたー、って頃から戦争が終わるまで、ルカさんにも、ずっとこのお城にいて貰ったの。このお城でのルカさんは、ルカ・ブライトと同じ名前の、顔も良く似た、ルカってだけの遊歴の剣士でしかなかったから、確かにルカ・ブライトは『死んだ』けど、生きてるよ?」

「はぁぁぁぁぁ!? ルカ様が生きてる!? 嘘だろ、おい!」

「セツナ様、それは幾ら何でもご冗談が過ぎます」

それでもセツナの話は続いて、「そういう類のことを気にしてるなら」と彼が始めた内緒の打ち明け話に、シードは叫び、クルガンは顔を顰める。

「ほんとだってば。嘘でも冗談でもないってば。僕がお願いしたんだもん。生きて罪を償って、って。只のルカになって生きて? って。だから、クルガンさんとシードさんが本当はこうして生きてるのも、この先このお城に住むのも、多分へーき。尤も二人にも、ルカさんの時みたいに、ハイランドの将だった人達じゃなくって、只のクルガンさんと只のシードさんになって貰わないと駄目だけど。その辺はきっと、シュウさんも上手くやってくれると思うし」

「それくらい、楽勝だろう? 君達の愛する故郷の為ならば。……出来るよね。セツナが、こうまで言ってるんだし。この子を、泣かせたりしないよねぇ、君達だって」

「……と、いう訳だから。二人も、色々に早く慣れてね!」

すればセツナは、「本当のことだもん!」と、ぷっと不満そうに頬を膨らませて、カナタは、物分かりの悪い……、と言わんばかりに目を細めつつ二人を鼻で笑って、再び揃って、ご近所の主婦の井戸端会議のように「あー、やだやだ」と言い合ってから、万事解決、全ては決定、と、さっさとセツナが話を打ち切った。

「えー……。あー……。えええーーー…………?」

「そう仰られましても、その…………」

そんな彼等を唖然と見詰めながら、どうしよう、全然話に付いていけない……、と硬直したまま、シードとクルガンは、ごにょごにょと口の中で何やら訴えたが、もう、カナタもセツナも聞く耳を持たず。

先ず、何処までもひたすら無駄なまでに優雅な身のこなしでカナタが立ち上がり、最上級に恭しく、玉座のセツナへと手を差し伸べて、次いで、伸べられた手を至極当たり前のように取ったセツナも立ち上がり、

「今日の処は、これくらいで勘弁してあげるよ」

「シュウさん、後は宜しくねー」

二人は、それだけを言い残すと、傅き、傅かれとされながら、正装の裾翻し、玉座の間から退出して行った。

だから、「やっぱり苛めじゃないか、自覚あるんじゃないか、トランの英雄め……」と思いながらも、クルガンもシードも、困り果てつつ彼等を見送るしか出来ず。

「……シュウ宰相。大丈夫ですか…………?」

彼等が去った途端、右手で椅子の肘掛けを握り、左手で胃の臓辺りを押さえて背を丸めたシュウを、クラウスは案じ始める。

「気にするな。こうなるだろうのは、最初から判っていた…………」

だが、幾度か腹を摩ってから姿勢を正したシュウは、溜息付き付き、具合を窺ってきたクラウスを下がらせ、馬鹿面を晒し掛けながら立ち尽くしている二名へ向き直った。

「クルガン。シード。あれが、お前達の『嘆願』とやらに対する、陛下のお答えだ」

「…………ですから、シュウ宰相殿。そう仰られましても、我々には、全く理解及びませんが……」

「そのー……だな。結局、どういうことなんだ……?」

この男が相手なら、真っ当な会話が成立するだろう、と改めてシュウへと眼差しを送って、「判り易く説明して貰えませんかねー……?」と、彼等は顔を顰めた。

「陛下やマクドール殿が言われていた通り、お前達が、ハイランド──ハイイーストの行く末を気に掛け、意を決し、陛下との目通りを願ったならばの話だが。要するに、それだけの覚悟があるなら、この国の一員となるのを受け入れて、ハイイーストの為に馬車馬のように働け、ということだ。私の本音は若干違うが、それが陛下のお望みだ。否も応もない。渋々ながら、お前達の前歴には目を瞑ってやる。未だ建国より僅か半年、我等が国は、甚だしく人手不足なのでな。経験者は幾らでも欲しいというのが実状ではあるし、お前達なら、キバ殿やクラウス同様、旧ハイランド領に関して明るい」

「ハイラ──ハイイーストのこれからを作り上げるのに、我々を加えて下さると仰るのですか……?」

「任せてくれる……ってこと……か?」

そんな風に、全く以て事の展開に追い付けない二人へ、無表情になったシュウは淡々と解説を続け、や……っと話が飲み込めたクルガンとシードは目を見開く。

「無論、全てを任せることなど出来はしないが、意見くらいは聞いてやる。過去を失い、只人となるのだから、当然、最初は使い走りからだ。言うまでもないが、使い物にならなければ即刻クビだ」

「………………シュウ宰相。一つ、お伺いしたいことが」

「何だ?」

「我々に、辞退の権利は?」

魅力を感じない訳ではない申し出ではあるが……、と暫し目と目を見合わせた二人は沈黙を続けたが、やがて、クルガンが短い問いを発した。

「お前は何を言っている? 陛下のお望みがどうあれ、何も彼も、決めるのはお前達だ。尤も? お前達が陛下のお望みを蔑ろにした結果、あの方が泣かれたり拗ねられたり機嫌を損ねられたりしたら、マクドール殿がどう思い、どうされるかは、私は与り知らぬ。……ま、魂喰らいの紋章に飲まれる程度の目には遭うだろうがな。首を刎ねられたり吊られたりするよりは良かろう? 少なくとも、苦しまずには済む……のではないか? ────それでも、決めるのはお前達だ。陛下でも私でもない」

問いに、愚かな……、とシュウは肩を竦めた。

「ああ、それから。参考になるだろうから、一つ言っておく。陛下とマクドール殿、特にマクドール殿のあれに即刻慣れなければ、到底、ここではやっていけない。日毎夜毎、枕を濡らすような思いをさせられて、体を壊すのがオチだ。彼は、陛下の個人的な客で、グレッグミンスターとこの城とを行き来しているが、実態は居候だ。この城で、誰よりも態度が大きくて、何者も逆らえなくて、陛下を『溺愛』するのが生き甲斐な、自他共に認める『陛下馬鹿』な居候。それは、肝に銘じておいた方がいい」

しかしながら、彼はそこで細やかな仏心を出して──真実の仏心などではない──、二人に忠告をくれてやり。

「……シード。どうする?」

「どうする、ったって…………。……どうする、クルガン……?」

決めるのはお前達だとか何とか、したり顔で言っているけれど、それは、拒否権がない処か、話を受けるか、カナタ・マクドールにいびられながら死ぬかの、二者選択でしかないと思う、と二人は、黄昏れつつ悩み始めた。