カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『Figlio perduto
ー失われた子供ー
御注意
この作品は、幻想水滸伝シリーズの攻略本各種に記載されている、幻水2と幻水3の間に起こったらしいというハイイースト動乱の話です。
が、私は、所謂公式の小説や漫画を一切読んだことがありませんので、ハイイースト動乱の話が、小説や漫画になっているのか否かも知りませんし、この動乱が、公にどういった扱いをされているのかも知りません。
『幻想水滸伝3 108星キャラクターガイド』を筆頭とした設定資料集等に記載されている記事のみを基に、この小説を書きましたので、その旨、御了承下さい。
──この作品は、このサイトでは恒例の設定に従って書かれておりますので、ルカ・ブライトや、キバ・ウィンダミアが生きています。
又、一部、幻水3のキャラ及び設定が、少々登場する場面があるかと思います。ご了承下さい。
太陽暦四六四年であり、デュナン国歴三年であり、トラン共和国歴八年だったその年。
トラン共和国を打ち立てた建国の英雄、カナタ・マクドールと、デュナンの国を打ち立て、初代国王となった、セツナの二人は、或る日忽然と、トランの大地からもデュナンの大地からも、姿を消した。
その行方を、晦ませてしまった。
──彼等二人が揃って、デュナン湖の畔に建つ古城……かつて、ハイランド皇国と呼ばれた亡国と戦った同盟軍の本拠地であり、戦争終結後には、国王の居所となった古城、そこより旅立ったその日早朝、彼等の出立を見送った唯一の存在は在ったが、その存在は、人語を解する、が、人語を語れない、グリフォンだったから。
二人の出奔を見届けた『者』は、皆無と例えても良いのだろう。
兎に角、そうやって、二人は姿を消した。
国王陛下と隣国の英雄殿が、そろそろ己達の前より消え去ってしまうのではないか、と感じていた者は、数名、デュナンの城内にいたから、国王ともあろう者がそんな形で出奔してしまっても、常識が思い起こさせる想像よりは、混乱は少なくて済んだが。
それでもそれは、確かに大事ではあって、かつての同盟軍正軍師であり、当時の宰相であったシュウは、その知らせを受けた彼を目撃した者曰く、『それはそれは恐ろしい顔』で、陛下とマクドール殿の行方を探せ、と厳命を飛ばしたし。
国王・セツナを失ってしまったデュナンで、上を下への大騒ぎが起こったように、『再び』建国の英雄に逃げられたトランでも、起こった騒ぎは大きく、大統領レパントの指揮の下、消えた二人の捜索は行われて。
余り聞こえは良くないが、『逃して堪るか』、を合い言葉に、両国は結託し、東奔西走、二人を捜して捜して、でも。
結局、彼等が忽然と消えてしまった日より数えて、数ヶ月が経っても、その行方は、杳として知れなかった。
それ故、諦めた訳ではないけれど、『諦める』しかないのかと、捜索の手は、大々的なそれより、細々としたそれへと移り。
翌、太陽暦四六五年、王制だったデュナンでは、初の、大統領選挙が実施され、建国の頃よりグリンヒル市々長を務めていたテレーズ・ワイズメルが、その地位への就任を果たし。
同年、デュナン王国は、デュナン共和国へと名を変えた。
トランの英雄と、デュナンの王が、掻き消えてしまってより、八年。
太陽暦にして、四七二年、夏。
王制から共和制へと移行した際、宰相の座を降り、引退してしまったシュウの後を継ぎ、その地位を引き受けていたクラウス・ウィンダミアは。
その日、眉間に深い皺を刻みたくなる報告を受け取った。
遡ること十二年前、同盟軍とハイランド皇国との間で行われた、デュナン統一戦争が激化し始めたのが、あの年の夏だったからと言って。
何も、それに倣うように、『揉め事』の気配を漂わせなくとも良いのに、と。
今でも時折、同盟国のトランはロッカクの里より、統一戦争に助成してくれた忍びの二人──モンドや、随分と立派な青年へと成長したサスケが指導に来てくれるから、優秀な部隊へと成長した『諜報機関』──有り体に言えば、忍び達からなる間者の一団──が、旧ハイランド皇国領土、現・デュナン国ハイイースト県へにて行った、調査結果報告書へ、目を通し終えたクラウスは、溜息を零す。
「先ずは、テレーズ大統領に、報告するとしましょうか」
──読み終えた、それ。
そこには、現在、ハイイースト県に、不穏な気配があること、それが記されていた。
どうやら、ハルモニア神聖国の辺境軍が、何やらを企んでいる模様、と。
それ故クラウスは、溜息の後に、今度は独り言を零し。
八年前まで、宰相だったシュウが使用していた部屋を大統領執務室と定めて、その部屋で、誠に真面目に、そして誠実に己が仕事をこなしている、テレーズの許へと向った。
共和国大統領の座に就いて、七年と少しの時が過ぎても。
その七年の間に過ぎた時全てが、まるで夢のようだと、そう感じることのあるテレーズは、その夏の日の午後、執務に一区切りを付けて、ぼんやり、窓の外を見遣っていた。
過ぎた、七年と少しの日々は、まるで夢の中の出来事の如くなのに。
十一年前に終わった統一戦争を勝ち抜く為、この城にて過ごしていたあの日々は、昨日のことのようで。
想い出であるのに代わりはないけれど、それでもそれは、確かに手に取れる想い出であり、振り返ればそこに、確かな形として存在していて、形ある存在の向こう側から、今にも、セツナとカナタの二人が、あの頃のようにひょっこり、顔を覗かせそうですらあるのは、何故なんだろう、と。
窓の外に広がる夏の空を眺めながら、テレーズはクスリと笑った。
──お説教なんか喰らいたくないしー、とか、お城の中にばっかり篭ってるのは体に良くないしー、とか。
そんなことを喚きつつ、大人の人に出来ることは、大人の人がやればいいこと、大人の人がやらなきゃいけないこと、との主張を掲げて、シュウや執務の手より逃れていたセツナの言い分が、今となってはテレーズにも、とても良く判る。
あの彼は、多分。
自身が身を投じた統一戦争が、如何なる結末を迎えようと、その後、この国の歴史がどのように流れようと、何時の日か必ず、実際にそうしてみせたように、行方を晦ますと決めていたのだろう。
『大人の人』──即ち、戦争後、この国を担って行くことになる者達が、何時か『消える』己に、頼り過ぎることないように、そう考えていたのだろう。
そして、あの彼は、何処までも、『子供』でもあったから。
遊びたい盛りの欲求に、『正直』に従い、日々を送っていたのだろう。
「…………そうね。確かにこんな日は、仕事なんかしてたら勿体ないわ……」
広がる夏の空の中を、緩く流れて行く白い雲を見詰めて。
微笑んだテレーズはそのまま、『昔』を思い出し。
一つ、伸びをして。
でも私は『大人』で、この国を担った、と、執務机に向き直った。
「………はい? 開いていますよ」
そして、向き直った瞬間響いたノックの音に応え。
報告書らしき紙束を手に、するりと入室して来た、厳しい顔付きのクラウスと、向き合った。