塀より飛び降り、夜の闇の中でも豊かと判る、緑踏み締めながら。
カナタとセツナの二人は結局、朝まで歩き通してしまった。
「ふわー……。お日様ですねえ……」
「……眠い? セツナ。徹夜なんかしたの、久し振りだものね」
「眠くはありますけど、でもちょっぴりだけです。お腹空いたー、の方が大きいです」
「そう? じゃあ、もう少しだけ頑張って、何処かで朝食摂ろうか」
彼等が夜通し歩いたのは、ミューズ・グリンヒルの関所近辺に広がる森を背負った、平原の一角で。
東の空を明るく染め始めた日の出を見遣り、眩しそうにセツナは、目をしょぼしょぼさせ、後一寸、とカナタは、眠いよりもお腹が、と言い始めた彼の頭を、励ますように、二、三度撫でた。
「処で。どっち行きます?」
「…………そうだねえ……。ティント抜けてグラスランド、は芸がないし。マチルダからカレリア抜けてハルモニア、はゾッとしないし。デュナン湖渡ったら、クスクスか、デュナン城、になるから……」
「でも、ミューズの方は……」
「うん。それは論外。…………ま、いいか。何時も通りで」
「そですね。そうしましょっか」
何処かで適当に朝餉を摂って、休息して、と、決めたは良いものの。
再会を果たしてしまった仲間達より、少しでも遠い所へと、それだけを考えて一晩進んで来た彼等は、さて、そこから先……、と悩み始め。
だが、悩んでいても仕方ないから、『何時も通りの方法で』と、その場に立ち止まり。
トン……と、背に負っていた棍をカナタは大地に立てて、支えていた右手を離した。
そうしてやれば、見る間に棍は傾いで、カラリ、と大地に転がる。
「…………あ。南だ」
「南……。南だと、デュナン湖渡らないと、ですねえ……」
──要するに、二人は。
旅の行く先を思い倦ねると、『棒倒し』の導きに任せて進む先を決めているようで。
「……じゃあ、セツナ」
「はい?」
「少しだけ東に戻って、街道外れの漁村で船を頼もう。で、そこから『一寸だけ』、楽しいことしよう」
棒倒しの導きが南を指していると言うなら、それには素直に従おうと、カナタが道行きを決め始めた。
「…………楽しいこと……?」
「うん。多分ね、僕達が束の間でもデュナンに戻ったという話は、クレオの耳にも届くと思うから。どの道、近くまで来たことクレオにバレるなら、顔出ししておいた方がいいかな、と。そう思ったんだ。前回あの街に寄ったのは、もう三、四年は前になるし、家のこと任せきりで申し訳ないし、クレオ、僕だけじゃなくってセツナのことも心配してるから。だから、グレッグミンスター付き合ってくれる?」
「はーい。皆には内緒で、時々クレオさんの所には帰るって、約束ですもんね。……でも、一寸だけ楽しいこと、って何ですか? カナタさん。グレッグミンスター行くのが、一寸だけ楽しいこと、じゃないですよね?」
「そうだよ。『楽しいこと』って言うのはね、砂漠越えのこと。今、バナーの峠を使ったら、誰かに巡り会ってしまいそうだろう? だから、あそこ越えようかと」
「……はい? 砂漠越え? …………砂漠、って……、あれ、ですよね? むかぁし、ビクトールさんとフリックさんの二人が、トランからデュナン来る時越えて、フリックさん死に掛けた、って言う……。サウスウィンドゥの、うんと南の……」
向う先を決めた、と。
そう言い始めたカナタに頷きを返していたら、いきなり、砂漠越え、と言い出されて、さあっとセツナは顔色を変えたが。
「うん。そこ。……そんな顔しなくても平気だよ。確かにあの砂漠、不毛と名高いけれど、生きて越えた者が二人もいるんだし。フリックが、死に掛けた、だけで済んだんだ。と言うことは、僕達なら楽勝」
「楽勝……って。砂漠ですよ、さ・ば・く! 僕嫌ですーーーっ、あんな暑いトコーーーーっ! 只でさえ、今真夏なのにーーーーーっ!」
「四の五の言わない。体鍛える為と思えば、苦にもならない。……さ、行こうね、セツナ。砂漠越えて、グレッグミンスター着いたら、さぞかし、氷菓子が美味しく食べられるよ」
にっっ……こり微笑んだカナタは、暑い所は大嫌いです! と叫び、暴れ続けるセツナの手を引っ掴んで、行くよ、と。
半ば強引に、歩き出した。
「……別に僕、格別に美味しい氷菓子食べる為に、砂漠越えなんかしたくありません……。それって、何か違うような気がします……。氷菓子食べる為に、遭難したら笑い者なのに……。…………うーっ、暑いのヤだよぅ……」
だから、嫌々ながらも。
引き摺られるように足を進めながら、それでもブツブツ、セツナは愚痴を零して。
「暑さ寒さのことになると、セツナは何時もそうなんだから……。──砂漠越えても、へばらないように考えてあげるから。……ね? もう当分、この国にやって来ることもないし、あの砂漠を越えるのも、きっと最初で最後だし、あそこを越えれば、追って来るかも知れないうるさい輩も振り切れる。それとも、バナーの峠越える為に通らなきゃならないラダト通って、元・鬼軍師殿に捕まって、お説教喰らいたい?」
「あっ、それは嫌です。シュウさんのお小言は、今思い出しても怖いですから。だったら未だ、砂漠越えた方がいいです。………………もう、会う訳にもいきませんしね」
「ああ。残念だけどね。早々、再会を喜ぶ訳にはいかない。偶然の再会なら、兎も角」
「そうですよね…………。…………何年経ったら、ほとぼり、冷めると思います? カナタさん。どれくらい経ったら、ハルモニアの人達、デュナンのこと諦めて、僕達のことも忘れてくれると思います……?」
「………………さあね。未来永劫、叶わないような気もするけれど。……ま、少なくとも五十年くらい経てば、今回のことのほとぼりは、冷めるんじゃないかな。……あっという間だよ。多分ね。高が五十年だ。その頃になればきっと、トランもデュナンも、僕達を忘れるし」
「五十年ですか。早そうですね。……本当に、早いといいですね」
「……そうだね。──ああ、僕もお腹空いて来た。朝一番釣り立ての、お魚食べに行こっか」
「はーーい」
──地図にも乗らぬ程小さな、漁村へ向うべく。
二人は、朝日が昇り切ったばかりの草原の彼方に、滲んで溶けた。
────太陽暦四七二年、盛夏。
かつて、ハイランド皇国領土だった、現・デュナン共和国ハイイースト県にて勃発し、後に、ハイイースト動乱と呼ばれることになる争いは、夏特有の熱い風の中に、秋の気配が忍び込み始めた晩夏、ハルモニア神聖国辺境軍の、完全撤退を以て、終結した。
この動乱を抑え、神聖国辺境軍との戦いに勝利したデュナン共和国は、その手に取り戻した平和を、二度と手放さぬと言わんばかりに、それより、友好関係にある近隣諸国と協力しながら、ハルモニア神聖国による、再びの侵略を警戒しつつ、平穏を護りつつ、が。
以降、長きに亘る歴史の中で、幾度か。
ハルモニア神聖国との戦争を、繰り返して行くことになる。
End
後書きに代えて
猛烈に挑みたくなったので、挑んでみたは良かったものの。途中で挑んだこと後悔しそうになった、ハイイースト動乱のお話でした。
──ものすんごく、沢山のキャラ、書いたような気がする……。
書いてる最中抱えてた、戦争辞典は重かった(遠い目)。
物凄く切実に、幻水世界の世界地図が欲しいとも思った。
でも好きなんです、こういう話書くの(←懲りてない)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。