「十五年前、トランで。十一年前、デュナンで。それぞれの国で起こった戦争の果て、新しい国が出来た。トランからもデュナンからも、建国の英雄は消えてしまったけれど、どちらでも、残された者達は、英雄と共に、己達の国を造り上げたことを誇りに感じ、国を守り続けている。──…………悪いことではない。決して、悪いことでは。消えてしまった英雄達を憶って、今尚、英雄達に思い馳せて、彼等がその身を削って打ち立てた国を、と、そう思うのは、間違ってはいないと私は思う。……でも」
「…………でも? 何だよ」
「……考えてみたことはないか。一〇八星の一つだと言われた私達は。どれだけ時間が流れようと、どれ程歳を取ろうと、日常が如何に変化しようと。一〇八星の一つであるからこそなのか、あの頃を、昨日のように思い描ける。私達の現実は今で、私達が生きるべき場所は、建国の英雄達がいなくなってしまった『ここ』なのに。その『今』よりも、彼等が『現実』だったあの頃の方が遥かに鮮明で、彼等へ、際立ち、深過ぎる想いを注ぎ続けるのは何故なんだろうと。……あの頃。我々に『夢』を見せて止まなかった彼等を、年月が過ぎた今でも、『夢』を見せて止まないと、そう想い続けるのは何故なんだろう、と」
「それ、は……。…………それは、想い出、って奴じゃないのか。あの頃の想い出、あの頃の記憶、その全てが深過ぎて、深過ぎるそれ全てにあの二人が関わってて、だから、じゃないのか……?」
「……シュウ。あんたが何を言おうとしているのか、俺には未だ見えないが。俺達は、あいつらと関わって確かに、その人生が変わった。それだけは確かで、変わった人生の先に、あの二人はいた。……あんたの言おうとしてることは、それだけの……──」
聞き齧った、吟遊詩人の詩を真似るように、滔々と言い始めたシュウへ。
ビクトールとフリックは、それが一体何だ、と言わんばかりになった。
「──……それだけ? 何処が?」
が、シュウは、それでも態度を変えず。
「……私達がそう在ることを、どうこう私は言っていない。一〇八星が、一〇八星であるが故に、真の紋章宿した天魁星なる存在に、そのように魅せられるのが理だと言うなら、それはもう、どうしようもない。理は理だ。誰にも曲げられない。……だから、問題なのは、そこではなくて。そんな風に、我々を魅せて止まない彼等が、もう、目の前にはいない、という事実の方だ」
少しばかり、理解し難いことを、彼は言い出した。
「どういう意味だ…………?」
「あいつらが、俺達の前にいないのが、問題……?」
故に、ビクトールもフリックも。
難しい顔をして、首を傾げた。
「私達も、彼等が打ち立てた国も。彼等を失ってしまった。もう二度と、本当の意味で彼等は、『戻らない』。その身の紋章を捨て去らぬ限り、永遠、『子供』のまま在り続ける彼等は、私達にとっても国にとっても、二度と戻らぬ『失われた子供』だ」
「……そりゃ、まあ。……そうとも言えるんだろうな、持って回った言い方すりゃあ」
「でも。……トランとデュナンを造り上げたのは彼等で、我々一〇八星は、何処でどのように暮らしていても、心の奥底では、彼等の傍にと、そう想わずにはいられない瞬間を覚え続ける程、彼等に魅せられている。だから、『子供』であるのは、彼等でなくて我々の方だ。我々の国を生み、『夢』を見せ続けて止まない、親とも言える『絶対の存在』を、失ってしまった『子供』。それが、私達だ。……『絶対の存在』である彼等とて、捨てたくて『子供』を打ち捨てた訳ではなかろうが。紋章を持つ故に、紋章を持つ不老者故に、去らざるを得ないから、そうしただけのことだろうが。彼等は失われて、私達は彼等を失った、それは事実」
傭兵達が、顔の渋味を増しても。
シュウは何処か、歌うように言い続けて、そこでやっと。
ビクトールとフリックへ、向き直った。
「彼等はもういない。トランにも、デュナンにも。一〇八星達の前にも。だから我々の国は、『絶対の存在』を忘れて、進まなくてはならない。……でも。この瀬戸際に、彼等はやって来た。やって来て、その力を振るって、『子供』を救った。私達は、もう、『絶対の存在』に頼ってはならないのに。彼等は、もう私達に、自分達を頼らせてはいけないのに。…………だから、セツナ殿は、反省『は』している、と言った。マクドール殿は、後を宜しくと言った。親離れ出来ない、愚かな『子供達』を甘やかしたことを詫びて、私達やこの国が、本当の意味で親離れ出来るように、後を頼むと言い残した。…………宰相を引退して久しい私に、そのようなことを言い残されても、困るのにな」
そうして、シュウは。
何も言い返さなくなった傭兵達へ、四度目の溜息を注ぎ。
………………彼の、度重なる溜息を境に。
それより随分と長い間、小さな天幕の中には、沈黙が降りた。
だが、やがて。
深く考え込むようにしていたビクトールが、俯き加減だった面を、強く持ち上げ。
「…………それの、何処が悪い?」
はっきり、そう告げる。
「あいつらが、トランやデュナンから失われちまった子供だろうが、俺達が、親離れ出来ない情けねえ子供だろうが。……それがどうした。それの、何処がおかしい? 親が子を思って、子が親を思って、一体何が悪いのか、俺には解らない。そうだろう? それこそ、親が、ヨイヨイの年寄りになって、情けねえ子供達が大人になるくらいの年月が経てば、誰だって一人で歩き出す。それが自然ってもんだ。────俺はな、シュウ。紋章持ちがどうとか、一〇八星がどうとか。そんなこと、考えたこともない。別の意味では考えるがな。紋章持ちなあいつらの未来が、幸せになってくれるのかどうか、とか。そういうことは考えるが。……俺があいつらのことを想うのは、これまでの出来事が与えて来る、想い出と、記憶と。あいつらが好きだから、って。それだけだ」
見下ろすようにして、シュウへとそう言い切ったビクトールは、「なあ?」とフリックを見遣り。
「そんな小難しいこと、考えたこともないな、俺も」
相方へ頷きを返しながら、フリックも。
「…………俺やフリックが、あの二人へ想いを傾ける──いや、傾け過ぎちまうってそれは、良く判る。実感出来る。何故なのか、それは解らない。それこそ、理って奴かもな。天魁星と、一〇八星の理。でも? だから? 理は理なんだろう? どうしようもないんだろう? だったら放っとけ、そんな喰えもしねえモノ。俺が、足腰立たねえジジイになっても、あの二人が『子供』のまま、一〇八星や、トランやデュナンの、『絶対の存在』で在り続けても。あいつらは、複雑過ぎて困り物な性格してて、どうしようもなく手の掛かる、少しばかり厄介な、俺達の弟分だ。……俺は、あいつらが可愛くて、大事だ、今でも」
「あれで、もう一寸だけ、あの口の悪さが何とかなれば、もっと可愛いけどな……」
そうして、傭兵達は、胸張る風になり。
「国のことなんざ、どうだっていい。星がどうのとか、何時だったかフッケンが言ってたようなことも、興味はないね。俺は、あいつらが好きだから、あいつらのことを想うし可愛がるし、あいつらがあいつらだから、『夢』を見続ける。……例えそれが、俺達にとっても、あいつらにとっても、不幸にしか成り得ないとしても。それが不幸だってんなら、不幸にならない努力をすりゃあいい。────……シュウ?」
「…………何だ」
「お前、あの二人のこと、好きだろ」
ビクトールは愉快そうに笑いながら、シュウを見た。
「………………少なくとも、セツナ殿の方、は。それが私の答えだ。……マクドール殿は……ああいう方だから」
すればシュウは、困ったように答え。
「そうか、そうか。────ま、だったら頑張りな。……話は判った。事情も。カナタの奴に、厄介事頼まれて大変だなあ。同情するよ。一介の交易商に戻ったのに、断りきれないあんたも、大概、だ」
「結局、どうのこうのと理屈付けて、国の行く末や体面守ったり、あいつらのこと考えたりしなきゃならないあんたの方が、俺達よりもよっぽど、お人好しなのかもな。俺やビクトールは、自分のことだけ考えてれば済むが」
何だ、取るに足らない話だった、と。
やって来た時のように唐突に、そして不躾に、ビクトールとフリックは、天幕を出て行った。
「……シュウ」
「何だ」
「どうして、もうこのデュナンにいてはならないあの二人が、少なくともセツナの方は、反省はしていると言いながらも、のこのこやって来たのかは、解っているのか?」
「………………解らない、とでも?」
戻って行った二人の背中を見送りながら、ルカはそう問い。
当たり前だ、とシュウは、五度目の溜息を付いた。