カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『Luca Blight』
建国の年より数えて三年。
季節は早春。
細やかな前触れがあるにはあったが、それ以外は予兆一つ齎さず、デュナン統一戦争の終戦記念日より少々が経った頃、デュナン王国より国王陛下が『出奔』してしまった。
隣国トランの、建国の英雄殿と共に。
デュナン王国が同盟軍と呼ばれていた時代から、とんでもないことをやらかしてくれた国王陛下を裏でも表でも支え続けてきた、かつての同盟軍正軍師で、現在は王国の宰相であるシュウ以下数名の者達は、陛下なら、その内に仕出かすだろう、と踏んでいたことだったが、僅か数通の手紙のみを残して国主がトンズラしてしまった事実は、やはり、国内の、主に政治を担っていた者達に衝撃を齎し、上を下への大騒ぎへと発展した。
故に、デュナンの者達は、トラン解放戦争終結直後にも逃げられはしたが、それより三年後にやっと帰郷し、以降、数年間大人しくしてくれていた建国の英雄に再度の逃走を果たされたトラン共和国と手を組んで、「逃して堪るか」を合い言葉に出奔した彼等を捜したが、二国家を挙げての一大捜索も、徒労に終わった。
天に昇ったか、将又地に潜ったか、国王陛下──セツナと、トランの英雄──カナタ・マクドールの行方は、杳として知れなかった。
────その為。
国王陛下を諦めざるを得なくなったデュナンは、翌年の年末までに、王制を撤廃し共和制へと移行する旨と、それに合わせ、全国民の投票によって大統領を定める選挙を実施することを決めた。
現在はデュナン王国が治める北大陸中部に広がるデュナン地方は、古くは、絶対君主制国家だったデュナン君主国が治めていた。
太陽暦にして一一〇年頃より二五二年に亘り、デュナンを支配してきた君主国時代の末期、内乱が起こり、勝利した反乱軍によって建国された市長制国家サウスウィンドゥ市国が発足したのを切っ掛けにデュナン君主国は滅亡、太陽暦三一四年以降、デュナン地方は、ジョウストン都市同盟と呼ばれた都市国家連合が統治してきた。
そのジョウストン都市同盟も、古くから領土問題で争い続けてきたハイランド皇国の侵略を受け瓦解したが、都市同盟の跡を継いだセツナ率いる同盟軍が、ハイランド皇国との間に勃発したデュナン統一戦争を制した為、三年前、旧ハイランド皇国領土も含めたデュナン地方には、セツナ達の国──デュナン王国が建国された。
……そんな歴史を辿ってきたデュナン地方の者達にとって、議会制度を採択したとは言え、君主制である国家が建国される事実は、本来なら受け容れ難いことだった。
皇国だったハイランドへの嫌悪感も相俟って。
だが、それでも新国が君主制を選び、人々もがそれを受け容れた理由は、即位したのがセツナだったからだ。
かつての都市同盟の英雄ゲンカクの養い子で、ゲンカクと同じ、二十七の真の紋章の一つである『始まりの紋章』の片割れ──輝く盾の紋章を宿し、十代半ばという年齢で同盟軍を率いてハイランド皇国を滅ぼし、デュナン地方を統一してみせた彼だったから。
統一戦争が終結したばかりのあの頃、デュナンを治められるのは、セツナと、セツナを王に戴く国家でしか有り得なかった。
しかし、彼がいなくなってしまうとなれば、話は別だった。
国王陛下にトンズラを決め込まれました、などとは決して公表出来ぬから、体面を保つ為にも、公には退位とされたが、穏便に行われる退位だろうが、トンズラだろうが、人々には関係なかった。
輝く盾の紋章を、始まりの紋章とし宿した『少年王』が君主となったからこそ、デュナンの人々は誰もが王国を認めたのであって、彼以外の誰かが支配する制限君主制国家など、人々には到底崇められなかった。
故に、王国には、共和制へ移行する以外の道はなく、大統領選挙とて、実施せざるを得ないというのが実状で。
セツナとカナタが、仲睦まじく出奔してしまってから一年と少し。
季節は初夏。
やっと、秋頃に実施予定の大統領選挙の為の様々が形を取り始めてきて、かつてのセツナの居城──王国の政治の中枢を担うデュナン湖畔のあの城にも、本当に僅かばかりだが、安堵の雰囲気が漂いつつあった。
が、それでも、シュウや、今でも彼に仕えているクラウス・ウィンダミアその他、王国の政治を動かし続けている者達には休んでいる暇などなく、日々、東奔西走していた。
現在はミューズ市長となったフィッチャーや、トゥーリバー市の全権大使マカイ、コボルト族の将軍リドリー、グリンヒル市長テレーズに、ティント市のグスタフ達も、全面的に協力してくれてはいるものの、片付けた端から仕事が湧いて出てくる有様だった。
セツナにはセツナの考えがあって出奔を実行に移したのだろうし、実際、共和制への移行さえ叶えてしまえば、彼がおらずともやっていける国にはなったが、統一戦争の傷跡は未だにあちらこちらで窺え、どこの市も己の膝元の復興に忙しく、前団長だったゴルドーの所為で、一度はハイランドに降伏してしまった騎士団の立て直しから始めなくてはならなかったマチルダに至っては、国家関連の事業に協力したくとも、早々は……というような状態ですらあった。
それに加え、セツナが王位を退く国には何ら魅力を感じない、旧都市同盟領の者達とは真逆に、旧ハイランド領の者達は、あからさまではないものの、共和制の採択に難色を示していた。
ハイイースト県の県政は、いきなり、都市同盟が出身の人達が乗り込むよりは、徐々にの方がいいと思う、とのセツナの意向に従い、穏健派だった元ハイランド貴族達の中から、至極真っ当な者達を選んで仕切らせているし、キバやクラウスや、クルガンやシード達も面倒を見ているけれども、共和制──即ち完全に身分制度を撤廃するというのは、一部の者達には中々受け容れ難いようで、そちらの方も宥めなくてはならなく。
────その頃。
宰相であるが故に、その全てと向き合わなくてはならないシュウは、酷く疲れていた。