陛下やマクドール殿絡みのことで、あそこまで荒れてるシュウ殿を何とか出来るのは、貴方だけですからねー、と、宰相閣下の宥め役を一同より名指しで押し付けられたルカは、怒り心頭の足取りで控えの間に向かったシュウの後を追った。
「あのな。気持ちは判らんでもないが、お前がそこまで機嫌を露にするのはどうかと思うぞ」
とどのつまり、小僧共の好き勝手の尻拭いでしかないことを、何で俺が、と思わなくもなかったが、放っておく訳にもいかないと、二人きりになったその部屋で、彼は、極力穏やかに聞こえるよう精一杯努力して声を絞りながら、シュウを宥め始める。
「お前が、説教の真似事か? 腹立たし過ぎて抑えが利かないのに、余計に腹が立つだけだ」
「だから、気持ちは判らんでもないと言っている。確かに、連中のお陰でハイイーストの件は上手くいくのだろうが、やり方──」
柄にもない声と態度で傍らに寄ったルカを、シュウはキッと睨んでから、ムクムクより取り上げてきた封書を、睨み付けた彼の顔面目掛けて叩き付けるように放り投げた。
「──……お前な」
「うるさい。────やり方だ? 私は彼等のやり方に腹を立てている訳ではない。陛下には、マクドール殿が付いている。私の個人的な感情のみに基づいて言うなら、心底いけ好かぬ男だし、戦争中、散々、陛下相手に余計なちょっかいを出したばかりでなく、唆して出奔までさせた彼が、未だに陛下と共にいるのは到底許し難いが、それでも彼はトランの英雄で、小賢しい頭の出来をしていて、出自の所為もあり陛下よりも為政者に向いている。その彼が、陛下には付いている。陛下の『我が儘』を聞き届けつつハイイーストの連中を黙らせるなど、彼には朝飯前だ。下手など打つ訳がなかろう。……だから腹が立つんだっ!」
言葉半ばで遮られた挙げ句、顔を狙って手紙が飛んできて、流石にルカの声音からは穏やかさが消えたが、シュウは喚くのを止めず、俺よりも、お前の方が手間の掛かる男ではないか、と内心で嫌気を感じながらも、放られた手紙を、ルカは開いてみた。
────……ので、僕としては、そこまでしてやる必要はないと思うけれども、穏便且つ手早く話を片付けたいとセツナが言うから、上に書いたように処理をした。
リッチモンドやタキさんから届いた知らせでは、例の事件を起こした野盗連中は、終戦を切っ掛けに取り潰されたり没落したりした元ハイランド貴族の子息達ということだったから、その辺をネタにの取り引きも済ませてある。
今回の件に僕達が関わったことは、隠蔽される筈だよ。
向こうも、かつての身内から宰相閣下の暗殺を謀った輩が出た、なんて公にされたくはないだろうし、「大っぴらになっちゃったりしたら、うっかり、以前の貴族階級を対象にした改めての一斉粛正とかやっちゃうかも知れません、僕、未だ正式には退位してないですからー」って、セツナが脅してたし、彼等だって、戦争も疾っくに終わった今になって死にたくはないだろうから? まあ、多分平気。
完全隠蔽の為に必要な細かいことは、そちらでどうぞ。
何はともあれ、ハイイースト県は、あちらの総意で以て、自主的に、共和制への移行と大統領選実施を受諾する。誰に言われた訳でもなく、命令された訳でもなく、無論、脅迫された訳でもなく、ね。
この手紙が着く頃には、ハイイーストからの書簡も届くと思うよ。
読み始めた手紙の一枚目には、冒頭から、カナタの筆跡にて先程の席でシュウが語っていた通りの成り行きが綴られており、その次に認められていた、市長達には打ち明けられなかった裏事情の部分まで読み進めた時、ルカは、精神的な胃痛や眩暈というものを、生まれて初めて体感した気になった。
「……お前の気持ちは判らんでもない、ではなく。お前の気持ちが、能く判った」
そのまま、真実希有な、同情の籠った眼差しをシュウへと注いでから、彼は先を読み進める。
必要なことは伝えた、と言わんばかりの雰囲気がありありと滲む文面で締め括られていたカナタよりのそれの更に先には、セツナの筆跡が続いていた。
ハイイーストのことは、カナタさんが書いてくれたから、そのお話は、もうお終いね。
──シュウさん、元気? ルカさん達や皆も元気にしてる? って言っても、リッチモンドさんやタキおばあちゃんに、何か遭ったら教えて下さいねってお願いしてあるし、二人共、何にもなくても色々知らせてくれるから、大体は知ってるんだけど。
ほら、あんなことが遭ったから、やっぱりね? 無事なの判ってても心配だったから。
……御免ね、シュウさん。御免なさい。
僕がいなくなっちゃって、大統領選挙ってことになったら、ハイイーストの人達はゴネるかも知れないね、ってカナタさんには言われてたけど、本気の駄々捏ねるとまでは思ってなくって、ティントのグスタフさん達が独立みたいなことまで……、っていうのは、僕も、カナタさんも想像してなくって、だからきっと、シュウさんのお仕事、すんごい一杯になっちゃったよね。
…………御免ね。ちゃんとお休みしながらお仕事してね?
でも、お城出る時に残したお手紙にも書いたけど、最初から、何時までも国王陛下なんてやるつもりなかったし、トランは解放戦争から三年であそこまで復興したんだもん、デュナンだって出来ると思ってたし、王様がー、みたいな国よりは、皆でー、っていう国の方がいいんじゃないかな、って僕は今でも思ってるよ。だから、手っ取り早くトンズラしたの。
但、今度のことは一寸見逃せないかなって思ったし、僕、未だちゃんとは王様辞めてないから、ちょびっとくらいは責任取らなきゃいけないよねー、とも思って、手、出しちゃった。
後のことは宜しくね。……あ、このお手紙届けてくれるムクムクには、八つ当たりしないで? ちょーーっと取っ捕まえて、お手紙配達してねー、ってお願いしただけなんだから。
そうそう、それと、伝言頼んでいい? ルカさんにね、シュウさん泣かせたら、しばきに行くからね、って言っといて。
ルカさんの場合は特に、昔をなかったことにするのって大変なんだろうけど、それでも、生きて償って貰わなきゃね、って思うんだ。
無理でも昔のことは忘れて、でも絶対に忘れないで、死んじゃいたいくらい後悔しながらでも頑張って生きるのが、ルカさんに出来ることの一つでしょ? 出来ないなんて言わせない。
ま、シュウさんが一緒なら平気だろうし。でもねでもね、シュウさんもシュウさんでね、ちょびっとくらいは優しくしてあげたりホントのこと言ってあげたりしないと、幾らルカさんだって拗ねちゃうかも知れないんだからね。……って、今、カナタさんに、「貴方が取らなきゃいけない一番の責任は、選りに選ってな相手と惚れ合ったことだ」ってシュウさんに伝えといて、って言われたから、そのまんま書いとくね。
…………惚れ合った責任って何? 結婚するとかそういうこと? でも、二人共男だよね? ……うーん、僕には能く判んない……。
────えーっと、そういう訳でー。うん、そんな感じ!
それじゃあ、又ねー!
綺麗な折り目の付いた便箋に、少し筆圧高く綴られていたセツナからの文には、そんなことが書いてあり、
「読むだけで、疲れる手紙だな……」
何だ、これは……、と読み終えた途端、ルカは肩を落とす。
「朝からそれを読まされた、私の身になれ」
「……同情はしてやる」
「全く……。本当に、あの二人は…………っ!!」
こんな、本気でどうしようもない内容の手紙をムササビによって送り付けられたのだから、この『嵐』も致し方ないか、と疲れた顔で微かにだけ苦笑し、彼は、お義理でなく本心からシュウを宥めようとしたけれど、宰相殿の振り撒く嵐は未だ盛りで、「俺に、どうしろと言うんだ……」と大袈裟に天を仰いでより、シュウの肩を叩いた。
「特別だ、愚痴に付き合ってやる。茶を一杯飲み終えるまでの間に終わらせろ」
「こんなふざけた手紙を前に、出来ると思うか?」
「出来ずともだ。でなければ、明日になっても今日の予定が終わらん。……処でな、シュウ」
「何だ」
「これに、お前を泣かせたらどうの、と書かれていたからではないんだがな。改めて、言うべきなのだろうな。──もう、『ルカ・ブライト』は甦らん。それは保証してやる」
「……当たり前だ。死んだ者は二度と生き還らない」
振り返った彼へ、細やかな間だけ憂さ晴らしに付き合ってやると譲歩してやってから、ぽつり、そんなことをルカが告げれば、当然だろう? とシュウは眉を顰めた。
End
後書きに代えて
『Luca Blight/ルカ・ブライト』。
一言で纏めるなら、「過去を捨てたり忘れ去ったりするのは容易ではないよね、それが、壮絶であればある程」という話。
でも、このシリーズ中のルカ様は、それをしなければなりません。
死ぬ気で。そりゃーもー死ぬ気で。
けれど、忘れることも許されません。
──これを書き上げたのは、2012年3月25日の真夜中ですが、もう五年以上も前から、何時か書いたる、と思っていた話でして、実際に書き上げるまで何年掛かったんだ、私、と自分で自分をぶん殴りたくなりますけれども、書けたからまあいいや。
月日の要るネタだったんだね、ということにしておきます(笑)。
シュウさんの為に、頑張れ、ルカ様。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。